第638話 高岳親王
太陽王国が、日ノ本への帰属を求めたのは、単純な話、『資金』が理由であった。
1511年以来、約70年間に渡って起きた内戦は、マレー半島の大半を焦土と化し、復興に大きな時間と資金を要す必要があった。
その中で台湾やアラスカが日ノ本の支援の下、一気に近代化していくのを見て、帰属を求めた訳である。
日ノ本の事実上の最高権力者、大河が、イスラム教への理解があり、又、明や清を打ち破る軍人なのも影響しているのだろう。
早い話、マラッカ王国が明の朝貢国だったのを見て自国も朝貢国になろうとしたが、明が衰退した為、明を見限り、その矛先を日ノ本に変えた、という事だ。
太陽王国国王・アフマドは、サロン(腰布の一種。インドネシアやマレー半島の民族衣装)を
高床式住居で1人、アフマドは、考える。
(国民の御理解を得られたのは、幸いだな)
帰属は、アフマドの提案であったが、売国奴とも呼べる所業で国民の反発を招く可能性があった。
然し、幸か不幸か、情勢はこちらに利がある。
戦乱に付け込み、ポルトガルが、支配欲を出してきたのだ。
マラッカを版図に組み込む事に成功し、成功体験を得たポルトガルは、次なる目標をマラッカ以外のマレー半島全域として、色々と圧力をかけ始めたのだ。
ポルトガルは、キリスト教国。
対して、太陽王国は、イスラム教国。
当然、宗教的には、相容れない。
これに対し、日ノ本は、帝は、神道の最高聖職者だが、国民に神道を押し付ける事は無く、他宗教に寛容だ。
最近まで仏教過激派が
又、大河を名誉イスラム教徒と見る者も多い。
京都新城には、イスラム教徒の商人も入る事があるのだが、彼等は、沢山の妻を侍らせているのをよく目撃されている。
その為、太陽王国にも
アラスカを自治国にしている様に太陽王国も自治国にしつつ、ポルトガルに対抗する、というのが、アフマドの狙いであった。
「この国を発展させる……それが、私の使命」
太陽王国は、台湾共和国を仲介者にして、日ノ本と交渉を始めた。
アフマド同様、黒い帽子を被ってサロンを穿いた使者が、告げる。
「我が国は貴国の版図の一部になり貴国に対し、朝貢外交を行いたい、と考えています」
交渉役の村井貞勝が、不安視する。
「明との御関係はどうするのですか?」
太陽王国の前身、マラッカ王国は、明の従属国であった。
両国の関係史は、以下の通り。
―――
1403年 明の
1405年 パラメスワラ国王の使者が訪明し、永楽帝は彼の王位を快諾(*1)。
以降、マラッカ王国は、明の忠実な朝貢国になる(*2)(*3)。
1411年 パラメスワラ国王が妻子や家臣と共に訪明(*4)。
その後、後任のカンダル国王、モハメド国王等の訪明が続く(*5)。
国王が
この結果、マラッカ王国は、現在のタイに存在したアユタヤ王朝(1351~1767)に3回(1407年、1421年、1426~1433年)、侵攻を受けるも、その都度、明がアユタヤ王朝に警告した為、マラッカ王国の独立は保たれた(*6)。
―――
その後、明は衰退しマラッカ王国も滅びた為、両国の関係は途絶えたのだが。
最近になってポルトガル領マラッカ以外のマレー半島は、太陽王国が統一した為、一応は未だ健在している明(あるいは、新興著しい清)との関係を作るのが、筋だろう。
「それが陛下のお考えなんですか?」
「はい」
「……我が国への対価は?」
「明が使用していた軍事基地を貴国に御提供します。後は、以前、文書で御回答した通り、
・
・金鉱
・鉄鉱
・
・石炭
・原油
・天然
を輸出します。
又、観光でも日本人を沢山誘致したい、と考えています」
「……分かりました。では、その
「失礼します」
「「!」」
声と共に襖が開いた。
「! 片桐殿?」
突如、現れた片桐且元に貞勝は、狼狽える。
「今、交渉中ですよ?」
「申し訳御座いません。朝廷の御命令で来ました」
「朝廷?」
「はい。太陽王国は、君主制。朝廷の外交部は、それを重要視しましてこの度、交渉役に近衛大将が適任とし、我が主君を御指名しました」
「! それは……」
明確な横取りだが、朝廷の権力は、絶対だ。
「申し上げ難いのですが、織田様にはその様に御説明して下されば
「……」
使者は、困惑顔だ。
「ええっと……どういう事ですか?」
「申し訳御座いません。要約すると、外交の窓口が幕府から朝廷に変わっただけです。ささ、御案内します故」
「……はぁ?」
意味が分からないまま、使者は、首を傾げる。
然し、日ノ本は、幕府よりも朝廷の方が上な存在なので、従う他無い。
(……これは、問題なになるぞ)
貞勝は、冷や汗を感じるのであった。
報告を聞いた信孝は、激怒した。
「どういう事なんだ!」
扇子を貞勝に投げる。
幸い当たる事は無かったが、それでもその怒りっぷりは、父親譲りであろう。
「……朝廷の近衛前久殿の指示、との事です」
「……近衛殿が? 何故?」
「恐らくですが、アフマド国王が高丘親王の子孫という事で、朝廷も動いたもの、と思われます」
「……」
親族の子孫が使者を寄越してきたのだ。
幕府の対応では心許無い、と判断したのかもしれない。
朝廷が外交に介入する事はこれまで無かったが、流石に今回の場合は、暗黒の了解を破ってまでも、アフマドと接触を持ちたい、という事なのだろう。
「……且元の言う『朝廷外交部』と言うのは?」
「先程調べましたが、その様な部署は無く……
「……だろうな」
朝廷に外交を
他国の王室とやり取りするのも私的な場合を除けば、外務省が行うのが通例だ。
「如何します?」
「面子を潰されたんだ。貞勝、真田の下へ行け。恐らく、奴が黒幕だ」
「は」
(こうなったら本気で決戦かな?)
[参考文献・出典]
*1:『明史』
*2:『インドネシアの歴史:インドネシア高校歴史教科書』 明石書店 2008年
イ・ワヤン・バドリカ 監訳・石井和子
訳・桾沢英雄 菅原由美 田中正臣 山本肇
*3:『東方諸国記』トメ・ピレス 訳・生田滋 池上岑夫 加藤暎一
岩波書店 1966年
*4:石澤良昭 生田滋 『東南アジアの伝統と発展』 中央公論社 1998年
*5:『大航海時代の東南アジアII・拡張と危機』(新装版) 法政大学出版局
アンソニー・リード 訳・平野秀秋 田中優子 2002年
*6:弘末雅士 「交易の時代と近世国家の成立」
編・池端雪浦『東南アジア史〈2〉島嶼部』 山川出版社 1999年
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