第622話 御座船

 万和6(1581)年1月4日早朝。

 三が日の混雑を避けて、山城真田家は、一族総出で関東に向かう。

 まだ夜も明け切らぬ内に大坂港に着くと、そこで海御座船うみござぶねに乗船し、関東へ向かう。

「さむい」

「寒いなぁ」

 朝の寒さの下、累と大河は、炬燵に入っていた。

 炬燵の上には、温茶が用意されている。

 大河は、それをフーフーと吐息で冷ましつつ、累に飲ませる。

「累は今年で?」

「4」

「大きくなったなぁ」

 頭を撫でると、累は、笑顔で振り返った。

「もっと、おおきくなる」

「おお、そうか」

 愛娘との会話を楽しんでいると、

「やぱ~!」

 大声を上げた与免が、回転しながら突っ込んできた。

 大河の膝に当たると、起き上がり、笑顔を見せた。

「おはよ!」

「元気だな?」

「うん! おもちたべたから!」

 口を大きく開ける。

「いや、見せても分からんし、見せるなよ」

 苦笑しつつ、その頭を撫でる。

 早朝からぐったりしているメンバーが多い中、元気な方が珍しい。

 大河の部屋には、この他、鶫、珠、ナチュラ、小太郎も居るが、朝早かった分、4人は、近くで横になり、アイマスクと耳栓を装着し、毛布を被って眠っている。

 訓練している為、殺気等を感じれば即応出来る様になっているだろうが、それでも、普段、気を張っている4人が4人ともこの状態なのは、やはり疲れも溜まっているのだろう。

 伊万、与祢も起きているが、

「「……」」

 2人も眠たげだ。

「寝ててもええんやで?」

「……起きてます」

「若殿をお守りします」

「……有難う」

 何から守るのかは分からないが、4人が寝ている間、代替要員は必要なので、起きてもらっておいた方が好都合ではある。

「……」

「なんですか?」

「いや、伊万って7歳だろ?」

「はい」

「今年、七五三するのか?」

 数え年7歳(満年齢6歳)の女児は、7歳を迎える事が出来た証として、それを祝う(*1)。

 この時、帯解おびとき(紐解き、とも)を行い、付紐の着物を卒業し、大人同様、幅広の帯を結び始める儀式を行うのだ(*1)。

「両親と相談して決めます」

「じゃあ、今の所は未定なんだな?」

「はい」

「伊万はやりたい?」

「11月15日が空いていればしたいですね。ただ……」

「ただ?」

 眠たげな目を何とか開いて、伊万は告げる。

「可愛がって下さるのは、大変有難い事なのですが、私は、若殿には、1人の女性として見て頂きたいのです」

「……」

「なので、複雑なのです。七五三は」

(そんなもんかねぇ)

 と思う大河であるが、真摯な言葉を前に、それは口に出さない。

 真剣に思っているからこその迷いなのだろう。

 それを適当にあしらうのは、流石に非礼だ。

 伊万を抱っこし、累の隣に座らせる。

「人生1回しか無いから俺の事は気にせず、自分のやりたい事を選び」

「そう、ですか?」

「うん。伊万の好意は嬉しいよ。でも、元服するまでは、子供として遊び」

「……子供、ですか?」

「ああ。甘えるのが、子供の仕事だ」

「わたしも?」

 元気な与免が、飛びついて尋ねた。

「そうだよ」

「じゃあ、さなださまにあまえる♡」

 そして、頬擦り。

 今まで甘えている為、通常運転なのだが、与免の中で甘え度のレベルがあるのかもしれない。

(子供が増えたなぁ)

 そんな事を考えていると、

「ちちうえ」

「うん?」

「はくじょー」

「ぐえ」

 肘鉄を鳩尾みぞおちに食らい、大河は、精神的にも肉体的にもショックを受けるのであった。


 その後、累をなだめて、与免と共に寝始めた為、大河は、そっと部屋を出ていく。

 伊万と与祢も付いてくる。

 2人も相当、眠い筈なのだが、代替要員としての職務を全うすべく奮闘中の様だ。

 欠伸あくびを噛み殺しつつ、与祢が尋ねる。

「若殿は、短眠者たんみんしゃなんですか?」

「いいや」

「でも、普段、全然、寝てないですよね?」

「まぁ、な」

 与祢の言い方に大河は、目を逸らしつつ、頬を掻く。

 夜、側室と愛し合い、明け方、誾千代の部屋に行き、そこでも同衾し、少し寝て朝を迎えているのだ。

 その習慣ルーティンは、侍女であるならば、ほぼ一緒に居る為、ある程度、分かって来る。

 夜勤が日勤に申し送りする時にも、これが報告される為、大体の睡眠時間は、侍女の間では、周知の事実だ。

「寝不足なのでは?」

「そうだな。でも、寝れないよ」

「何故です?」

「今が楽しいからな」

 2人を抱っこし、甲板に出る。

 陽が昇り、外は明るい。

「……寒いです」

「くちゅん」

 2人は震え出した。

 大河は、2人を下ろし、外套コートを羽織らせる。

 大河のは大きい為、2人が羽織っても十分な大きさだ。

「「……」」

 2人が外套の中に入った。

 これで寒風に当たる事は無いだろう。

 手摺てすりに肘を突き、陸を見る。

 曇っていて良く見えないが、見晴らし次第では、富士山が見える航路だ。

(見たかったな。富士山)

『見せてあげようか?』

 一心同体の橋姫が尋ねた。

(出来るのか?)

『晴れにする事は簡単よ。魔力を使えばね?』

(有難いが、良いよ。自然だから)

『そう?』

 不満げだが、橋姫は、直ぐに引っ込む。

「……ん?」

「キュウキュウ」

 海豚イルカが海面に顔を出して鳴いていた。

「若殿、あれは?」

 伊万が興味津々に覗き込む。

「海豚だよ」

 近くにあったバケツを持ってきて、逆さまにする。

 大量の魚が海豚に降り注ぐ。

 それを大口開けて、海豚は、待ち構える。

 この魚は、観光用に事前に準備していたものだ。

 なので、幾ら使っても問題は無い。

 海豚は、大量の魚を食べて満足したのか、

「キュイ♡ キュイ♡」

 可愛い声を出して、海に戻っていく。

「「……♡」」

 その可愛さに、2人は心臓を射抜かれた。

 大河は、その頭を撫でつつ、海豚を見送る。

(まさか海豚鑑賞イルカ・ウォッチングが出来るとはな)

 城にプールを作り海豚を飼おうかな? と本格的に考えるのであった。


 海豚を見送った後、2人の睡魔が限界になった為、大河は、部屋に戻り、2人を寝かしつけた後、今度は、船内を見回る。

 この海御座船うみごぶざねは、茅葺き屋根で神社建築に見られる千木ちぎ鰹木かつおぎを上せたもの(*1)なのだが、大河は、これに鉄等を加え、又、スクリューも設置し、重度と速度を加えた。

 更に、万が一に備えて、アームストロング砲を10門揃え、その上、エイブラムスも10両乗せている。

 近衛兵も1個大隊(約500人)も居る為、当然、食事量も凄まじい。

 近衛兵の現場指揮官は、加藤清正等、七本槍だ。

 二等兵(旧足軽)等と一緒に、大きな食堂で朝食を摂る。

 白御飯に味噌汁、焼き魚と、一般的なそれと殆ど変わらないが、帝直轄の軍だけあって、どれも最高級に美味しい。

「「「「「「「……」」」」」」」

 7人は、生まれてこの方、食べた事が無いその味に一心不乱に食らう。

 御代わりも自由の為、どんどん炊飯器の米や大鍋の味噌汁は減っていく。

「……ふぅ」

 満腹にまで食べた清正は、一息吐いた。

 先日まで、大河を憎悪していたが、これ程の美味だと「移籍して良かった」とも思えてしまう。

 プロイセンの愛国者であるビスマルクが、敵国のフランスの料理を褒めた様に。

 どれだけ嫌っても、舌は別問題だ。

(軍備も日ノ本一、速度も素晴らしい……何より揺れが少ない。近衛大将は、一体、幾つ引き出しを持っているんだ?)

 感心ししつ、村上茶に手を伸ばすのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア


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