第732話 翼覆嫗煦

 特定の宗教とは距離を置いている大河だが、私人しじんの立場になると話は別だ。

 懇意にしている神社には玉串料たまぐしりょうを奉納したり、松姫や愛王丸がお世話になった寺には寄進を欠かさない。

 また、教会やシナゴーグ、モスクにも度々顔を見せては、教典を学びに行ったりしている。

 万和6(1581)年7月3日。

 今日は、朝から京都新城の隣にる教会に大河の姿があった。

「美しいな」

「でしょう?」

 腕に絡むヨハンナは、自慢げだ。

 2人が見上げているのは、欧州から届けられた宗教画。

 受胎告知じゅたいこくちから始まり、次は馬小屋でイエスが産まれる場面。

 悪魔との対峙や最後の晩餐ばんさんなども描かれ、最後は磔刑たっけいに遭いながらも復活を遂げる場面も事細かに描かれている。

「凄い大作だな?」

「欧州中の王室お抱えの画家が集まって創って下さりました」

「……素晴らしい」

 絵心も無く信者でも無い大河だが、力作なのは分かる。

 宗教画と同封された名簿には、再生ルネサンス期後半、様式マニエリスム期(1527~1600)を代表とする、ティントレット(1518~1594)、ジュゼッペ・アルチンボルド(1526~1593)、エル・グレコ(1541~1614)の名があった。

 このことからも相当な力の入れ具合なことが分かるだろう。

「これはいつお披露目するんだ?」

「次の礼拝日です」

 ヨハンナの傍に控えていたマリアが答えた。

 メモ帳を携え、眼鏡をかけたさまは、「出来る秘書官」の感じである。

「信者は相当、喜ぶだろうな」

 大河はヨハンナ、マリアを抱き締める。

「ありがとうな。信者でもないのに見せてくれて?」

「全然♡」

「いえいえ♡」

 2人の頬に接吻した後、大河は長椅子に座った。

 修道女シスターの恰好をした珠が目の前に登壇する。

 一礼後、聖書を開いた。

「では、説法を始めさせて頂きます―――」

 宗教画鑑賞だけでは流石に失礼なので説法を聞いて、祈り、相応の寄付をしてから帰るのが大河なりの習慣ルーティンだ。

 当然、他の宗教でも同様である。

「「「……」」」

 3人は、珠の説法を黙って聞き入る。

 こうして大河の教会訪問は、静かに進むのであった。

 

 教会をった大河は、次に布哇ハワイ大使館に入る。

「待ってたよ♡」

 ラナが迎えて抱き着く。

「ありがとう。招待してくれて」

「全然。家族だしね♡」

 今回、久々に大使館に入ったのは、ラナの手料理を食べる為だ。

 京都新城に居ると、大家族な分、料理は侍女の時もあれば、妻が直々に作る場合もある。

 それでも、王女自らが調理するのは、あまり無い。

「はい。ロコモコ丼♡」

「おお、旨そうだ」

 白ご飯の上に目玉焼きとハンバーグの乗ったそれに、大河は喜ぶ。

 京都新城では、栄養士が居る為、カロリーを重視してロコモコ丼のような高カロリーな食べ物は中々出にくい。

「『旨そう』じゃなくて『旨い』のよ」

「ああ、御免ごめん

 ラナは大河の膝に乗ると、食事介助を始める。

「はい、あ~ん♡」

 まるで子供扱いだ。

 しかし、大河は甘んじて受け入れる。

 山城真田家でのパワーバランスは、圧倒的に妻側にあるのだ。

 逆らっても良いことは何一つ無い。

「ん?」

「どった?」

「……聖下せいかの匂いがする」

 浮気性のある男だと、こういう場合、嘘や言い訳をするのだが、妻には誠実な大河は正直に言う。

「さっきまで教会に居たんだよ。説法を聞きにね」

「私が頑張って準備している間に?」

御免ごめんよ」

「もー……」

 相手が自分よりも立場が上なヨハンナなので、流石にラナも強くは言えない。

「その代わり、ここでは長時間過ごすから」

「それはそれで聖下に申し訳ないよ。聖下は?」

「教会に居るよ。珠とマリアと一緒にね。帰る時、また合流するけど」

「じゃあ、聖下の為に交流は短めにしないとね」

「いいよ。そこまで配慮しなくても―――」

「私は聖下が好きだから。聖下が幸せならそれで―――」

「いいや。ラナも幸せにならないといけない」

 ラナの言葉を遮って大河は、彼女を抱き締める。

「サナダ?」

「愛してる」

 大河は見詰めると、ラナに濃厚な接吻を行うのであった。

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