第三章 海と空
一
「大丈夫ですか?」
西の
「大丈夫だ」
そう答える声もどうしても無理をしているようにしか聞こえない。
(無理しないでもいいのに)
藍はふらつく足元を頑張って大地に根付かせ、すくっと立つ強に目を向ける。
いつもであれば、無敵の警備隊長殿に「本当は苦手なのに、強がらなくもいいのに」などと痛恨の口撃を加えるのだが、師はめずらしく渋い顔をして、森の中を見ていた。
「……何年ぶりなんだ?」
(何年ぶり?)
顔色が元に戻り始めた強が親友にそう尋ねる。
「……十五年かな」
典は目を細め、森の中を見つめる。
「帰ってないのか?」
「帰れないだろう」
(どういう意味?帰る?)
「すっかり日が暮れてしまったね。今夜が村に泊まるしかなさそうだ」
「……大丈夫か?」
「ああ、多分ね」
(どういう意味?)
藍は目をぱちくりさせて、二人のやり取りを聞いていた。
「藍。君にはまだ説明してなかったね」
典は腑に落ちない表情をしている弟子に笑いかける。
「実は麗は私の従姉妹なんだよ。村は私の出身地だ」
*
宮京に辿りついた
凛はまず
紙に文字を書き、気をこめる。すると紙はくしゃっと音をたて、小さな鳩に変化する。
凜は紙の鳩を掴むと窓を開け、空に向かって投げた。それは風に乗ると、上空に吸い込まれるように飛んでいった。
「夜には空から連絡が入るはずだ。その前に夕食でもとっておこう」
「はい」
草は、紙鳩が消えた、星が輝き始めた空から目を話すと、にっこり笑った。
*
「麗?」
日が暮れたばかりの村に藍達が到着し、村人は銀髪に緑色の瞳の藍を見ると騒ぎ始めた。
しかし、その横に典の姿を確認すると、今度は非難や敵意の視線に変わる。
「典、どういうつもりだ?久々に帰って来たと思ったら趣味の悪いいたずらか」
背が高く、筋肉隆々の男が井戸から水を汲む作業を中断して、出てきた。
「
「ふん。お前に話すことなど何もない。裏切り者が!」
「そうはいかない。知ってることを話してもらおう。帝の命がかかってるんだ」
強が田の鋭い視線から典を守るようにその前に立ちふさがる。手はいつでも刀が抜けるよう腰の鞘に当てられている。
(物騒だな。強様。でもそれくらいしないと、答えてくれなさそうだ。でもなんだろう。典様が裏切り者だなんて。天下の呪術司に吐く言葉じゃないけど。しかも私を見る視線が微妙だ。友好的ではない。かといって敵意ってわけでもない。十五年前に何があったの?)
「田。久々に帰ってきた典に挨拶くらい返したどうなの?そこの男前の人も、そう物騒にしてもらっても困るんだけど」
少しつやっぽい声がして、藍の現在の姿、麗に似た姿の女性が現れる。
「
「お久しぶりね、典。田、話くらい聞こうじゃない。麗に似たその子も困ってるみたいでし」
(うわ。すんごい色気だ)
藍は女性に見つめられ、どきどきするのがわかった。
「その男前も、刀から手を放して。さあ、話を聞きましょう。私の家についてきて」
「翠!」
「大丈夫。浮気はしないから」
「俺はそんなこと、」
ふとそう言われ真っ赤になった筋肉男に翠が微笑む。
(夫婦?かなりでこぼこだけど)
「田。あともう少しお水が必要だから。お願いね。さ、典、他の二人もついてきて」
翠はそう言うとくるりと背を向け、元来た道を戻っていく。典はその後を追い、強と藍は顔を見合わせる。
「強様。強様は事情を知ってるんですか?」
「俺も詳しくはしらない。話したがらないからな。とりあえず、あの翠って女性について行こう。なにか手掛かりがあるかもしれない」
「そうですね」
藍は強と共に典の後を追う。
田はため息をついたが、井戸の方へ中断した作業を続けるために戻っていく。村人も藍達に視線を送るのを止め、それぞれの家に戻っていくのが見えた。
(なんだか、わからないけど。色々秘密がありそう。気になるのはやけに大人しい典様だけど。翠さんとどういう関係なのかな。この今の私の姿に似てるってことは麗さんの姉妹かなにか?え、じゃあ、容疑者だ!)
藍がそう結論を出したところで、 目の前に茅葺き屋根の家が見えて来る。窓からぼんやりと光が溢れていた。
「さあ、どうぞ。入って」
翠は扉を開けると、藍達を招き入れた。
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