第673話 解衣推食

 妊娠して以降、橋姫と大河の交流は、以前よりは減少傾向であるが、実際にはその結びつきは強まっている。

 大河が何処に行こうが、橋姫は、生霊いきりょうを飛ばし、監視させ、その睦言むつごとや行為を東ドイツ国民の生活を記録していた国家保安省シュタージ並に監視しているのだ。

(今日は、伊万と与祢ね)

 生霊の密告を聞いた橋姫は、目を閉じて念話ねんわを飛ばす。

『仲良すぎ。殺すわよ』

(……分かったよ)

 大河は、2人を抱き締めつつ、頷いた。

 離れないのは、2人が怒る為だろう。

(全くもう)

 橋姫は、夫を監視しつつ、自分のお腹を擦る。

 ここには、彼との間に出来た子供が居る。

(あなたは、あの馬鹿みたいにならないでね?)

 そう願って優しく腹の上から撫でるのであった。


 橋姫からを受けた大河は、姫路殿に膝に頭を預けつつ、2人を侍らせていた。

「若殿。誰かのことを考えていましたね?」

「橋様ですか?」

 2人は睨んで、大河の胸板に頭を預ける。

「よく分かったな?」

「見てれば分かります」

「ですです」

 2人は胸板に頬ずりを行い、甘えに甘える。

「仕事は?」

「有給休暇です♡」

「ですです♡」

 大河の胸板に耳を当てて、その鼓動こどうを楽しむ。

「若殿、買い物に行きましょうよ」

「与祢は何か買いたいものがある?」

「若殿と一緒に出たいんです♡」

「分かった。伊万も来る?」

「はい♡」

 与祢と伊万。

 先輩と後輩である2人は、親友であると同時に恋敵でもある。

 お互い家を背負っている以上、相手が贔屓されるのは面白くない。

「じゃあ、準備して来て」

「「は~い」」

 仲良く返事すると、2人は手を繋いで出ていく。

「姫、君も来い」

「はい」

 命令口調だが、姫路殿は微笑む。

 感情の変化に乏しい姫路殿には、大河が引っ張るしかないのだ。

 今年、新卒の幸姫、甲斐姫も乗り気である。

「「……」」

 口にこそ出さないが、表情から察するに2人もまた、行きたがっていた。

 大河はわざとらしく言う。

「女官が2人ばかり必要だなぁ……幸、可い、良いかい?」

「「は♡」」

 アプトは産休。

 珠や井伊直虎、楠は学業。

 なので、実質2人しかいないのだ。

 姫路殿の手を取って、大河は立ち上がる。

「じゃあ、行こうか?」


・姫路殿

・甲斐姫

・幸姫

・与祢

・伊万

 と共に大河は、京都駅に隣接した商業施設に入る。

 元都知事にして近衛大将であり、しかも上皇の夫がフラリと立ち寄るのは、日ノ本の平和さを表すことが出来るだろう。

 右手に伊万、左手に与祢を握り、残りの3人を引き連れて大河は歩く。

「何食べようか? 姫?」

御饂飩おうどんが食べたいです」

「じゃあそうしよう」

 一行は、饂飩屋に入る。

 京都新城では、大河の口に入る前に検食けんしょくが行われるのだが、流石に外食では、難しい。

 饂飩屋は、讃岐国(現・香川県)丸亀城(亀山城、蓬莱城ほうらいじょうとも)の城下町に本社を置く全国チェーンの店である。

 店長は大河に気付き、挨拶に行こうとするも、店員に止められた。

「近衛大将は、何よりも穏便を好みます。私的な時間を奪っては、この店の営業許可を剥奪されるかもしれませんよ」

「そ、そうなのか?」

 バックヤードで戦々恐々とする店長。

 営業許可は、保健所や厚生労働省の領域なのだが、大河の権威を知る人々にはそのような誤解が生まれていた。

(普通で良いんだけどなぁ)

 大慌てになる店員たちの様子を眺めつつ、大河は苦笑い。

 特別扱いを求めていないし、忖度そんたくも望んでいないのだが、人間の心理上、変えがたいことなのだろう。

 その膝には、今回の主役である伊万、与祢のコンビが陣取り、左には姫路殿。

 右には、甲斐姫、幸姫が女官として座っている。

 正確な位置としては、それぞれ右脇、右横である。

い、ずるいよ? 離れて」

「与祢様、こればかりは若殿の御指示ですので、幾ら上臈御年寄じょうろうおとしより代理でも厳しいかと」

「若殿~」

 与祢は睨むも、大河はその頭を優しく撫でる。

「ごめんね。でも、じゃんけんだから」

「えへへへ♡」

 優遇され、甲斐姫はよだれを垂らすくらい嬉しがる。

 女性陣に差をつけない―――のが信条の大河だが、運には勝てない。

 空いた右の位置を2人で争う前に大河はじゃんけんを提案し、甲斐姫が勝利を収め、より彼に近いベストポジションを手に入れた訳だ。

「帰りに父の為に饂飩、買ってもいいですか?」

「毎回、許可取らなくていいよ。義父上ちちうえか。久しく会っていないな」

 真田昌幸は現在、江戸城にて徳川家康と共に江戸の開発に当たっている。

 その為、積極的に会うことは難しい。

「父から伝言を預かっています。『孫が見たい』と―――」

「可い?」

 幸姫が睨むも、甲斐姫は大河に抱き着く。

「若殿、早く産休に入らせて下さいね?」

「運次第だな」

 与祢、伊万、幸姫の迫力に圧倒された大河は、はぐらかす。

 ただ、子を願うのは本心なので、右手で甲斐姫を抱き寄せ、その愛に応える。

 そうこうする内に饂飩が届いた。

 机に並ぶのは、

狐饂飩きつねうどん

・月見饂飩

天麩羅饂飩てんぷらうどん

・力饂飩

咖喱カレー饂飩

・肉饂飩

 の6皿。

 1皿多い理由は、

「小太郎」

「ひ」

 店員に偽装していた小太郎は、驚く。

「……主、奇遇ですね?」

「公務員の副業は許可制だぞ? 罰だな?」

「い、いえ。これは仕事で―――」

「罰として付き合え」

「ひ」

 大河に捕まり、あれよあれよと言う間に彼の左隣に座らされた。

 元々居た姫路殿は、左脇に収まる。

「主、私は―――」

「仕事なら堂々と付いて来い。配慮するな」

「……は」

 軽く怒られ、小太郎はしょげつつも、肉饂飩に手を伸ばす。

 何だかんだで食べたかったようだ。

「若殿との逢引なのに~」

「人数増えちゃった……」

 小太郎以上にしょげる伊万、与祢コンビ。

 然し、力饂飩と月見饂飩に箸が止まらない。

「愛こそ全てだよ」

 大河は笑って、2人の頬に付着した緬を取ってやるのであった。

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