第721話 惜玉憐香

  四条河原町にやってきた大河たち一行は、珠の店に入る。

 ゴスロリやメイド服、バニーガールなど、史実の16世紀には有り得ない品々しなじなが並ぶそこは、服飾の聖地でもある。

 客層は主に流行に敏感な若者で、次点で家族層が多い。

「———」

「———」

 わいわいがやがやする中、店舗の中心には今夏の為の水着が勢揃いしていた。

「何この露出度の高いのは?」

「ヨハンナ。よくぞ聞いてくれた。これは、汗が溜まりにくいように俺が意匠計画したものだ」

「……汗ねぇ」

 ヨハンナが注目したのは、胸部と下腹部が限界まで露わになった水着だ。

 設計者・大河が言うには「汗対策」というが、完全に下心満載なので、ヨハンナは若干、ドン引きである。

「……これ着る人居るの?」

「既に何人か注文しているよ。誾に謙信にお市に綾、後は阿国、い、小少将、稲———」

「待って。もう聞きたくない」

 意外にも注文者が多いことにヨハンナは、頭痛を感じ始めた。

 驚くことに妊婦・誾千代まで注文している。

 大河の熱さに押されたのか。

 出産後のことを考えているのかは分からないが、兎に角、妊婦が着るには少々勇気が要る水着だろう。

 その間、朝顔、ラナはというと。

「陛下、こういうのはどう?」

「う~ん。もう少し色が薄い方が良いかな?」

 大河が意匠計画した水着をガン無視し、珠の新商品を吟味ぎんみしていた。

 唯一、静かなのがラナである。

「……」

 いつもは主君のヨハンナに気を使って地味な水着を選ぶのだが、今回は夏の新商品なので。地味なのは一つもない。

 大河作の下心100%か、珠作の色鮮やかな物の二択だ。

「……う~ん」

 悩んでいると、

「マリアにはこっち来てほしいな」

 大河がすっと横に着て、ハイレグを渡す。

「……恥ずかしいんですが?」

「いいのいいの。俺しか見ないし。他の男には見せないし」

「……分かった?」

 強引に説得(?)されたが、愛されるのは嬉しい為、渋々受け取る。

「試着は?」

「しませんよ」

「え~。今、見たい―――」

「「貴方」」

「ぐへ」

 目に余るセクハラに遂に朝顔とヨハンナの堪忍袋の緒が切れ、大河は巨大ハリセンでどつかれるのであった。


 頭に大きなたんこぶを作った大河であるが、それで反発することはなく、全員分の服を買った。

 全員分、というのは今回の4人ではなく、城に居る愛妾や子供たちのも含めてだ。

 身内の企業なので安価あるいは無料で買えなくはないが、大河はそれでも1銭も出し惜しみせずに支払う。

 令和の価値でざっと100万を一括払いだ。

「自分の分は自分で払いたかったのに~」

 御料車の中、ヨハンナは不満げで大河の耳朶じだを甘噛み。

「聖職者だろ? あんなに沢山買って払えるのか?」

「う……それは……」

 日ノ本の教会や寺院などの宗教施設に勤めている聖職者は、皆、貧乏である。

 神仏に仕えるのが信念の癖に金儲けとは言語道断、という大河の方針で収入は厳しく制限されているのだ。

 その為、ヨハンナやマリアはあまり高額な買い物が出来ない。

「聖職者が欲に負けちゃ駄目だよ」

「……松や阿国、エリーゼも節制しているの?」

「松はしているよ。残りの2人はしていない」

「……じゃあ―――」

「2人は信者であって正式な聖職者じゃない。自前の宗教施設、持ってないだろ?」

「うう……」

 矛盾点を探そうとするも、そこは大河の方が二枚も三枚も上手うわてだ。

 経済活動が制限される基準は、

・自前の宗教施設を保有しているか

・宗教的な資格を有し、それを用いて経済活動をしているかどうか

 の2点が争点になっている。

 こうした基準が日ノ本において、カルト教団が出来にくい仕組みになっていた。

「欲しい物があれば俺に頼むか、還俗げんぞくするしかない」

「……うん。そうだね」

 シュンとうつむくヨハンナを抱き寄せ、その頬に接吻する。

「ごめんね。悪徳な聖職者が居るから対策はしないといけないんだよ」

「……分かってる」

 理解を示しつつ、ヨハンナは唇を噛んだ。

 布教したい信念と現実が噛み合わないのだ。

 それでも大河には感謝しなければならない。

 耶蘇不毛の地・日ノ本において布教の許可を出し、宗教活動を認め、教会の建設まで認めてくれているのだから。

「大丈夫」

 大河は抱きしめ、癒す。

 それから膝に朝顔にも抱擁。

 マリアに寄りかかることも忘れない。

「私は~?」

 ラナが不満気にしなだれかかる。

 車内ではイチャイチャだが、御料車はゆっくり進む。

 大河の本拠地、京都新城に向かって。

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