第641話 衛星政党制
万和6(1581)年2月11日。
所謂、『建国記念の日』のこの日、太陽王国の旧明軍基地に日章旗が掲げられる。
国交樹立と共に、日ノ本の軍隊が入って来たのだ。
「よくぞ来て下さいました。皆様」
アフマド国王が
「暫くお世話になります。弥助です」
「おお、御噂は、聞いていますよ。宜しくお願いします」
弥助率いる軍隊は、総勢1万人。
マレーシア軍の兵力が、正規軍11万3千人(*1)となっている為、単純計算では、その約10分の1の兵力だ。
「貴国の軍隊は?」
「戦乱でもうボロボロです。人口自体も約150年前並ですし」
太陽王国の前身、マラッカ王国は、16世紀初頭、約10万人(*2)もの人口を
1417年頃には、約2千~6千人(*3)の時代から考えると相当、増えたといえるだろう。
「……」
弥助は、周囲の国民を見た。
皆、疲れた顔で瘦せ細っている。
軍はボロボロ。
国民もこの状態なのだから大事な、
・国防
・外交
の権利を譲渡してまで、独立を維持したいのは分かるだろう。
「我が殿が申しました通り、この条約は更新制で貴国の時機次第では、何時でも破棄して構いませんので」
「随分と寛容なんですね?」
「我が殿曰く『日ノ本は、侵略国ではない』と。又、歴史的に東南アジアを支配した事が無い事も挙げられています」
「……平和主義者なんですね?」
「そうですね」
国防の為、そして国体護持の為には喜んでテロを行う姿勢は、とても平和主義とは言い難いが。
(大殿の為に頑張るか)
忠臣は、内心で腕をぶんぶん振り回すのであった。
太陽王国と国交が結ばれた為、台湾共和国を経由して、関係者がどんどん入国してくる。
サロンを
イスラム教徒である彼等にとって、日ノ本は、非イスラム教国である為、「信仰上の問題から生活し難いのでは?」という不安が来日前まで付き纏っていたのだが、蓋を開けてみればそれは、
日本国内に住んでいると、イスラム教はどうしても縁遠い宗教に感じられるかもしれないが、意外にも多い。
2014年時点では、33都道府県63施設が確認されている(*4)。
―――
施設数 都道府県
9 東京都、愛知県
8 茨城県、埼玉県
5 群馬県、千葉県
3 栃木県
2 北海道、神奈川県、新潟県、大阪府、富山県、岐阜県、静岡県
1 宮城県、福島県、長野県、福井県、石川県、京都府、兵庫県、三重県、
鳥取県、島根県、岡山県、広島県、愛媛県、徳島県、福岡県、大分県、
熊本県、鹿児島県、沖縄県
0 青森県、岩手県、秋田県、山形県、山梨県、滋賀県、奈良県、和歌山県、
山口県、香川県、高知県、佐賀県、長崎県、宮崎県
―――
地域によっては、礼拝所にも大小があるが、47都道府県の内、33都道府県を網羅している為、逆に礼拝所が無い方が少数派なのである。
現代では、大都市圏に集中する傾向があるが、この異世界でもそれは同じ事で、特に大坂や神戸では、礼拝所が多く建設されている。
これは、京都や奈良だと、仏教や神社の数が多く付け入る隙が無い為だ。
宗教対立は、国策で何とか避けられているが、日ノ本に上陸してまだ日が浅いイスラム教徒と、日本人の生活に色濃く影響を与えている神道や仏教には、
・信者数
・聖職者
・資金力
等では到底太刀打ち出来ない。
そこで、イスラム教徒が目を付けたのが、大坂と神戸であった。
大坂では、商人が世界中に信者が居るイスラム教徒を通して市場を拡大したいという思惑が重なり、交渉は円滑に進み、神戸でも
京都から近い、という事もあって、
無論、全て寛容とは言い難い。
「若殿、神戸の寺院が怒っています」
鶫の報告に、大河は眉を顰めた。
「何に?」
「『回教徒の寺院建設に血税が使用されている』と。抗議文がこれです」
「……」
小太郎が段ボール箱を抱えて持ってきた。
500枚はあるだろうか。
1枚1枚手書きである。
僧侶や檀家を総動員して書かせた様だ。
「……血税って1銭も投入していないんだがな?」
「恐らく、嫉妬でしょう。神戸選出の国会議員が、次の国会で追及する模様です」
「……支持基盤だからな。追及しないと、下から突き上げられるだろう」
「はい」
民主主義の利点の一つは、言論の自由であるが、中には摩訶不思議な主張を行う者も居る。
私人だと笑い話にもなるが、公人だと流石に笑えない。
現代でも確固たる証拠が
民主主義最大の利点は、マイナスな一面も持ち合わせているのだ。
「先手を打つんだ。国営紙に否定の記事を載せろ」
「は」
「あと、これまでの予算の使い道も全て明かせ。馬鹿に神聖な国会を汚させるな」
「は」
国会には『会期』という時間制限がある。
無論、延長も出来なくはないのだが、その分、高額な人件費が血税から投入される為、無駄に費やす事は出来ないのだ。
鶫が敬礼して去った後、姫路殿が紅茶を淹れる。
「……」
大河は、その手を握り膝に座らせると、
(あんまりしたくはないが、
衛星政党制は、日本では導入されていないが、独裁体制ではあるあるの話だ。
要は、政党は複数あり、民主主義国家同様、与党と野党に分かれているのだが、実際には、「野党も与党の一味」という事だ。
――――
例(*5)
台湾(1945~1987)
支配政党:国民党
衛星政党:民主社会党、青年党
東ドイツ(1949~1989)
支配政党:社会主義統一党
衛星政党:キリスト教民主同盟(旧西ドイツ側の同名政党とは別団体)
自由民主党(旧西ドイツ側の「自由民主党」とは別団体)
国民民主党
民主農民党
チェコスロバキア共和国、チェコスロバキア社会主義人民共和国(1948~1990)
支配政党:共産党
衛星政党:人民党
社会党
自由党
復興党
ポーランド人民共和国(1947~1989)
支配政党:統一労働者党
衛星政党:統一農民党(後の農民党)
民主党
ブルガリア人民共和国(1946~1990)
支配政党:共産党
衛星政党:農民同盟
メキシコ(1929~2000)
支配政党:中道包括政党・制度的革命党
衛星政党:国民行動党(右派)
左翼政党(後、民主革命党に加入)
――――
この様に冷戦期、主に共産圏で多数採用されていたが、台湾やメキシコでも採用例がある為、一概に共産圏特有とは言い難いのが衛星政党制の特徴だ。
厳密には、日ノ本にも衛星政党は存在している。
然し、大河の力をもってすれば、純粋な野党でも衛星政党に出来なくはない。
(……いや、この国の民主主義を曲げてはならんな)
すぐに頭を振って脳内で衛星政党制を廃案にし、姫路殿を抱き締めるのであった。
[参考文献・出典]
*1:2021年版ミリタリーバランス
*2:弘末雅士 「交易の時代と近世国家の成立」
編・池端雪浦 『東南アジア史〈2〉島嶼部』 山川出版社 1999年
*3:トメ・ピレス 編・生田滋 池上岑夫 加藤暎一 『東方諸国記』 岩波書店
1966年
*4:『宗務時報』No.119
*5:ウィキペディア
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