第745話 臨月間近ノ妊婦

 臨月りんげつが近づくにつれ、4人の妊婦はソワソワしだす。

・食欲不振

・下痢or便秘

・倦怠感

・情緒不安定

 などが目立つようになったのだ。

 所謂いわゆる『妊娠うつ』の状態に入ったのだ。

 大河は面会の時間を増やし、時には病室に泊まり込むことも多くなった。

 万和6(1581)年7月25日。

 今日も朝から病室に居る。

「……申し訳御座いません」

「何が?」

「その……あざが出来るまで掴んでしまい……」

「アプトは可愛いなぁ♡」

 落ち込むアプトを抱き寄せる。

 朝から大河の肘を抱いて、大きな痣を作ったことを悔やんでいるのだ。

 一方、大河は軍人気質なのでこのくらいは、慣れっこである。

「アプト、その優しさを夫ではなく、今から生まれてくる子供に向けることよ」

 厳しい論調のお市もまた、大河に抱き着いている。

 心愛は、誾千代、橋姫の間で抱っこされながら行ったり来たり。

 出産後の予行演習、という訳だ。

「「……」」

 初産という訳で2人はあたふた。

 経産婦けいさんぷの早川殿が、抱っこを教える。

「あー、だめです。首が支えませんと。こういう風に。あと、無暗むやみに揺さぶらないことです。揺さぶられっ子症候群で赤ちゃんが死傷しかねません。もう一つ、うつ伏せ寝は厳禁です。乳児突然死症候群で最悪死ぬかもしれないので」

 誾千代より嫁入りの時期は後輩なのだが、育児では先輩だ。

 橋姫も格下の人間に指導されるのはしゃくではあるが、理論的には早川殿が正しい為、聞かない選択肢はない。

「「……」」

 2人は真面目に聞いている。

 大河は心愛が泣かないかハラハラドキドキだが、今の所、その様子はない。

 それ所か3人に代わる代わる抱っこされ、嬉しそうだ。

 アプトのお腹に手を添える。

「若殿?」

「来月は一応外勤の予定をほぼ無くしたから、多分、間に合うと思うよ」

「……ありがとうごじざいます♡」

 今回生まれてくる子供は、和人(日本人)とアイヌ人との懸け橋になる予定の為、どちらかと本土よりも蝦夷地(現・北海道)で注目を集めている。

 アイヌ人の人権向上に積極的な大河と、アプトの子供だ。

 早い話だが、将来的には開拓長官(現・北海道知事)に推す声もある。

「いいなぁ。アプト、愛されて」

「ほんとほんと」

 お市の背後からお江と与免が、にょきっと顔を出す。

 2人についてきた豪姫も、アプトのお腹を優しく指でつつく。

「豪さま、くすぐったいですwww」

 身をよじって大河の膝に避難する。

「あー........」

 もう少し突きたかった豪姫は、寂しそうだ。

「侍従長、申し訳御座いません。愚妹には後で私が言っておきます」

 遅れてきた摩阿姫が、頭を下げた。

 お初も一緒だ。

 結局、猿夜叉丸の育児中の茶々と、洗濯で不在の幸姫以外、浅井家と前田家の姉妹は勢揃いだ。

 学校では性教育もしている為、妊娠の状態が気になるのもあるのかもしれない。

「いえいえ―――あ」

「どうした?」

「蹴ってきました。多分、突かれて喜んでいるのでしょう」

「でも、くすぐったいんだろう?」

「はい。ですが、我が子が喜んでいる以上、付き合うのが母かと。どうぞ豪様」

「わぁい♡」

 豪姫が突つく。

 すると、お腹の子供が動く。

 子供同士で言葉の無い会話しているようだ。

 与免も興味津々だ。

「あぷと~。わたしもいい~?」

「どうぞ」

「んしょんしょ♡」

 アプトの膝に乗り、与免も行い出す。

 突く

 ↓

 蹴る

 ↓

 突く

 ↓

 蹴る

 ……

 この繰り返しだ。

 反応を見る限り、赤子が嫌がっている様子は無い。

 やがて、お初、お江も参加する。

 2人は優しく触る派だ。

 4人の義姉たちに囲まれ、赤子の反応もすこぶる良い。

 結局、その日、アプトはお腹を撫で回され、突かれ続けるのであった。

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