第631話 家内安全

 立花誾千代の妊娠に1番動揺を見せたのは、楠であった。

「……」

 その日の夜。

 大河にその懸念けねんを伝える。

 誾千代、橋姫は、お市の指示の下、早川殿、アプトと同部屋になった為、彼の部屋には居ない。

「誾の子供は、後継ぎに?」

「さぁな」

 楠に腕を預け、枕にさせている大河は、答えた。

「子供が決める事だ」

「……」

 楠は、考え込む。

 正妻が妊娠した事により、後継ぎ争いは激化するだろう。

 反対側に居るお初も同じ様な感想だ。

「兄上、さっさとお決めにならないと後々、禍根かこんになりますよ」

「……そうだな」

 子供の事になると、兎角とかく大河は優柔不断になる。

 それ程、子供の事を想っている証拠なのだが、家が大きくなれば成る程、後継ぎ問題は重要視され易い。

「兄者~。もういっその事、私の子供を後継ぎにしたら―――」

「こら、お江」

 大河の腹部に跨っていたお江の提案だが、お初には通じない。

「兄上、お江のは、あくまでも冗談ですからね」

 すぐに火消しに走るのは、その提案が、浅井家の公式的な介入と解釈され、後継ぎ争いから弾き出される可能性があるからだ。

 こうも気を遣うのは、大河の妻に朝顔が加わった為である。

 後継ぎ問題に、ある家が介入すれば、即ち朝廷を敵に回す可能性がある。

 その為、最近、後継ぎに関しては、禁忌タブーの様な空気感があった。

 朝顔や大河は、気にしてはいないのが、彼女を重んじる余り、自主規制の様になっているのだ。

「分かってるよ。ただ、俺には、そういうの言っていいからね。考えが知りたいから」

「じゃあ、兄者。さっきのは、本音だから」

 ずいっとお江は、迫る。

「母上と姉上が出産したんだから順番的には私達だよ、?」

 目が怖い。

 ヤンデレのそれだ。

「随分と乗り気なんだな?」

「累や心愛が可愛いからね。母性本能? だよ」

「……分かった」

 一般の家庭だと経済的な負担や仕事との両立等で、育児は、非常に難しい。

 周囲に信頼出来る相談相手が少なければ、どんどん孤立化も深まり、悪循環だ。

 そんな中、山城真田家だと、お市や早川殿等、経験者が沢山居り、相談相手が充実している。

 育児に疲れれば、乳母や侍女に頼めば良い話だし、一般家庭と比べると、非常に育て易い環境、と言えるだろう。

「ただ、その論理だと、お初の方が先になるけど?」

「姉上は、まだいいっぽいから私から―――」

「誰が『いい』って言ったの?」

「ひぃ!」

 お初に睨まれ、お江は焦る。

 それから、お初の御説教が始まった。

「お江。貴女は、姉に対する敬意が余り感じられません。すぐに真田様を頼り、自立出来ていません。このままだと母親には、不向きです」

「……はい」

 ぐうの音も出ない正論にお江は、うつむく。

(可愛いなぁ♡)

 そんな姿に愛おしく感じた大河は、その頭を優しく撫でるのであった。

 

 次の日。

 誾千代、橋姫、早川殿、アプトが入っている部屋をヨハンナとラナがマリアを御供にして見舞う。

「良い部屋だね」

「そうだね。過ごし易そう」

 ヨハンナ、ラナが感心したのは、その部屋の作りだ。

 何時いつでも出産出来ても良い様に、ナースコール対応で、隣室には、医師と看護師、助産師が交代制で24時間待機。

 栄養士監修の下、調理師が作った三食で食生活が行われ、消灯時間も午後9時と、刑務所並に早い。

 徹底的な管理された生活である。

 ストレス対策も万全で、棚には約1万冊の本が用意され、ゲームも沢山。

 テレビもある。

 この様な設備の為、意外にも4人は、快適そうだ。

 早川殿は、起き上がる。

聖下せいか態々わざわざ有難う御座います」

「春、安静にしとき。かしこまらなくて大丈夫よ」

「は」

 軽く頭を下げた後、早川殿は、再び仰向けになる。

 その姿勢が1番楽なのだろう。

 見回すと、4人が4人とも仰向けだ。

 遅れて、お市が心愛を抱っこしてやってきた。

「「「「わぁ!」」」」

 4人に一斉に笑顔が灯る。

「?」

 心愛は、4人を見回した。

 人見知りしないのか、心愛は、笑顔を見せて、アプトを指さした。

「今日は、あぷと?」

「う!」

「だって。あぷと、宜しく」

「は」

 緊張した面持ちで、アプトは抱き抱える。

「愛し過ぎて、揺さぶらっれ子症候群とかに気を付けるのよ」

 そのまま、お市の講座が始まった。

 ヨハンナ、ラナ、マリアも座り、聴講するのであった。


 数時間後、朝顔と共に大河も来た。

 大河の周りには、やはり、前田家三姉妹が居る。

 浅井家三姉妹を出し抜くのが上手いのか、最近は、一緒に居る機会が多い。

 朝顔は、橋姫の腕の中で眠る心愛を見た。

「……可愛い♡」

 与免もジャンプするが、身長が足りない為、よく見えない。

「さななさま、だっこ♡」

「あいよ」

 心愛を見れる位置迄、抱っこ。

「……」

 このまま、与免と大河が正式な夫婦になれば、彼女は、心愛の義理の母になる。

 2人の年齢差は、2歳なので、与免が16歳になった時、心愛は、14歳。

 学制に当てはめれば、高校1年生と中学2年生の母娘になる。

 年齢だけ見れば、非常に複雑な親子関係に見えるだろう。

「「……」」

 摩阿姫、豪姫も大河にじ登って心愛を見る。

「……心愛様♡」

「可愛い♡」

 2人も母性本能が刺激されている様だ。

 大河は、3人を橋姫の寝台に下す。

 そして自らは誾千代、早川殿、アプトの下へ行く。

「貴方♡」

「「若殿♡」」

「来たよ」

 子供の為、という理由で、こういう部屋に押し付けている手前、大河は罪悪感を覚えて頻繁に来ている。

 誾千代を抱っこし、早川殿、アプトを左右に侍らす。

 産婦人科医から「同衾どうきん禁止令」が出されている為、そのまま押し倒す事は無いが、それでも、イチャイチャしたい感情に襲われる。

 誾千代の腹部を優しく撫で、早川殿の鎖骨に接吻し、アプトには片方の手で、その背中を撫で回す。

 仕事で忙しい分、スキンシップが激しいが、3人は笑顔だ。

「若殿、次は、何時来て下さいますか?」

「アプトは、寂しがり屋だな?」

「若殿の所為せいですよ♡」

 自らの唇を舐めて、アプトは誘う。

「接吻だけだよ」

「いけず~♡」

 再度、接吻した後、待機中の誾千代、早川殿にも行う。

 妊娠が発覚して以降、大河との接触が明らかに減っているのだが、この逢瀬を存分に楽しむ妻達であった。


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