第637話 高丘親王ノ子孫

 山城真田家が亀岡で冬の国立を楽しんでいる頃、二条城の織田信孝の下にある報告書が届けられる。

天竺てんじくに皇族の子孫が?」

「はい」

 村井貞勝が頷く。

「失礼ながら上様は、高丘親王たかおかしんのうは、御存知でしょうか?」

「確か……平城へいぜい天皇の第三皇子だったか?」

 平城天皇(774~824)は、第51代天皇(在位:806~809)だ。

 その第三皇子が、高丘親王(799~865?)である。

 大同4(809)年、父・平城天皇がその実弟・嵯峨天皇(786~842 在位:809~823)に譲位した時機で高丘親王は、皇太子になる。

 然し、その翌年に起きた薬子の変に巻き込まれ、天皇への道は絶たれる。

 その後は、僧侶となり、仏道を邁進するも、840年代、唐で会昌かいしょう廃仏はいぶつが起きると、当時、長安に滞在中であった高丘親王は、優れた師を探す為に天竺行きを決意(*1)。

 865年、広州から海路で天竺を目指すもその後、消息を絶つ(*1)。

 伝承によれば、881年、羅越国らえつこく(マレー半島南端?)で薨去した、という(*2)。

 現代の日本人からすると、「天竺なのにマレー半島?」と違和感を覚えるだろうが、

 ――――

『真に我が朝の事は言ふに及ばず、唐土とうど天竺にも主君に志深き者多しと雖も、斯かる例なしとて、三国一の剛の者と言はれしぞかし』(*3)

 ―――

 と当時の文献に残されている。

 この時代、日本人の国際感覚は、

・本朝=日本

唐土とうど=中国

・天竺=インド

 を全世界と表現していた(*1)為、伝承通りならば、高丘親王が、天竺を目指し、マレー半島に行き着いても、当時の価値観からすると、仕方のない事だろう。

「はい。その子孫が、馬来まれーで王国を築き、帰属を求めれています」

「……」

 史実では、マレー半島は、1511年にマラッカ王国が滅び、

・ジョホール王国

・ペラク王国

・ポルトガル領マラッカ

 の三つに分裂した。

 だが然し、この異世界では、マラッカ王国の継承国をその高丘親王の末裔が建国していた。

「何故に今の時機なんだ?」

馬来まれーには、永正8(1511)年まで違う王国が存在していたのですが、葡萄牙ぽるとがるが侵攻し、滅びました」

「うん」

「その後、葡萄牙ぽるとがる麻剌加まらっかを支配したのですが、それ以外の地域では、統治権を巡り、現地人同士の内戦が勃発しました。その長い内戦が、先月、ようやく終わり、王国が誕生したのです」

「……」

「その名は、『太陽マタハリ王国』。旗がこちらになります」

「……これは」

 信孝は、驚愕した。

 差し出された旗が、日章旗の黄色ver.だったからである。

「……馬来まれーの資源は?」

「・すず

 ・金鉱

 ・鉄鉱

 ・鉄礬土てつばんど

 ・石炭

 ・原油

 ・天然瓦斯がす

 ・観光業

 等です」

「……好機だな」

「は?」

「いや、こっちの話だ」

 信孝は、勝機を見出す。

 煮え湯を飲まされ続けている大河に対し、一矢でも良いから報いる為に。


 信孝に遅れて数刻後、大河の下にも報告が行く。

 情報は鮮度と正確性が第一だ。

 今回ばかりは、速度で信孝に軍配が上がった事になる。

 帰りの馬車の中で、小太郎が耳打ちをした。

「(馬来まれーの『太陽王国』なる高丘親王の子孫を名乗る国の使者が、二条城に入った様です)」

「……分かった」

 朝顔とヨハンナを膝の乗せて抱き締めつつ、大河は考える。

(マレー半島……か)

 マラッカ王国(1402~1511)が琉球王国の外交文書を記録した資料『歴代宝案れきだいほうあん』に琉球王国との交易が記録されていたり、明の忠誠な朝貢国(*4)(*5)だったりと、東アジアと付き合いが深かった為、太陽王国もその外交に従ったのだろう。

「……何? 仕事?」

「少しな」

「もう就業時間は過ぎてるから。考えちゃ駄目よ」

 ヨハンナに言われ、大河は、苦笑いで頷く。

「御免よ」

 それからヨハンナの肩に顎を乗せて、彼女とイチャイチャを始めるのであった。


 京都新城に戻った大河は、誾千代、早川殿、橋姫、アプトと談笑した後、自室に籠る。

「……鶫」

「は」

「その国王は、本物なのか?」

「あふまど国王は、日本語を流暢に操るそうです」

「信仰宗教は?」

「回教徒な様です」

「……」

 高丘親王は、天竺てんじくに師を探しに行く程、熱心な信者であったが、その子孫は、イスラム教徒ムスリムになっていた。

「殿下は、極楽浄土でどんなお気持ちなんだろうな_」

 苦笑いしつつ、大河は、鶫を抱っこする。

 珠も手招き。

 饗応役だった為、彼女とは余りイチャイチャ出来ず、疲れた顔だ。

「若殿……」

 げっそりとした顔で珠は、隣に座る。

「明智殿は?」

「下痢になりかわやから出てきません。私も疲れました」

「お疲れ様」

 手を離すと、珠は、頬を膨らます。

「駄目です」

 握り直すと、珠は、しな垂れかかる。

「終業後は、若殿に沢山甘えるつもりなので♡」

「……体力持つか?」

「立花様が御懐妊された為、私も立候補したく♡」

「自薦他薦は自由だよ」

「「きゃ♡」」

 右腕で鶫、左腕で珠を抱き上げ、大河は寝台に連れていく。

 寝室の襖を不作法だが、足で開けると、

「……あれ?」

 毛布が膨らみ、既に先陣が居た。

「「「zzz……」」」

 先乗りしていたのは、ラナ、井伊直虎、小少将。

 3人は大河の毛布を被り、枕を奪い合う様にして寝ている。

「……」

「起こしましょうか?」

 鶫が額に青筋を浮かべるが、

「(良いよ。そのままで)」

 にっこりと笑った大河は、襖をそっと閉めるのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:『日本三代実録』元慶(881)5年10月13日条

*3:『義経記』8巻

*4:『インドネシアの歴史:インドネシア高校歴史教科書』明石書店 2008年

   イ・ワヤン・バドリカ 監訳・石井和子

   訳・桾沢英雄 菅原由美 田中正臣 山本肇

*5:トメ・ピレス 訳・生田滋 池上岑夫 加藤暎一 『東方諸国記』 岩波書店 

   1966年


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