第647話 倚門之望

 万和6(1581)年2月18日。

 この日は、二十四節季にじゅうしせっきの一つ、『雨水うすい』とされる日だ。

 雨水は、雪が溶け始める頃とされ、江戸時代の常陸国宍戸藩5代藩主・松平頼救まつだいらよりすけ(1756~1830)が著した『暦便覧』でも、

『陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり』

 と記されている。

 そんな日の朝、大河は、

・朝顔

・ヨハンナ

・ラナ

・マリア

・井伊直虎

・綾御前

・早川殿

・甲斐姫

・小少将

・阿国

 の10人。

 この内、直虎、妊娠中の早川殿、小少将は其々、

・井伊直政

今川範以いまがわのりもち

品川高久しながわ たかひさ

・愛王丸

 と一緒だ。

 4人は、自分の母親の手を握りつつ、大河と朝顔をちょくちょく見ている。

 母親が再婚したかと思えば、相手は、近衛大将。

 然も、上皇の夫なのである。

 言わずもがな4人に皇族や皇位継承権は無いが、それでも身内に上皇が居るのは、緊張は否定出来ない。

 その朝顔は、大河と仲良く手を握って笑顔を見せる。

「皆も楽しんでね?」

「「「「……は」」」」

 緊張した面持ちで4人は答えた。

 もう一方の大河の手を握るヨハンナが尋ねる。

「それで陛下、何処に行くの?」

「梅を見に行きたくて、ね」


 朝から朝顔が上機嫌なのは、この日が代休であるからだ。

 去る2月11日は、『建国記念の日』。

 この日は、朝顔は、帝と共に忙しく早朝から深夜まで公務に次ぐ公務で京都新城に帰って来たのは、翌朝早朝であった。

 流石にその日は、休んだが、15歳に国家最高の行事イベントは、心身への負担が半端ない。

 なので、この代休を心から待ち望んでいたのだ。

 幸運にもこの日は、国立校2次入学前期試験日。

 多くの志願者とその保護者が、国立校に行っている為、その分、街はいつもよりも静かだ。

 そういった事情から、朝顔は、大河に外出の許可を出したのである。

 一行が来たのは、梅の名所の一つとして有名な北野天満宮。

 年末年始、多数の参拝客が来る事で有名なここでは、2月25日、梅花祭ばいかさいなる催しも行われている。

「……すっごい♡」

 梅の花の数々に、朝顔は興奮する。

 梅花祭には行けないが、その分、今日は花見で楽しむ予定である。

 大河の膝に座った朝顔は、彼の左右に座ったヨハンナ、ラナにも気を遣う。

「2人も食べてね?」

「陛下、これは?」

御餅おもち?」

 2人が覗き込んだのは、白い饅頭。

「真田が持ち込んだのよ。名前なんだったっけ?」

「『梅ヶ枝餅うめがえもち』。大宰府名物だよ」

 小豆餡を薄い餅の生地でくるみ、梅の刻印が入った鉄板で焼く焼餅だ(*1)。

 その名の由来は、太宰府天満宮の祭神・菅原道真の逸話で、その餅菓子自体に梅の味や香りがする訳ではない(*1)。

 その歴史は古く、資料によれば、

 ―――

『菅原道真が大宰府へ権帥として左遷され悄然しょうぜんとしていた時に、安楽寺の門前で老婆が餅を売っていた。

 その老婆が元気を出して欲しいと道真に餅を供し、その餅が道真の好物になった。 

 後に道真の死後、老婆が餅に梅の枝を添えて墓前に供えたのが始まりとされている』(*1)

 ―――

「失礼します」

 マリアが手を伸ばし、先に食す。

 ヨハンナの侍女である為、例え大河の献上品であっても念の為、毒味を行うのだ。

「……はい。美味しいです」

「サナダ、食べさせて~♡」

「はいよ」

 ラナも膝に座り、ヨハンナもそれに続く。

 結局、いつも通り、大河は上皇、元教皇、王女の専用玉座になった。

 空いた左右を今度は、綾御前達が狙う。

「「「「「「最初はぐー。じゃんけんぽん!」」」」」」

 枠は、右脇、右横、左脇、左横の四つ。

 対して、志願者は6人。

 勝者は……


「えへへへへ♡」

「うふふふふ♡」

「おほほほほ♡」

「いひひひひ♡」

 早川殿、直虎、甲斐姫、小少将は、笑顔を絶やさない。

 一方、負けた阿国、綾御前は不満顔で背後に回っている。

 勝者は、甲斐姫を除いて全員、子持ちという結果になった為、早川殿等は其々の実子を近くに呼び寄せる。

 流石に妊娠状態である早川殿の膝には座る事が出来ない範似、高久は、彼女の前に座るが、その他の直政、愛王丸は其々、直虎、小少将の膝の上だ。

「「……」」

 直政、愛王丸は渋面だ。

「直政、挨拶しなさい」

「い? えっと……義父上ちちうえ?」

「おお、息子よ。勉学の方はどうだ?」

「あ。はい。御蔭様で順調です」

 直政は、国立校に通い、主に軍事を専攻としている。

 国立校では、「得意科目を伸ばす」という事に重点を置いている為、

 傾向  :専攻

 文系  :国学等

 理数系 :化学等

 体育会系:蹴鞠や軍事訓練等

 各々、興味があるもの、得意科目、或いは出来そうな科目に受講者が殺到している。

 無論、苦手科目は無いに越した事は無いが、それでもやっぱり出来ない人間は居る。

 彼等がドロップアウトしない様に、国立校では、長所を活かす方針なのだ。

 然も教員からの体罰も無いし、生徒間の虐めでは学校警察が介入する為、生徒(児童)には、安心安全な教育体制である。

 試しに大河は、試験を出す。

「侵略者は?」

「!」

 目を大きく見開いた直政は数瞬後、答えた。

「『侵略者は平和主義者である。戦わずして侵略できれば一番よいからである。

戦争は防御によって起きる』」(*2)

『戦争論』(1832年)で有名なカール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780~1831)も授業で導入されている為、これ位、即答出来なければ、真の軍人とは言い難い。

 余談だが国立校では、軍事関係の科目を選ぶと学食が無料になったり、給料が支払われるする為、武士階級以外の出身者からも魅力を感じている。

「上出来だ」

 大河に褒められ、

「有難う御座います」

 直政は、頭を下げた。

 それでも内心は、バクバクだ。

 大河が時々即興アドリブ試験テストを行うのは、ちまたでは有名な話なのだが、まさか自分に振られるとは思いもしなかった。

 滅多に怒らない為、誤答しても大丈夫な筈だが、それでもこうやって無茶振りするのは期待されている証拠でもあるので、解答者は極力正解したいのが心情だ。

「「「……」」」

 直政の後は自分では? と、残りの3人は、緊張する。

「そんなに緊張するなよ。何もしないからwww」

 大河は手を振って否定しつつ、小少将と早川殿を抱き寄せる。

 その上、膝の朝顔、ヨハンナ、ラナにも接吻を怠らない為、せわしない。

 接吻された朝顔達は、餅を頬張りつつ、ガールズトークに戻る。

「でしょう?」

「うんうん」

「分かるわぁ~」

 愛情の再確認なので、接吻が終わると、後は野となれ山となれ。

 大河が側室とイチャイチャしようが嫉妬する事は無い。

「愛王丸、学校では虐められてないか?」

「あ、はい。大丈夫です」

 朝倉義景の遺児である為、織田家や徳川家の関係者からは、敵意の対象になり易いが、そこは大河がバックに居る為、流石に虐められる事は無い。

 大河は、小少将の頬を撫でつつ、続ける。

「もし愛王丸が、望むならば、将来的には、仏教系大学の学長に推薦したい」

「「!」」

 小少将も寝耳に水で振り返った。

「若殿?」

「この国の退廃した仏教を再興する人材が居ない。その時は是非とも頼みたい」

「……」

「仏堂に邁進まいしんするなら別だがな」

「貴方、私は~?」

 ヨハンナが、絡みつく。

「忘れてないよ。頼む」

「えへへへ♡」

義父上ちちうえ、話が見えませんが?」

 愛王丸は困惑を隠せない。

「ああ、ヨハンナには、今後出来る神学校の校長になってもらおうかと。愛王丸には、仏教系の大学の責任者だ」

「? 松様が適任では?」

 松姫も仏教徒だ。

 然し、大河は、首を横に振る。

「松にも振ったが、『権威に興味ない』との事だ。まぁ、現時点で手一杯だろうし」

 夏と年末は忙しい分、休みたいが勝るし、そもそも自分には不向き、と考えている様であった。

「まぁ、断っても良いからな」

「……義父上は、本気で仏教の再興を?」

「平和を望むならばな?」

「……」

 愛王丸に夢が出来た。

(再興、か)


[参考文献・出典]

*1:楠喜久枝『福岡県の郷土料理』同文書院 1984年

*2:大橋武夫『クラウゼヴィッツ兵法』マネジメント伸社 1980年

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る