帝を狙うもの
帝は髪を結いあげ冠をかぶり、青と紫の着物を着て部屋の一番奥の大きな椅子に腰かけていた。今朝寝室でみた姿とは異なり、正式な身なりに
典は頭を垂れると帝に近づく。藍もその後に続いて部屋に入る。部屋にはすでに人払いがされており、帝を含め藍達三人だけであった。また通常帝と謁見する者の間に垂れ下がっている布は天井に巻き上げられていた。
(なんか、どきどきするんだけど)
藍は近づいてくる帝の姿を見ながら早まる動悸を抑えるため胸を押さえた。
しかし自分のものとは思えぬ柔らかさに顔を歪めると手を降ろした
「!?」
帝は典の姿を確認し、藍に目を向けると驚きで目を開いた。
「典、どういうことか説明してもらえぬか?」
「帝、今朝かけられた呪いを破壊した際に、藍の姿が美しい女性に変化したのを覚えてますね?私たちはそれが
「麗か」
(麗?)
聞いたことがない名前に藍が首を傾げる。
(ああ、でも私が知ってるわけないか)
藍はそう一人で納得し、帝と典に目を向ける。二人の間にはどことなく緊張感が流れていて、麗という女性が二人にとって大事に女性であることがわかった。
「麗は死亡したはずだ。あの時に」
「はい、私も生きているとは思えません。したがって、今回は麗本人ではなく、その関係者だと思います」
(死亡…。すでに亡くなっているんだ。なんだか故人の姿に変化しているって変な気持ちだ)
「帝、私はこれから藍を連れ、麗の村に向かいます。帝の警備は今回の呪いの責任を取ってもらい、東の呪術師賢に頼むつもりです」
「責任。まあ、賢であれば咎めないつもりであったが、典の代わりに警備をしてくれるのであれば有難い。賢であればお前の代わりが務まろう」
「はい」
(咎めないって……。帝もいいのかな、そんなんで。まあ、あの人じゃ、絶対に国家転覆とか考えてないって言えるけど……)
藍は東の呪術師の軽そうな笑顔を浮かべると、思わずため息をつく。
「藍?」
「申し訳ありません」
帝の前だったと、藍は慌てて口をふさぐ。
「すまないな。巻き込んでしまったようだ」
「巻き込むなんて。確かにいろいろな姿に変わるのが嫌ですが……」
「藍」
正直な感想を述べたせいか、典がめずらしく諌めるよう名を呼ぶ。
「典。咎めることはない。姿が変わるということはいろいろ不便であろう。すまないな」
「そんな恐れ多い」
頭を軽く下げられて、藍はぎょっとする。
「帝。そんなに軽く頭を下げるものではありません。藍が調子に乗りますから」
「調子って何ですか!」
「藍。帝の前だよ」
藍はいつもの調子で師に返したことを気づき、無作法だったと頭を下げた。
帝はその様子に苦笑した後、じっと藍を見る。その視線からなんだか切ない想いが伝わり、藍は視線を合わせることができなかった。
(あの時の映像、帝と麗という女性は恋人同士だったのかな。確かにそういう雰囲気はしてたけど。死亡って、なにか秘密がありそうだ)
「帝。私たちは早速宮を出て、麗の村に出発するつもりです」
「そうか、気をつけるのだ」
「はい」
典は深々と帝に頭を下げると、背を向ける。藍は考えごとから我に返ると慌てて師の後を追って、帝の部屋を後にした。
「典、僕にまかせておいて」
典の代わりに宮の臨時の呪術司になった賢は胸をばんと叩くとそう言った。
(頼りない。限りなく頼りない)
そう思ったのは藍だけではないらしく、典も
「そう、長くは宮を空けないつもりだけど。また帝を狙ってくるかもしれないから、頼んだよ」
「任せておいて。この僕は東の呪術師だよ。そう簡単に結界を破壊させないよ」
(本当かな?この人自分の呪いと他の呪いが融合したのもわからなかったのによく言うな)
「さあ、典。早く出かけたら?日が暮れるよ」
「そうだね。藍、行こう」
せかすようにそう言う賢に典は首をかしげたが、藍に声をかける。
「典、俺もいく」
呪術司室を出て行こうとする藍と典を強が呼びとめた。
「強?」
「強様?」
「俺も一緒いく。元はといえば、俺が藍殿を宮に連れてこなければこうなることはなかったし、責任を取るつもりだ」
「責任って、私が君に頼んだことだ。責任を感じることはないよ」
「そうですよ。強様」
「あ、強、もしかして藍ちゃんが気になるとか?」
「?!」
「兄さん!」
(なんてことを言うんだ、賢さん!)
ふと藍が強をみるとその顔が少し赤くなっているような気がした。
「そうか、そういうことなのか。藍、大歓迎だよね。よかったね。好きになってくれる人がいて」
「それどーいう意味ですか?!」
(っていうか、典様、失礼ですけど。強様だって困ってるし)
「あーあ、しょうがないなあ。可愛い弟のため、藍ちゃんは諦めるよ。宮にはいっぱい美人さんがいるから別の人探すかな」
「賢、その前に呪術司の仕事を優先するように。もし帝に何かあったら覚悟しておいてね」
「はーい、典。わかってるよ」
(なんか、その方向で話が終わってるんですけど。絶対に勘違いだと思うんですけど?)
「さあ、藍の未来の夫と義兄が決まったところで行こうか」
「だから、そんなんじゃないですよ!」
「典!」
「冗談だって」
「冗談なの?」
そうして、銀髪の可愛い女性に変化してしまった藍は、誤解を生んだまま今度は典と強と共に、麗の村に向かうことになった。
*
「くそっつ。完全に失敗だ」
「
「でも、殺すことはできなかった」
短い黒髪に緑色の瞳を持つ少年――草は口を尖らして、師匠の
凛は南の黄土国に住む呪術師で、南の呪術師と呼ばれていた。その姿は前髪を長く垂らした白の短髪に、真っ青な瞳を持った美しい女性だった。その冷たい印象のためか、氷の呪術者と呼ぶものもいた。
数ヶ月前に宮京で宮の警備兵と揉める草を見た。自分が帝の息子だと言い張り、警備兵の怒りを買っていた。かわいそうだと思ったので間に入り、草を引き取った。
話を聞けば、本当のような話であった。
半信半疑の凜に草は証拠とばかり、数ヶ月前に病死した母の形見を見せた。それは帝が通常もっているお守りだった。
少年は十四歳。十五年前に帝が西の国に少数の供を連れ旅行した話を聞いたことがあった。ありない話ではなかった。
「利用価値があるよね」
恋人である
凜個人で帝に恨みなどなかった。しかし、凜は空を深く愛しており、その計画に乗った。
「そんな…母さんが…」
草を身ごもった母親を帝が容赦なく切り捨てた。
そう作り話をすると草は唇を血が出るまで噛みしめた。
その大きな緑色の瞳は怒りに燃えていた。
「凜様、あなたは南の呪術師なんでしょ?俺に呪術を教えてください。俺は絶対に帝を許さない」
少年はいとも簡単に空の策略に嵌った。
凜は草を弟子に迎い入れると呪術を教えた。筋がよくその腕はめきめきあがった。
そして今朝、自分の力を試したいという草の願いをうけ、帝に呪いを放った。
美しき呪術司の噂は聞いており、結界に弾かれることを予想していた。
しかし呪いは結界を破った。
しかしながら、一人の女性呪術師によりその呪いは破壊された。
破壊される直前、女性の姿が変わるのが見えた。
呪いは草だけのものではなかった。
誰かの呪いを融合したようだった。
「凜様。行きましょう」
確実に帝を殺害するため、凜達は宮京に移動することを決めた。奇跡は二度と起きない。
宮を出た帝を狙うつもりだった。
「空様は元気かな」
「ああ、元気だろう」
草の無邪気な言葉を聞き、凜は胸が痛むのがわかった。空は優しく歌いながら人をだます。草は凜同様、空を慕っていた。
「飛んでいきますか?」
「そうしよう」
空が橙色に染まっていた。あと半刻もすればすっかり空は闇に変わるだろう。
二人は空に舞い上がると、宮京に向かって飛んだ。
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