遠い夏のラブレター【1:1:0】20分程度

嵩祢茅英(かさねちえ)

遠い夏のラブレター【1:1:0】20分程度

男1人、女1人

20分程度


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「遠い夏のラブレター」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

世田春樹♂:

中島由香♀:

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世田M

真夏の真っ昼間。外回りをしている時に通りすがった、ひとけのない公園で、制服姿の女の子を見かけた。


いつもなら通り過ぎていただろう光景に、なぜか俺はその日、彼女に声をかけた。


世田「ねぇ!こんな所で何してるの?学校は?」


由香「…」


世田M

…何も答えない。


もう一度、声をかける。


世田「もしかして…具合悪いの?大丈夫?」


由香「…大きなお世話」


世田「へ?」


由香「聞こえなかったの?大きなお世話って言ったの」


世田「………あっそ」


世田M

心配して損した。生意気な小娘。それが、初対面の印象だった。


由香「…具合、悪いわけじゃないから」


世田「へ?」


由香「さっき、具合悪いの?って聞かれたから」


世田M

律儀に答えてくれたことに、驚く。


由香「おじさんはさぁ…」


世田「おじっ…、俺はまだ三十だ!お兄さんって言って欲しいなぁ!」


由香「三十なんて高校生からしたら、十分おじさんだよ」


世田「なっ…!」


由香「でさ、おじさんは仕事中なの?サボり?」


世田「………外回り。これでも一応、仕事中。」


由香「ふぅーん。外回りって、何するの?」


世田「担当地区の家に行って、商品の説明して買ってもらう、いわゆる営業ってやつだよ」


由香「なんか、怪しい商品売ってるイメージ」


世田「残念ながら、怪しい商品は扱ってない」


由香「ふーん」


世田「…」


由香「…」


世田「…あー…じゃあそろそろ仕事に戻ろうかな…」


由香「(被せ気味に)いつもここら辺にいるの?」


世田「…へ?」


由香「…いつもここら辺、ウロウロしてるの、って聞いたの」


世田「ウロウロって…まぁ、割としてるけど」


由香「じゃあ、もし、また次会ったらさ、私と付き合ってよ」


世田「へっ…?つつつ、付き合う?!」


由香「…なにか勘違いしてない?付き合うって、話に付き合って、ってことだけど」


世田「…あ、あぁ…そういうことね。いいけど…キミ、学校は?サボり?」


由香「…まぁ…そんな所」


世田「サボりは良くないぞ、ちゃんと学校に行って…」


由香「(被せ気味に)あーあーあー、うるさい!!

色々あるの!!」


世田「…色々って…」


世田M

もしかしていじめられてるのかな、でもそれって聞いていい事なのだろうか、と悩み、口をつぐむ。


世田「分かった。いいよ」


由香「ほんと?」


世田「ほんと」


由香「ふふっ、ありがと。じゃー、お仕事、頑張って!」


世田「じゃあ…」


世田M

そこまで言いかけて、言葉に詰まる。

頑張れ?気をつけて?続く言葉に迷っていると彼女が笑う。


由香「あっはははははは!気を遣ってるの?私は平気だよ。……もう少ししたら、帰るから」


世田「あ、そう」


由香「うん。だから、バイバイ」


世田「うん、バイバイ」


世田M

それが、彼女との初めての出会いだった。


(間)


世田M

休みを挟んだ月曜日。一通りの仕事を終え、彼女を思い出す。


世田「今日もいるのかな…」


世田M

ポツリと、こぼれた言葉。


…行ってみようか。そう思ってきびすを返し、公園へ向かう。


(間)


世田「…またサボり?」


由香「あっ、ヤッホー!」


世田「…やっほー…」


由香「へへっ、言い慣れてない感じ」


世田「まぁ、これでも社会人なもんで」


由香「ふーん、社会人って楽しい?」


世田「楽しい…っていうか…仕事しないと生きて行けないからね」


由香「ふーん。大変そう、やだなー社会人!」


世田「ははっ!まぁ、楽しい事もあるよ。辛いだけだったら、続けていられないさ」


由香「そういうもんですかー」


世田「そういうもんですねー」


世田M

彼女の着ている制服。それは、遠い昔に通っていた、高校のものだった。


世田「その制服、もしかして、南?」


由香「そうだよー」


世田「懐かしいなー、俺も南、出身」


由香「えっ、じゃあ先輩だ!」


世田「ははっ、そうだね」


由香「高校、楽しかった?どんな感じだったの?えっと…」


世田「ん?」


由香「ねぇ、名前教えてよ」


世田「…世田せた世田春樹せたはるき


由香「私は中島由香なかじまゆか。由香でいいよ。世田せたさんはどんな高校生だった?」


世田「どんなって…別に普通だよ。特に目立つ訳でもなく、一般的な生徒。由香、は?」


由香「私も、普通」


世田「…学校、行かないの?」


由香「……」


世田「…学校に行くの、嫌?」


由香「…嫌って訳じゃないけど、この話はしたくない」


世田「そっか。分かった」


由香「ねぇ、世田せたさん」


世田「ん?」


由香「結婚してる?」


世田「いや、独身」


由香「結婚したいとか思う?子供は何人欲しいとか、ある?」


世田「何それ、聞いて楽しい?」


由香「んー、興味ある!」


世田「うーん、そうだなぁ…結婚願望はあるけど、まだ具体的に『こうしたい!』ってのはないかなぁ」


由香「そうなんだ」


世田「男はさ、三十じゃまだそこまで考えないかも」


由香「あぁー、確かに」


世田「由香は?」


由香「私?うーん……結婚するなら…」


世田「うん」


由香「若いママに、なりたいかも。なんか、子供が『うちのママ、若いんだーっ』って自慢できるような」


世田「ふーん。好きな人はいるの?」


由香「いる」


世田「まじか!え、同じ学校の人?」


由香「うーん…そうだった、かな」


世田「転校しちゃったとか?」


由香「まぁね、そんな感じ」


世田「でもまだ好きなの?」


由香「そ」


世田「へー。一途じゃん」


由香「まぁね」


世田「いいなぁー、甘酸っぱい青春!」


由香「世田せたさんは青春、してなかったの?」


世田「パッとしない高校生活だったからなー。大学に行っても男友達と遊んでばっかで………あ」


由香「…どうかした?」


世田「いや、そういえば高校の時、告白された事があって。今思い出した」


由香「なんだ、青春してるじゃん!」


世田「…確か一個下の子で、手紙貰ってさ。返事は後でいいですって言われて…その後どうしたんだっけ…」


由香「なにそれ、超気になる!」


世田「んー、ちょっと待って…」


由香「早く思い出して!」


世田「えっと、…ちょうど今くらいの時期に手紙もらって、一週間後にまたここで、返事を聞かせてくださいって言われて……一週間後にまたその場所に行ったんだけど、その子が来なかったんだ。…っていうか………その場所って、この公園だった気がする…」


由香「ふーん、なんだったんだろうね?」


世田「うーん。なんか、その程度だったのかなって…」


由香「なにか事情があって、来れなかったのかもよ?」


世田「いや、それならまた学校で声掛けてくれればいいじゃん?罰ゲームかなんかだったんじゃない?……あー…なんか言ってて虚しくなって来た…」


由香「世田せたさんダメージ受けてんじゃん」


世田「…あー…それで忘れてたんだな、きっと」


由香「そっか。世田せたさんにはそんな過去があったのかー!!」


世田「青春ではないけどね」


由香「ねぇ、その子の事、覚えてる?」


世田M

少し、由香に似ている子だった気がする。けれどそんな事を言ったら、ナンパだのセクハラだの言われそうで、適当に誤魔化す。


世田「…うーん…それが、あんまり覚えてないんだよね」


由香「手紙は?」


世田「え?」


由香「ラブレター!取っておいてないの?」


世田「あ。」


世田M

人生で初めてもらったラブレター。捨てた覚えはない。実家のどこか…卒業アルバムと一緒に、置いてあるかもしれない…


由香「取ってあるんだ?」


世田「いや、断言はできないけど、捨てた覚えもないんだよな。…うん、あるのかも」


由香「へぇ」


世田「そんな事言ってたら、なんか気になってきた」


由香「えっ?」


世田「今度、実家に帰ったら探してみようかなぁ」


由香「世田せたさん、暇人〜ふふっ」


世田「〜〜〜うるさいなぁ…由香が原因だからな!」


由香「うっそ、人のせいにするの?サイテー」


世田「うっ、なんかそう言われると…ごめんなさい…」


由香「ふふっ、冗談だよ。…世田せたさんって優しいんだね」


世田「えっ?」


由香「だって手紙、捨ててないんでしょ?

私にも最初、具合悪いの?って話しかけてくれたしさ」


世田「…普通じゃないかな」


由香「普通は声かけないよ」


世田「うーん、まぁ、正直俺も、なんで声かけたんだろうって節はある。俺、怪しい人だって思われてないかなぁって」


由香「それでも声かけてくれたんだ?やっぱり優しいじゃん」


世田「…なんか、調子狂う…おちょくってんの?」


由香「素直な感想だから、素直に受け取ってよ」


世田「ふぅん?…ならありがたく、受け取っておくよ」


由香「うん」


世田「…っと、長居しちゃったな。じゃあ俺、会社戻るけど、そろそろ日も短くなってきてるから、由香も早く帰りなよ」


由香「分かってるよ。じゃーね」


世田「おー」


由香「また、ね!」


世田「うん、また」


世田M

夏が終わろうとしていたあの日。由香と打ち解けられた気がした。


(間)


世田M

それから仕事が忙しくなって、しばらく公園にも行けず、気が付けば秋も終わる、肌寒い季節になっていた。


世田「日が落ちるの、早くなったなー」


世田M

呟きながら歩く。由香はどうしているかな。もう暗い。こんな時間には居ないだろう。第一、最後に会ってから、大分日が経つ。


そう思いながらも一度気になると、いてもたっても居られない。


夕方7時過ぎ。もう辺りは暗くなっている。居ないだろうと思いつつ、自然と足は公園へ向かっていた。


(間)


世田「由香!」


由香「え?」


世田M

そこに、彼女がいた。


世田「おいおい、もう遅いぞ!何やってんの!」


由香「おっ、久しぶりだね、世田せたさん」


世田「そーゆーの、今はいいから。早く帰りなよ。もう遅いし、なんだったら送ってくし!」


由香「あははっ、相変わらず世田せたさんは、お節介で優しいね」


世田「悪かったな。こういう性格なんだよ」


由香「…知ってる」


世田「あっそ」


世田M

その時、彼女の姿に違和感を抱く。


世田「あれ…由香、なんで夏服着てるの?」


由香「……まだ、暑いじゃん」


世田「は?寒いよ。とにかく帰ろう、風邪引く」


由香「…一人で帰れる。家、近いから」


世田「…本当に?」


由香「本当に」


世田「あのさ、」


由香「ん?」


世田「なんで、いつもこの公園にいるの?」


由香「…この公園が、好き、なの」


世田「…」


由香「そんな顔しないでよ、ちゃんと、帰るから」


世田「うん。ちゃんと帰って。心配するから!」


由香「ふふっ、相変わらず優しい」


世田「…」


由香「(呟くように)だから、好きなんだ…」


世田「…えっ…」


由香「じゃあ!帰るから!世田せたさんも帰って!」


世田「由香?」


由香「…っ」


世田「なんで、泣いてるの…」


由香「泣いて、ないっ…」


世田「ほら」


世田M

思わず由香を抱き寄せた。冷たい。


世田「あーあ、冷えてんじゃん。風邪引くからな。由香が半袖でこんな時間までいるから」


由香「…うん。ごめん」


世田「…心配してんだよ」


由香「うん…」


世田「家に帰って、風呂入って、暖かくして寝なさい」


由香「なにそれ、子供扱い」


世田「由香が悪い」


由香「うん、ごめん」


世田「謝って欲しい訳じゃないから」


由香「うん…ありがとう。もう大丈夫だから…世田せた……春樹、先輩…」


世田「…え?」


世田M

体を離すと、由香は言った。


由香「…ずっとずっと、大好きでした」


世田「由香?」


由香「あの時、会いに行けなくて、ごめんなさい…」


世田「何を言って…」


由香「…やっと言えた…」


世田M

由香の体が透けている。胸が苦しくなって、由香の腕を掴もうとしても、うまく掴めない。


世田「…由香?」


由香「これからも、ずっと優しい世田せたさんでいてね、ありがとう…バイバイ」


世田M

言葉を言い終える頃には、もうそこに、由香の姿はなかった。


(間)


世田M


由香。


中島由香なかじまゆか


俺は急いで実家へと向かった。高校の卒業アルバムと共に出てきたラブレター。


そこに書かれていた名前は…『中島由香なかじまゆか』。


世田「…俺、なんで忘れてたんだろう…こんな大切なこと、忘れちゃいけないだろ…!ごめん…気付けなくてごめん、由香…!…ごめんな…!」


世田M

その、高校へ問い合わせると、当時担任だった教師がまだ在籍しており、由香はあの夏、交通事故で亡くなった事を知った。


世田「…ずっとあの公園で、待っていてくれたんだな………ありがとう、由香…」

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遠い夏のラブレター【1:1:0】20分程度 嵩祢茅英(かさねちえ) @chielilly

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