第613話 一意専心
主君への暗殺は、例え未遂であろうが、忠臣からの評判が悪い。
その為、姫路殿は、侍女の間からは、村八分の様な状態であった。
「……」
休憩室でも、誰からも話しかけられる事は無い。
鶫、与祢、伊万、ナチュラ、珠の5人は、それに加わる事は無いが、それでも距離感を覚えていた。
「(アプト侍従長ならどうするかな?)」
「(分からない。でも、若殿の御手付きは確定だからね。大切に接しないと)」
「(真田様に御相談しては、如何です?)」
「(伊万、何でもかんでも若殿に御相談するのは、甘えだよ)」
「(ナチュラ様の仰る通りですね。これでは、独り立ち出来ませんから)」
大奥は、山城真田家の血を絶やさず、そこに属する侍女は、代々、主君を公私共に支えるのが職務だ。
場合によっては、御手付きになり、それが無くても、一定の年齢に達し、面談の上では、同じく未婚の貴族や武家の男性とのお見合いの好機もある為、山城真田家の侍女が、生涯未婚になる確率は非常に少ない。
「「「「……」」」」
困っていると、襖が開いた。
「やぁ」
手を上げた大河に侍女達は、軽くお辞儀した。
そして、再び其々の時間に戻る。
他家であれば無礼な行為であり、山城真田家でも最初は緊張感があったが、大河が余りにも
侍従長のアプトが産休中、というのもあり、『鬼の居ぬ間に洗濯』の状態だ。
侍従長代理を任せられている5人だが、この空気を厳しくする程の厳格さは無い。
大河は、5人を見た。
「今から散歩に行くが、御供を頼みたい」
「しろ」ではなく「頼みたい」と言うのが、如何にも大河らしい言い方だ。
「では、私が―――」
真っ先に与祢が挙手するも、大河は渋い顔だ。
「有難いが、与祢と伊万は、無理だよ」
壁時計を顎で示す。
「「あ」」
時計の針は、既に
労働基準法により、子供の深夜労働は制限されている。
その為、子供に該当する侍女達は、既に仕事を任される事は無い為、余裕綽々だ。
「「うー……」」
2人は不満げだが、法律には敵わない。
珠が不安げに問う。
「若殿、私もですか?」
「まぁな。学生だし」
「今は冬休みですが?」
「それでも余り学生を夜中、連れ回すのは忍びないよ。済まんが、累達の子守りを頼みたい」
「……分かりました」
尚も不満げだが、珠は了承した。
子守りは大変だが、後に大河の子供を宿した時の勉強にもなる為、そういう意味では、
成人済みの鶫とナチュラが立ち上がった。
「「失礼します」」
2人は、左右に立つ。
「うん」
大河は、2人を抱き寄せた後、
「姫子、君もだ」
「……はい」
蚊の鳴く様な小声で応じ、姫路殿も立ち上がった。
「「「……」」」
侍女達の視線が集まる。
その全てが、嫉妬と嫌悪に満ち満ちたものだ。
大河はその空気を察して、
「鶫」
「は」
鶫が首輪を用意し、姫路殿の後ろに回り込み、装着する。
「「「……」」」
すると、侍女達の敵意は、落ち着いていく。
首輪姿だと下に見る事が出来る為、優越感に浸れるのだ。
(守る為、か)
鶫は、その様に解釈した。
敢えて姫路殿を貶める事で、その敵意を削ぐ。
貶めても尚、守るのは、それ程厚遇している証拠だ。
今の姫路殿は、猛獣の中に放り込まれた子羊の様な状況である。
侍女達から
大河はその
「じゃあ、行くぞ?」
「「「は」」」
3人の美女を引き連れた大河は、外に出た。
雪の中を歩き、暖房器具が整った東屋に到着する。
「よっと」
そこの椅子に座ると、大河は、姫路殿を膝に座らせ、鶫とナチュラを左右に座らせる。
「鶫、肌の方は如何だ?」
「皮膚科医曰く、『これ以上の改善は難しい』と」
「……そうか」
頬を撫でる。
見た感じ、以前よりかは、治療出来ているが、気にする人は気にするレベルだ。
「若殿、申し訳御座いません」
「いや、謝る事は無いよ」
何処までも優しい大河に、益々、鶫は好意を高める。
「若殿、大好きです♡」
「俺もだよ」
接吻した後、今度はナチュラの番だ。
ナチュラも抱き寄せては愛を育む。
そして、姫路殿を見た。
「姫子」
「……はい」
大河の膝に座る。
こちらに顔を向いている為、対面になった。
大河は、その髪を撫でつつ、
「……実家に帰りたいか?」
「……はい」
少し迷った素振りを見せたものの、結局、姫路殿は、頷いた。
「済まんな。でも刑に服してくれ。実家にも説明してあるから」
「……はい」
姫路殿の運命の分岐点は、暗殺未遂事件である。
これさえ起こさなければ、一生、侍女として安泰であった。
然し、自分が人質になった事で羽柴家は救われた。
救出作戦の為に羽柴家が派兵しないのも、これ以上、「山城真田家と敵対するのは危険」と判断したのだろう。
実家も現時点で何も動きを見せない。
大事な愛娘を秀吉が勝手に離縁したのだから抗議の一つもあっても可笑しくは無い筈なのだが、不気味な程に静かだ。
それ所か、山城真田家に就職が決まった時には、御礼状が届いた程である。
そして、奴隷になった後の抗議は無い。
この事から姫路殿は、実家からも見捨てられた事は確実視されていた。
生活の為には、大河に
「……」
「君は、侍女であるにも関わらず、俺の命を狙った。その代償として、人生を貰う」
「……はい」
無機質な声に鶫は察した。
(心が壊れているね)
戦国時代、この手の人々は、よくいた。
然し、乱世であった為、その声が戦国大名に届く事は無く見捨てられていた。
今は平和な時代なので、弱者の声を聴く余裕があるのだ。
大河が姫路殿に注目したのは、人質であるのは勿論だが、結局はその美貌に惹かれたのも事実である。
「俺が居る限り、君は安全だ。奴隷は変わらんがな」
「……はい」
尚も小声な姫路殿に、鶫とナチュラは顔を合わせて同時に溜息を吐くのであった。
「「若殿♡ zzz……」」
鶫とナチュラは、夢を見つつ涎を垂らす。
大河と愛し合った後でも、この状態だ。
夢の中でも抱かれているのだろう。
「……」
そんな2人の額に接吻した後、大河は、傍観者に徹していた姫路殿と手を繋ぐ。
「……」
彼女は、1mmも動かない。
まるで人形の様だ。
「……」
大河はその手を強く握り、御姫様抱っこ。
「主?」
小太郎が、屋根裏から降りて来た。
「寝ないんですか?」
「寝たいけど、少し話したくてな」
「……暗殺未遂犯と2人きりでですか?」
「小太郎が居るじゃないか? それとも休むのか?」
「……いえ」
気付いていたんだ、と小太郎は嬉しくなる。
最近は、鶫に気を遣って大河と距離を作っていたが、休職していた訳ではない。
おずおずと尋ねる。
「……良いですか?」
「良いよ」
瞬間、小太郎は破顔一笑。
そして大河の手を握る。
時刻は既に深夜0時手前であったが、大河はまだまだ元気だ。
小太郎と接吻し、姫路殿を抱えたまま空いている部屋の寝室に向かうのであった。
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