三
「
「そうだぜ」
宮京の南に位置する森の中で三人の男女が話をしている。
一人は頭を剃りあげた背の高いがっちりした壮年の男――
紺の向かいの木を背に立つのが、胸が見えるのではないかと思われるほど胸元を開き、黄土色と茶色の豹柄模様の着物を身につける女――
桂が寄りかかる木に登っている男は
紺はこの二人とは昔からの顔見知りだった。二人は闇の呪術師と俗に呼ばれており、呪いをかけることを専門としている呪術師であった。
「帝を殺す手伝いをしてほしい」
「?!」
紺から放れた言葉に二人の顔が曇る。
「任務完了後は、お前達は正式な宮の呪術師として扱われる」
桂と呆は数十年前、典が呪術部に入部する前に呪術部で学んでいた呪術師だった。当時の呪術司に破門に近い形で追いだされた二人は長い間、闇の呪術師として日の当らない場所で生きてきた。
「あたい達がそんな条件信じると思うのかい?」
「そうだ、そうだ」
呆は木の上から跳び下りると紺に向かって歯をむき出す。
「お前達が乗らないならいいだろう。元より期待はしてなかった」
「待ちな!」
くるりと背を向けた紺に桂が慌てて声をかける。
「何も、話に乗らないとは言ってないんだろう?勝算はあるんだろうね。今の呪術司は腕がたつと利いてるからね。勝算がない戦はしないよ」
「勝算はある。いい駒も持っているからな」
*
「
黒髪の少年は苛立ち混じりにそう聞く。
雁山の襲撃は失敗に終わったが、紺の助けでどうにか宮の追及から逃げることができた。しかし あの日以来、
帝を殺そうとした瞬間に現れた女性は、母親と同じ姿で、自分に攻撃を仕掛けた。
帝を守るその様子が、まるで帝の殺そうとする自分を母が責めているように見え、少年の気持ちを苛立たせていた。
(間違っていない。母さんは俺を同じ気持ちのはずだ。あの女――母さんそっくりの女は宮の呪術師だ。母さんじゃない!)
「草!」
鋭い口調でそう名を呼び、師の南の呪術師は草の肩を掴む。
「落ちつけ。機会を窺うんだ。わかったな」
凜の青い冷たい瞳に見つめられ、少年の心が幾分落ちつきを取り戻す。
「草。私が稽古をつけてやろう。次回は宮の呪術司との戦いだ。少しでも腕を上げておいたほうがいい」
「…お願いします」
じっと部屋にいるより体を動かしていた方がましだった。
金髪の女性呪術師にまったく歯が立たなかった。
凜いわく、あの呪術師は全然格下の腕らしい。
草は自分がまだまだ未熟であることが悔しかった。
庭に出て、師匠と弟子は距離を置き、向かい合う。
少年の緑色の瞳に焦りをみせとり、凜は息を小さく吐く。
焦りは禁物だ。焦りは隙を生む。
「草、行くぞ」
氷の呪術師と呼ばれる美しい白髪の師匠は未熟な弟子を見つめる。そして刀を抜くと飛んだ。
*
「ほら、いい感じよ」
「やっぱり元がいいからね~」
「言われなくてもわかってます」
藍の今の体は
だから元ということば藍ではなく麗を指す。
師がにやにやと笑いながら褒めても、それは嫌味以外に何物でもなかった。
その隣の
(ふん。どうせ。麗さんの姿だからね~)
藍は普段着なれない重い着物、化粧で息が苦しくなり、顔を歪める。
「藍ちゃん、せっかくの顔がもったいない。笑顔笑顔」
明とじゃれていた
(この軟派な呪術師め!)
藍はその言葉にますます顔を険しくさせる。
「藍~。お化粧が崩れちゃうから。やめてよね」
賢の隣できゃきゃっと笑いながら明も同調する。
(あーもうやってられない)
「さて、あほな者たちはほっといて、藍、帝のところへ行くよ」
「あほ?失礼なこというな。典」
「典様。その言い方はないと思います」
二人がむっとして典を見る。
「あほはあほ。さ、二人とも、用事は済んだ。別の仕事があるだろう?ここで油を売ってないで帰ってくれ」
冷たい言葉でそういわれ、二人はぶつぶつ言いながら外に出て行く。
「よし、邪魔者は消えたね。さて、藍、準備はいいかい?」
二人が出て行き、幾分ほっとしたような表情を浮かべて典は美しく変身した弟子に問う。
「やっぱり、行かないといけないですか?」
藍は師と同じ緑色の瞳に不安の色を浮かべる。
藍だって女である。
男女のことは知っている。
そして今の自分の姿は帝の元の恋人麗だ。
早朝に見た切ない瞳は藍の心をかき乱す。
(でも私は麗さんじゃないし。大丈夫だよね)
「藍。大丈夫だって。帝だって、中身が藍だってわかってるし。まあ。君が望むならしょうがないけど」
「冗談じゃないですよ!そんなこと絶対にありえません」
「そう、それならいいよね。よかったね、強」
「よかったって!俺に振るな」
ふいに話を振られ、男前の警備隊長は顔を赤くする。
それを見て藍は小さなため息をついた。
(どうせ、強さんが意識してるのはこの体のせいだろうな~。所詮、人間見た目が一番だからね。あー!草くんを早くみつけて、元に戻して貰おう。でも、宮に草くんが拘束されたらどうなるんだろう?処罰?でも帝の子供だよ?)
「藍。行くよ」
考えごとをしている藍に典がそう声をかける。
「はい、行きっ!」
藍は慌てて部屋を出ようして、着物の裾を踏む。バランスを崩したところを支えたのは強だった。
「あ、ありがとうございます」
「礼は必要ない。藍殿。帝はわきまえた方だ。大丈夫だ。安心しろ」
警備隊長は支えた藍の体から手を離しながらそう言う。
「そうですね。はい」
(ちかくにはいつも強様もいるし、間違いはないはず。問題は草くんか)
藍はぺこりと強に頭を下げると典の後を追った。
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