第893話 国利民福(こくりみんぷく)

 日ノ本の基本的には国是こくぜは、


①モンロー主義


②「全世界に同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残る」(*1)


 の主に二つだ。

 その為、基本的には、近隣諸国の内紛や戦争には、自国に被害が及ばない限り無関心である。

 にも拘わらず、羽柴秀吉が三国国割案を提案したのは、大陸や半島から来る難民や死体が理由だった。

 長引く戦争により疲弊した大陸と半島から多くの難民が日本海側に殺到していた。

 それだけではない。

 戦争や避難中に溺死や病死した死体も多数、海岸に漂着していたのである。

 後者は無縁仏むえんぼとけで葬られるが前者が生きた人間なので、葬ることは出来ない。

 難民は日本海側の大名が保護し、出身国に送り返されているのだが、送り返すのも当然費用がかかる。

 それが段々かさみ、一部の大名は疲弊していたのだ。

 それを聞きつけた秀吉は、大陸の現状を問題視し、大河に提案したという訳である。

「……若殿は現状を知っているのか?」

 屋敷に戻った秀吉は、呆れていた。

「やはり近衛大将では現状げんじょう、限界がありますね」

 秀吉に同情したのは、明から来た使者・沈惟敬シェン・ウェイジン

 史実では、文禄の役に和議の交渉として活動したのだが、その欺瞞ぎまん外交によって慶長の役を招いた。

 これに激怒した万暦帝ばんれきてい(1563~1620 在:1572~1620)は、シェン帰国後、勅命で彼を北京で公開処刑した。

 欺瞞によって東アジアを混乱に招いた張本人であるシェンだが、彼は秀吉の死因に関わっているという説がある。

 朝鮮の歴史書『燃藜室記述』によれば、


『秀吉は沈惟敬によって毒殺された』


 と記述されている。

 しかし、シェンが日本で活動したのは慶長元(1596)年。

 そして、秀吉の没年が慶長3(1598)年なので年代的に辻褄つじつまが合わず、歴史学的には信憑性しんぴょうせいがかなり低く見られている。

 この世界線のシェンは、既に明を見限り、漢奸ハンジェンとして活動していた。

「近衛大将は無欲すぎます。ここは、秀吉様が先頭に立って頂いて、北京に入城してもらいたいのですが」

「……売国奴だな」

「我が国はもう終わっているので」

 下卑た笑いを見せるシェンに、秀吉は内心嫌悪感を見せるのであった。


 秀吉の動きは、大河に筒抜けであった。

 姫路殿を抱きつつ、考える。

沈惟敬シェン・ウェイジンか)

 後世で歴史を学んでいる大河には、シェンのことは知っていた。

「あ♡」

(秀吉もバカだな。あんな奴に乗せられるとは)

 それから情報提供者ディープ・スロートに感謝する。

(秀長には感謝しなければな)

 秀吉の情報が筒抜けなのは、彼の弟・秀長の貢献に他ならない。

 秀長は羽柴氏において、穏健派おんけんはに属し、しかも大河と日頃から交流があるなど、山城真田家とも繋がりが深い。

「あは♡」

(……先制的自衛権を行使するか)

 現状、日ノ本は攻撃を受けていないが、大陸への積極的な関与は、


・白村江の合戦(663)

・文禄の役  (1592~1593)

・慶長の役  (1597~1598)

・日中戦争  (1937~1945)


 が証明しているように、史実の日本には決して+《プラス》になっていないのが答えだ。

 その為、秀吉が提案した三国国割は、確率論的に日ノ本に+に働かないのは言うまでもない。

(明にも協力してもらおうかな)

 自分で処分したいのも山々やまやまだが、沈は外国人の為、処分すると、日明関係に影響が出る恐れがある。

 日ノ本としては、明との関係が悪化しようがどうでもいいのだが、戦争に巻き込まれるのは御免ごめんだ。

「あひ♡」

 姫路殿をつつ、大河は対策を考えるのであった。


[参考文献・出典]

*1: 手嶋龍一 佐藤優『インテリジェンス 武器なき戦争』幻冬舎新書

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