第607話 愛月撤灯

 万和5(1580)年12月14日夕方。

 京都新城に帰る為の支度を始めていた大河であったが、突然の来訪者に困惑していた。

「お久しぶりです。寧々

「様は不要ですよ。真田様」

 白装束に身を包んだ寧々は、にっこりと微笑んだ後、同席する姫路殿を見た。

「姫子、どう?」

「はい……毎日、勉強させてもらっています」

「そう……良かった」

 正室と側室。

 未だに愛され続けている寧々と、一方的に離縁された姫路殿。

 その差は、根深く、御互いよそよそしい。

「それで寧々―――殿、その服は?」

「どうも夫と喧嘩している、という噂を聞きましてね」

「喧嘩?」

「はい。ここは、私の首、或いは体でお許し願おうかと」

「!」

 姫路殿は、ギョッとした。

 首を差し出す事は、死を意味する。

 体を差し出す事は、夫以外の人間に抱かれる、という意味だからだ。

 大河は、眉を顰めた。

「……急な話ですね?」

方々ほうぼうから聞いた所によりますと、非常に信憑性が高い、と判断しまして私が御二人の仲が修復出来る様に一肌脱ごうかと」

「……どちらにせよ、秀吉殿は自分を憎むと思いますが?」

「今まで沢山の浮気をしたのです。今更、良い夫ぶられても困りますがね」

「……」

 困った大河は、取り敢えず、傍に控えていた与祢を抱っこし、抱き締める。

「若殿?」

「精神安定剤だよ」

「……もう♡」

 薬代わりなのは、嫌だが、愛されるのは嬉しい。

 然も今は、独占出来ている。

「……勘違いされている様ですが、自分と秀吉殿は、喧嘩していませんよ」

「そうなんですか?」

「同僚です。それ以上の事は何もありませんよ」

「……そうですか? 私は、様々な事を聞きましたが?」

「噂を真に受けてもらっても困りますよ。本当に仲が割るければ、姫子を雇いませんし」

「……」

「御歳暮は、有難く受け取りますよ。申し訳御座いませんが、帰宅の時間が迫っている為、この辺で」

「真田様~♡」

「おお、伊万、どうした?」

「椿、摘んだ!」

「おお、綺麗だ」

 伊万も抱き上げる。

 2人は、侍女兼婚約者、という立ち位置だが、子供の様な年齢なので、大河も成人女性より、9割増しで優しくなる。

 殆ど、実子同様の接し方だ。

 2人を抱っこしたまま、大河は、寧々に御辞儀し、姫路殿を引き連れて出ていく。

(……若夫婦と子供みたい)

 秀吉との間に子供が出来ない寧々は、その光景を羨ましく感じるのであった。


 京都新城に帰ると、朝顔が出向かえる。

「御帰り」

「只今」

 続いて、ヨハンナ、ラナ、誾千代、謙信、お市と続く。

 誾千代が正妻だが、やはり、身分上、朝顔が誰よりも優先される。

 これは、慣習であり、大河の一存で変える事は出来ない。

「姉様」

「ねえさま」

「ねえさま~」

 摩阿姫、豪姫、与免は、幸姫に抱き着く。

「甘えん坊ね。真田は、優しかった?」

「こんぺ~と~、くれた♡」

 にっしっし、と与免は笑う。

 餌付けされている感は否めないが、それでも幸せそうな末妹に、幸姫の頬も綻ぶ。

 家族兄弟姉妹で殺し合いが多々あった戦国時代の事を考えたら、姉妹で娶ってもらうのは、1番の手っ取り早い平和的な方法だ。

 大河は1人1人に接吻していく。

 誾千代がげっそりとした表情で言う。

「今日は、疲れたよ。陛下は気遣って下さったけれど、こっちが勝手に重責を感じてね」

「そうか。じゃあ、寝る?」

「うん。御免ね。色々話したいんだけど」

「良いよ。体調最優先だ」

 誾千代、謙信、お市、浅井家三姉妹、阿国、松姫、千姫、エリーゼは、其々の寝所に行く。

 国家元首2人との1泊2日は、名誉な分、相当、緊張した筈だ。

 一方、ヨハンナ、ラナ、マリアは慣れている様で、普段通りに大河を囲む。

 朝顔が箱を渡す。

「はい。陛下からお歳暮」

「有難いな。後で返礼しなきゃ。開けても?」

「良いよ」

「失礼します」

 大河が、珠に渡す。

 はさみで綺麗に包み紙を切り、蓋を開けた。

「……御襁褓おしめ?」

「うん。今から子供増えるでしょ?」

「あー……」

 別室で産休中の早川殿とアプトの事を想う。

 2人は、侍女が24時間付き添い、お産に備えている。

 又、栄養士から食事に関する指導を。

 お市からは、子育ての仕方を学んでいる。

「……2人に渡すよ」

「直接?」

「勿論」

 朝顔は、微笑んで背中に回り込んでは、ジャンプ。

 大河に抱き着くと、そのまま肩まで上って、その位置に座る。

「何?」

「悪い?」

「悪く無いけど」

「じゃあ、私はこっち」

「私はこっち」

 ヨハンナは左腕、ラナは右腕を取る。

 綾御前等、新妻はこの約2日間、正妻として接された為、今は引く時だ。

 従者の様にマリアと共に背後に横一列に並ぶ。

 身重の妻に会いに行くのには、奇妙な光景だが、多妻な分、仕方がない。

 2人の部屋に行くと、

「若殿?」

「貴方?」

 アプトと早川殿が、笑顔になる。

 そのお腹は、以前見た時よりも若干大きくなっていた。

「おお、順調そうだな?」

 大河が満足気に触る。

 すると、人垣を這い這いで駆け抜けて累が飛び込んできた。

「おとうと! いもうと!」

 そして、2人のお腹に頬擦り。

 異母弟と異母妹になるが、それでも大事な家族になのは、変わりない。

 大河も頬擦り。

「元気に育つんだぞ?」

「若殿、くすぐったいです……♡」

「貴方、もう……♡」

 久々の夫婦の会話だ。

 ヨハンナとマリアも加わる。

「主よ、この子達に幸せを下さい」

本当にアーメン

 ラナは、祈らないが、それでも慈愛に満ちた表情でお腹を見詰めている。

 それから、大河を引っ張って耳打ち。

「(サナダ、今の乳児死亡率ってどれ位だっけ?)」

「(10だよ)」

 10、という数字は、現代人からすると、高い数字に聴こえるだろうが、時代を考慮すると、滅茶苦茶好成績である。

 ―――

『乳児死亡率の推移(出生1千対比)

 1899    ~1920年代前半 150以上

 1920年代前半~1930年代前半 100以上

 1930年代前半~1950年代前半  50以上 ※戦時中の統計は不在

 1947年            76・7

 1950年代前半以降      毎年減少傾向

 2017年            1・9』(*1)

 ―――

 医療の発達等も関係しているが、日本は、70年かけて、乳児死亡率を13人に1人から、526人に1人にまで下げさせる事に成功させている。

 これは諸外国でもトップクラスに良い数字で、

 ―――

『国     :乳児死亡率:年

 日本    :1・9   :2017年

 アメリカ  :5・9   :2015年

 シンガポール:2・4   :2016年

 フランス  :3・5   :2015年

 ドイツ   :3・3   :2015年

 イタリア  :2・9   :2015年

 オランダ  :3・3   :2015年

 スウェーデン:2・5   :2015年

 イギリス  :3・9   :2015年』(*1)(*2)

 ――― 

 と、超大国のアメリカや、福祉政策が整っている事で有名な北欧のスウェーデンよりも低い。

 無論、人口や医療制度等に違いがある為、単純に数字だけの比較は困難であるが。

 それでも、日本は、トップクラスに乳児が生き易い国、と言えるのは事実だ。

 新興国・布哇王国は、日ノ本からODA政府開発援助を受けているが、まだまだ発展途上国である。

「(そっちは?)」

「(100。日ノ本の10倍だね)」

「(長い目を見るしかないな。残念だけど、直ぐに良くなるのは、難しい)」

「(うん。分かってる)」

 ラナは、自分のお腹を見た。

「(若し出産するなら日ノ本で)」

 2人の妊婦に触発され、決意するのであった。


[参考文献・出典]

*1:nippon,com 2019年3月7日

*2: 厚生労働省「我が国の人口動態」(2016年までの動向)






 

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