「よいな。クウ様を見つけ、宮に連れて来るのだ。黒族とはいえ、宮を乱した罪は負うべきだ」

「はっつ」


 将軍の前で頭を垂れていた数人の兵士がそう返事をすると、その場から消える。

 将軍の下には警備隊長がいた。しかし息子に秘密裏に将軍は数人のお抱え兵士を手駒に持っていた。彼らは呪術を操ることができる者で、兵士としての腕も一流だった。

 帝や呪術司に近い警備隊長には任せられない任務だった。空がコンという男と共に消えたにも関わらず帝は行方を探そうとはしなかった。そのような時に内所ないどころのことがあり、空のことなど宮では過去の存在として持ち出すものはいなかった。

 しかし、将軍にとって自分に薬を盛り、宮を惑わした存在は許せなかった。元より前帝の代から空にいい感情を持っていなかった。前帝同様将軍も空が黒族の正式な血を受け継いでいるとは思っていなかった。

 この機会に空を罰し、今後このようなことがないように見せしめるつもりだった。

 紺が潜伏しそうな場所はホウケイを縛り上げ、すでに聞き出していた。


「問題は呪術司か……」


 息子達が宮に留まっていることはわかっている。しかし今朝、呪術司が休暇をとり郷里に帰ったと聞いている。言わずともしれずそれが帝による指示であり、呪術司がソウを探すために宮を出たことに将軍は気付いていた。


「邪魔をしなければいいのだが……」


 典は息子の親友で、仕事以外にも何度が顔を合わせたことがある間柄である。出来れば呪術司ともめる様なことは避けたかった。

 将軍はよく晴れた空を見上げる。空には雲ひとつ浮かんでおらず、穏やかな青色をしていた。





「ここは違ったか」


 美しき呪術司は、その金色の髪をかきあげ、空を見上げる。

 草のことだ、リンを探して空の潜伏先に来ていると予想した。そこで、空の隠れ家で帝がとらわれていた場所に飛んできたのだが、人の気配はまったくなく、扉は開け放たれ、主が戻ってきていないことを表していた。


「そうなると、紫曼しまんの町に戻ったかな……」


 レイの行方を求めて町を訪れたとき、町の人々が麗に対してよい感情を抱いているのを感じた。その息子、草にも同じような思いを向けていたのだろう。宮で窮屈な思いをするより、町に戻ることを選択することは通常の判断のように思われた。


「行ってみるかな」


 テンは目を閉じて、気を高める。そして空に舞い上がった。




『君が傷つく姿はもう見たくない。行くというなら。俺も行く』


 二刻前に言われた言葉を思い出し、ランは真っ赤になった顔を隠すため、布団を深くかぶる。熱を帯びた腕、茶色の瞳がまっすぐ見つめていた。

 

(私ったらこんなこと考えている場合じゃないのに。草が消え、飛んで探しに行きたいと思っていた気持ちはまだ心の中にくすぶっている。しかし、あの時のキョウの言葉、視線を思い出し、心に別の感情が生まれ、心を掻き乱した。ええい!やっぱり、自分で探しにいこう)


 がばっと布団を押しのけ、痛む傷口に顔をしかめながらも、藍は体を起こす。そしてベッドから下りたとき、ぎいっと扉が開いた。


「藍殿!」


 扉を開けて入ってきたのは強で、小柄な呪術師はねずみのように体を小さくする。その顔は真っ赤で、男前の警備隊長を避けるように顔をそらしていた。


「動いたらだめだ。傷が開く」


 強はそんな藍の様子に気がつかないようで、ずかずかと部屋に入るとその肩に手を置く。


「!」


 びくっと体が予想以上に反応し、呪術師だけでなく警備隊長も驚く。


「すまない。驚かせたな」

「いえ、そんなこと」

 

(私ったらなんで肩をつかまれたくらいで驚くのよ)


 自分の行動に驚きながら、藍は男の顔を見る。


(やっぱり凛々しい顔してる……。こんな人が私のこと…ありえない)


 呪術師は首を左右にふると大人しくベッドに戻る。


「藍殿。典が必ず草を見つける。君は傷を治すことに専念するんだ」


 ベッドに横になった藍にかけ布団をかけながら警備隊長はそう口にする。


「わかりました」


 呪術司の弟子はうなずくと目を閉じた。


(眠ろう。へんなこと考えるのは疲れてるせいだ。早く元気になって、草くんを探す手伝いをするんだ)


 強は目を閉じた藍をじっと見つめ、その髪を優しく撫でた。


「藍殿。やはり俺は君に宮に残ってほしいと思ってる」

 

(いま、なんて?!)

 

 藍は動揺しながらも目を開けていいのかわからず、ベッドの上で固まっていた。


「すまない。こんなときに。忘れてくれ。じゃ、夕方また来るから。ゆっくり休むんだ。藍殿」


 強は目を閉じたままの想い人にそう言うと、踵を返す。


(これって期待していいってこと?っていうかそんなこと考えている場合じゃないけど……)


 藍は扉が閉まる音を聞きながら、バクバクと早鐘を打つ心臓をどうしていいかわからず、布団を深くかぶった。

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