第621話 七本槍ト悪魔

 関東行幸には、七本槍も同行する。

「まさか正月から駆り出されるとはな」

「予定ではどうなっている?」

「大坂から船で行くそうな。東海道は、混雑している様だからな」

「国崩しは、何問持っていく?」

「分からん。ただ、過積載対策の為には、少ない方が良いかもな。江戸城にも国崩しは、用意されているらしいし」

「まるで遠征だな」

 脇坂安治、片桐且元、平野長泰、福島正則、糟屋武則、加藤嘉明は甘酒を片手に行幸の準備を進めていた。

 仕事中に甘酒、というのは余り褒められたものではないが、それでもまだ1月2日だ。

 少し多めに見てもらいたいものである。

 6人のその緩やかな空気に加藤清正は、苛々していた。

 槍を突き立て、6人を睨む。

貴様等きさまら、大殿への忠心を忘れたか?」

「「「「「「……」」」」」

 七本槍のリーダー格の言葉に6人は、沈黙する。

 所属は、山城真田家だが、7人は、羽柴秀吉への恩を忘れた訳ではない。

 且元が言う。

「虎之助、我々の心は秀吉様のみだ。忘れた訳ではない」

「では何故、嬉しそうにしている?」

「それは、現状をかんがみての事だ」

「……続けろ」

「秀吉様は、事実上、真田の家臣になった。秀吉様を守る為には、真田に尽くすしかないだろう?」

「どの口が言う?」

「何?」

助作すけさく、貴様は裏切者だ」

 清正は、手紙を投げつける。

「!」

 他の5人は、その手紙を開いて見た。

「これは……!」

「助作、貴様!」

「大恩を忘れたかのか?」

「見損なったぞ?」

「恥を知れ!」

 5人に責められ、且元はうめく。

「う……」

 清正が投げつけた手紙に書かれていたのは、厚遇に対する感謝であった。

「これは礼儀で送っただけだ―――」

「裏切者だ!」

 感情的になった清正は、抜刀する。

「ひ!」

 酔いが一瞬に冷めた且元は、腰が抜けたまま這う這うのていで逃げ出すのであった。


 史実では、賤ケ岳で大活躍した七本槍だが、その最後は十人十色だ。

 ―――

 加藤嘉明かとうよしあき→伊予松山藩及び陸奥会津藩初代藩主

 糟屋武則かすや たけのり→大坂夏の陣にて討死(*1)

               元和9(1623)年に死去(*1)(*2)とも

 加藤清正         →慶長16(1611)年に病死(死因は諸説あり)

 福島正則         →広島城問題で改易に遭うも、天寿を全う

 平野長泰         →大身旗本たいしんはたもととして幕府に貢献

 片桐且元         →方広寺ほうこうじ鐘銘しょうめい事件で徳川方に転ず

 脇坂安治         →大坂の陣には未参加、京で晩年を過ごす

 ―――

 少なくとも7人中4人が徳川方に転じ、生き延びた。

 時勢を読み、豊臣家の限界を感じ、裏切ったのか。

 家の為の苦渋の決断だったのか。

 豊臣家を支えた七本槍の最後が、こうなるとは、誰が想像出来ただろうか。

 殺されかけた且元が頼ったのは、大河であった。

「大殿、保護して下さい」

「保護も何も家臣だろう?」

 大河は苦笑いだ。

 その傍らには、姫路殿が居る。

「虎之助は、常識が通じなくなりました」

「まぁ、彼奴あいつはな」

 姫路殿を抱き寄せつつ、大河は考える。

(この世界での家康のポジションは、俺って訳か)

 大河は、頬を掻きつつ、

「分かった。鶫、清正を呼べ」

「は」

「俺から話すよ」

「一応、武装しても宜しいでしょうか?」

 清正が斬りかかる事を想定しての提案だろう。

「ああ。ただ、自分でも対処出来るよ」

 そう言って、ベレッタを見せ付けるのであった。


 直々に呼ばれた清正は、不貞腐れていた。

「……」

 まだ大河に根に持っている様だ。

「意地だな」

「何がです?」

「いや、虎之助が初めてだよ。俺にここまで抵抗するのは」

 鶫が睨みつける。

 今にも斬り付けそうな勢いだ。

「そんなに俺が嫌いか?」

「……はい」

「そうか」

 呵々大笑かかたいしょうしつつ、大河は、姫路殿を抱き締める。

「!」

 秀吉の元妻への行動に、清正は、目に見えて眉を顰めた。

「そんなに俺が嫌いなら、さっさと居城に戻って出兵の準備でもしたら如何だ?」

「!」

 この言葉は、実際にあったものだ。

 ―――

『名古屋城普請時、名古屋城に入るのが、徳川義直(1601~1650 父:家康 母:於亀)であった事から、福島正則は、

「江戸や駿府はまだしも、ここは妾の子の城ではないか? それにまでこき使われたのでは堪らない」

 と愚痴り、池田輝政(継室が家康の次女・督姫とくひめ)に、

「お前は(家康の)婿殿だろう? 我々の為にこの事を直訴してくれ」

 と迫った。

 輝政が沈黙していると、それを聞いていた加藤清正が怒りながら、

「滅多な事を言うな。築城がそんなに嫌なら国元に帰って謀反の支度をしろ。それが無理なら命令通りに工期を急げ」

 とたしなめたという』(*3)

 ―――

「……」

 清正は、史実の輝政の様に沈黙する。

「俺に仕える以上、俺が規則だ。分かるな?」

「……謀反を許すんですか?」

「やれるならやってみろ。その時は、お前の屋敷と中村を空爆するから」

「!」

 尾張国愛知郡中村(現・愛知県名古屋市中村区)は、清正の生まれ故郷だ。

 生まれ故郷が故に親類縁者が多く住んでいる。

「……正気か? 非戦闘員が居るんだぞ?」

「それは、貴様次第だ。俺は釈迦じゃない。

「……!」

 姫路殿の手を握り、大河は嗤う。

「従うか死ぬか、選べ」

「……」

 清正は、沈黙した。

 パワハラとも解釈出来る事だが、滅私奉公を重んじる武士には、この程度は、パワハラではない。

 ベレッタを取り出した大河は、その銃口を姫路殿の米神に突き立てる。

「!」

 清正が驚いた、次の瞬間、引き金を引く。

 カチン。

 ……銃弾は発射されなかった。

「……空砲?」

「愛妻を手討ちにする事は無いよ」

「……」

 姫路殿は、微動だにしない。

 大河の愛を分かっているのか、死を覚悟しているのか。

 その本心は、彼女にしか分からない。

 姫路殿を抱っこし、膝に乗せた大河は、その体を抱き締めつつ、告げる。

「二つに一つだ」

「……従う」

?」

「従い、ます」

「それで良い」

 まるでヤクザの様な脅迫だが、力こそ全てである以上、従う他無い。

 正則、且元に次いで清正が、遂に服従した事で、七本槍は、遂に大河に平伏すのであった。


[参考文献・出典]

*1:『加古川市誌』

*2:称名寺しょうみょうじ(糟屋氏の菩提寺)の寺記

*3:福尾猛市郎 藤本篤『福島正則 - 最後の戦国武将 -』中央公論新社 1999年

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る