第747話 名詮自性

 万和6(1581)年8月1日早朝。

 誾千代、橋姫、アプト、早川殿の4人に出産の傾向が表れる。

 京都新城内にある産婦人科病院にて、4人は座位分娩の体勢となっていた。

「「「「……」」」」

 早川殿以外は初産ういざんなので、非常に緊張した面持ちだ。

 やがて陣痛が始まる。

 その痛みは人それぞれで違うが、

・「鼻からスイカが出るよう」(*1)

・「腰の骨が砕けそう」(*1)

・「指を切断したよう」(*1)

・「腰の上をダンプカーが通過したみたい」(*1)

・「生理痛の至上最高レベル」(*1)

・「10ヶ月分の便秘を出したいのに出ないつらさ」(*1)

 などの例えがなされている。

 男性には無い痛みの為、男性には一生分からないのだが、表現からして、その激しさが伝わるだろう。

 大河も同席していた。

 誾千代と橋姫の手を取り、早川殿とアプトも見守る。

 4人が同時に出産に入るのは、大河も驚きだ。

「貴方……」

「大丈夫だよ。居るから」

 誾千代の手を強く握りしめる。

 長年、不妊治療の末の妊娠だ。

 判明した時、夫婦は大喜びしたものの、今は不安の方が勝る。

(もし、難産で母体が危ない時は……)

 大河は、妻を想う。

 難産で母子が危険な状態に陥った際、彼は妻を優先することを決めていた。

 妻としては子供を優先して欲しいだろうが、愛妻家の彼には、妻が居ない人生など考えられない。

(……神様仏様、よろしくお願いします)

 特定の宗教の信者という訳ではないが、この時ばかりは、大河も神仏に頼るしかない。

 普段、祈らない癖に今回は頼るのは虫のいい話かもしれないが、兎にも角にも、大河は、必死なのだ。

 その祈りが通じたのか。

 はたまた日頃、玉串料たまぐしりょうを奉納したり、寄進に積極的なことが+に働いたのか。

 1刻(現・2時間)後、四つの産声が重なった。


 誾千代、橋姫、アプト、早川殿が産んだのは、それぞれ男児、女児、男児、女児。

 この吉報は、瞬く間にそれぞれの実家に伝えられた。

 立花道雪は、初孫が望んでいた男児だった為、大喜びだ。

「おお、孫じゃ! 孫じゃ!」

 ”鬼道雪”と戦国に名を轟かせた猛将でも、初孫の前では好々爺こうこうやになってしまう。

 赤子を抱き締め、その頭を撫でる。

 早川殿の実家からは、先夫との子供である今川範以が来た。

「……」

 父親が違うが、義妹の誕生に興味津々だ。

 赤子の頬を触り、その感触を確かめる。

 一方、実家とは絶縁状態にある橋姫、アプトには大河が付きっ切りだ。

「どう? 私の子供?」

「可愛いよ。アプトもね?」

「はい♡」

 待望の子供だ。

 2人は、泣きながら赤子を離さない。

 目を開かず寝続ける赤子に、大河は微笑む。

 出産後、行われた検査では、母子ともに健康上の問題は見当たらなかった。

 ふすまの方を見ると、

「「「「「「……」」」」」」

 お江、伊万、与祢、摩阿姫、豪姫、与免が覗き込んでいた。

 彼女たちにとっては、義理の息子、娘に当たるのだが、それでも興味津々なのは間違いない。

 大河は苦笑しつつ、赤子に囁く。

「ようこそ。日ノ本一騒がしい我が家へ」

 

 その後、新生児の4人は保育器ほいくきに入った。

 誾千代たちは、眠る我が子を長時間、見守る。

「「「「……」」」」

 その間、大河は隣室で赤子の名前を考え始めていた。

 既に数十個、候補があえるのだが、いざ目の前にすると、考え直し、再考に入ったのだ。

 お市は大河を背後から抱擁しつつ、茶化す。

「真面目だねwww」

「真面目だよ。一生背負うからね」

 お市の兄・信長は、現代で言う所の所謂いわゆるキラキラネームを子供たちの幼名に付ける傾向があった。

 ―——

 例

①長男・信忠→奇妙きみょう

 理由:生まれたときに奇妙な顔をしていたから

②次男・信勝→茶筅ちゃせん

 茶筅は茶道で用いる道具。

 理由:不明(信長が茶道に興味あった時に生まれた? 顔が茶筅に似ていた?)

③四男・秀勝(後、秀吉の養子になる)→於次おつぎ

 理由:不明(三男(幼名不明)の次に生まれた為?)

④五男・勝長→於坊おぼう

⑤六男:信秀→大洞おほぼら

⑥七男・信高→小洞こぼら

⑦八男・信吉→しゃく

 理由:信吉の母・お鍋の方(=興雲院きょううんいん)に由来

⑧九男・信貞→ひと

⑨十男・信好→良好りょうこう

⑩十一男・信次→えん

 ―——(*2)

 当時、児童相談所があれば、児童虐待の疑惑が浮上し、通報されていたかもしれない。

 無論、幼名は元服すると、改名する為、一生、その名を背負うことは無いのだが、現代、このような名前だと幼少時、虐めに遭ったり、不良化することも考えられる。

 そういった面からすると、信長のネーミングセンスは壊滅的と言えるだろう。

「うふふふ♡」

 お市は真面目な夫の頬を指でなぞる。

「んだよ?」

「いや、優しいなって♡」

 改めて惚れ直したお市は、大河の背中に顔を埋め、その熟考を応援するのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:moony HP

*2:waraku 2020年2月18日

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