第688話 華胥之夢

 夢の中で与免は、泣いていた。

 真っ暗闇の中、1人寂しく。

 幸姫、摩阿姫、豪姫が居ない孤独の世界である。

 どれだけ叫んでも、誰も応えてはくれない。

「うう……」

 やがて声がれて、発生すらも厳しくなっていく。

「……さなださま」

 末期まつごの言葉のかのように大河を呼ぶ。

 すると、誰かが手を握って来た。

(あ)

 第六感で悟る。

 その手の正体を。

「来たよ」

 その声は優しく聞くだけで心がポカポカしていく。

 やがて、背後から抱き締められる。

「さなださま♡」

「ああ」

 大河は与免の肩に顎を乗せた。

 一回り以上も離れているのに、童顔のそれは、まるで兄のようだ。

 声帯もいつの間にか回復していた。

「さなださま♡」

 何度もその名を呼び、頬ずり。

「寂しかった?」

「うん♡」

「ごめんごめん。ちょっと用事を済ませてきたんだ」

「よーじ? じょせい?」

 途端、与免の表情は険しくなっていく。

 大河を独占出来る好機チャンスなのに、他の女性の存在を疑ったのだ。

「違うよ。ほらこれ」

 大河が見せたのは、『風邪鎮圧証明書』という文書。

「! やっつけたの?」

「そうだよ。長引いてるから、イラっとして実力行使しちゃった♡」

 可愛く言う大河だが、与免にはヒーローに見えた。

「かっこういい♡」

 振り返って大河に抱き着く。

「さなださま♡ だあいすき♡」

「俺もだよ」

 大河に頭を撫でられ、与免はその胸板に頬ずり。

 ずっと。

 ずっと……

 ずっと…………

 大河が嫌がってもなお、延々と。


「……?」

 目覚めた与免は、直ぐに回りを見渡す。

「!」

 案の定、眠った状態で大河がしっかり自分の手を握っていた。

「……えへへへへ♡」

 幸福感に満たされた与免は、大河のふところに入る。

「……与免?」

「おはよー」

「おお、元気になった?」

 大河は、声の感じで一瞬で見抜いた。

 普段から気にかけている証拠である。

「ゆめでねぇ、さなださまにあったの」

「そうなのか」

 眠たい様子だが、大河は話に付き合うようだ。

 益々ますます、与免は甘える。

「どんな感じだった?」

「すごいかっこよかった♡ かぜ、やっつけたの!」

「おお、そいつは凄い」

 大河は笑顔を見せると、起き上がる。

 その時機タイミングで、与免はその膝に座った。

「……?」

「……?」

 2人は顔を見合わせる。

「……与免さんや」

「なあに?」

かわやに行きたいんだけど?」

「わたしがつれてくよ?」

「ありがたいけど、1人で行けるよ」

「わたしのときは、おむつかえてくれたのに? さなださまは、かえさせてくれないの?」

「そういう御相子おあいこは良いよ」

「だーめ」

 与免は、益々ますます密着し離れない。

「下りてくれよ。厠に行けないよ」

「さなださまと一緒に行く」

「いいって」

 是が非でも与免は、離れない。

「……言うこときかないと、嫌いになっちゃうよ?」

「え……」

 雷に打たれたかのように与免は、固まる。

「残念だけど、他人様ひとさまにご迷惑をかける方は、この家の人間に相応しくないからね」

「……わたし、めーわくかけてる?」

「現時点ではな」

「……ごめん」

 与免は目に見えて落ち込む。

 それでも、膝から下りない。

 好意と現実の差で揺れ動いているようだ。

 大河は、与免の両脇に手を入れて膝から降ろす。

「……さなださま?」

「反省した?」

「……うん」

「与免のことは好きだけど、そういうのは徐々に直すんだよ?」

「!」

 はっきりと「好き」と言われ、与免は二度見した。

「え?」

「じゃあ、厠に行ってくるからね」

「……うん」

 赤くなった与免は、まともに大河の顔を見れない。

 先程まで攻めていた癖に、逆転されると弱くなる。

「……」

 厠に行く大河を与免は、チラチラと見送るのであった。


 大河が戻ってくると、与免は赤い顔で毛布を被っていた。

 その状態はことわざ通り『頭隠して尻隠さず』。

「……何しているの?」

「うー……」

 唸るだけでこちらを振り返ることもしない。

 心配になった大河が回り込むも、

「……」

 与免は方向転換し、顔を隠す。

 尻も隠した方が良い気がするが、与免の優先度としては、顔の方が上なようだ。

「?」

「若殿、妹に何かした?」

 着替えを持ってきた幸姫が尋ねた。

「何も?」

「そう?」

 姉妹の勘なのか、幸姫の第六感はするどい。

「……告白した?」

「『好き』とは言ったよ」

「あー……じゃあ、多分それね」

「何?」

「この子、結構恥ずかしがり屋なのよ。今まで、おむつもえたでしょ?」

「ああ」

「だから、今頃思い出して恥ずかしがってるのよ。貴方にを見られたんだから」

「……」

「本気で向き合いなさい。じゃなきゃ、この子、憤慨して早死にするかもよ?」

「……分かってるよ」

 毛布を引っ張って、与免のお尻を隠す。

「!」

「与免」

 それから、その手を握った。

「さっきのは本心だからね? 16歳になった時、挙式だ」

 与免は今年で4歳。

 16歳になるのは、12年後。

 1593年になるまで待たなければならない。

 4歳には、途轍もなく長い時間に感じるだろう。

 それでも、想いが成就するのは嬉しいことだ。

 握り返し、その手の甲に頬ずり。

「さなださま♡」

「ああ」

 完全に復活した与免は、その後もずっと笑顔で居るのであった。

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