第591話 受胎告知

 台湾共和国と賽德克族との和解が成立し、両者の調印式が行われたのは、10月27日。

 奇しくも霧社事件(1930年)発生日であった。

 この日、台湾共和国は、

布哇ハワイ王国

和地関バチカン

 とも国交を結ぶ。

 台湾共和国の外交権は、日ノ本が有している、と認識していた諸外国は、この出来事に驚き、すぐさま国交樹立の為の使者を送り始めた。

 独り立ちしようと頑張る台湾共和国に満足し、大河は、乗船した。

 約1か月、という短期間であったが、愛妻と愛児を京に置いてきたので、早めに帰りたいのが、心情である。

 別れの挨拶に来た莫那モーナに手を振り、大河は、トロール船の客室に入った。

 もう少し、惜しんでも良いのだろうが、和解に日ノ本が関与していたのは、誤解される恐れがある為、長く甲板に居る事は出来ない。

 軍人達も行き同様、漁民に偽装カモフラージュして帰る。

「兄者~。もう船、嫌~」

 げっそりとした顔でお江が背中に飛び乗った。

 そのまま、んぶになる。

「船酔い?」

「うん」

「吐くなよ?」

「善処する」

 吐瀉物を頭上から浴びるのは、流石に大河の性癖には無い。

 後ろ手でお江の背中を優しく撫でつつ、座る。

「兄上、お江を―――」

「良いよ。お初は休んどき」

「……良いの?」

「良いよ」

 大河も疲れてはいるが、体調不良ほどではない。

 お江も、姉・お初に看病されるのは、気恥ずかしい筈だ。

「兄者~♡」

 青い顔のまま、お江は頬擦り。

 恐らくだが、船内では、ずーっとこんな感じかもしれない。

「……兄上の馬鹿」

 お江に夫を独占されている事にイラッとしたお初は、膝に座った。

 姉妹は、大河越しに睨み合う。

「姉様、兄者は疲れているから―――」

「なら、貴女が離れなさい。ここは、私に任せて」

「え~。姉様、看病荒いじゃん?」

「杜撰な貴女よりはマシよ」

「「うー!」」

 犬歯を剥き出しにして威嚇し合う。

「止めなさい」

「あ、痛!」

「ぎゃ!」

 姉妹は、ヨハンナから手刀を後頭部に食らい、涙目に。

「お江、喧嘩する元気があるなら、夫を支えなさい。御疲れなんだから」

「御免なさい。聖下」

「お初も、看病したいなら、膝の上で喧嘩しないの」

「はい、聖下」

 茶々代わりの様な言い方だ。

「……」

 大河が目を丸くしていると、

「可愛いソレッラ達の戦争グエーラは、見たくないからね」

 それから、ヨハンナは、当然の様に、大河の隣に座る。

「御疲れ様♡ ア・ナ・タ♡」

 そして、頬に濃厚な接吻を御見舞いするのであった。


 ヨハンナが上機嫌なのは、大河が使からであった。

 ヨハンナの知る真田大河、という男は、ベスティアの様な人物であった。

 誰よりも血と殺人、そして女を好んでいたのだが、子供が増えるにつれて、丸くなっているのだろうか。

 以前の強硬路線は、少なくなり、代わりに平和路線が多くなった印象だ。

 尤も、ヨハンナが知らないだけで、大河の殺人嗜好症が完治した訳ではない。

 朝顔やヨハンナ等の知らない所で、全権委任法に基づき、手を汚し続けている。

「♡」

 ヨハンナは、大河の右膝を枕にして上機嫌だ。

「兄者♡」

 左膝を枕にしているのは、お江だ。

 あの後、お初とじゃんけん100番勝負で勝って、ここを得た。

 壮絶な戦いだった為、敗北者・お初も疲労困憊な様子で背中に抱き着いている。

「兄上♡」

 肩甲骨辺りに顔を埋め、頬擦り。

 敗北の悲しさを忘れるかの様に、一心不乱に行う。

「ああ。獲られちゃった」

 食事を済ませて来たラナが、渋面で告げた。

「夕食は何だった?」

「刺身よ。サナダも食べたい?」

「うん。じゃあ、持ってくるね」

「いや、アプトに任―――」

「良いから。私にも尽くさせてよ」

 ラナは、笑顔で接吻すると、食堂に戻り、数分後、船盛を持って来た。

「はい。どうぞ♡」

「有難う」

 箸を受け取り、醤油をかけて、食べる。

 船盛が、ラナが持ったままだ。

「「美味しそう♡」」

 ヨハンナ、お江が起き上がった。

 お江は、元々、食べ慣れたものだが、ヨハンナは、生魚を食べる文化圏出身者ではない筈だ。

 然し、抵抗する姿が見えない為、舌も嗜好も日ノ本寄りになったのだろう。

「はい。貴方♡」

 ラナがあ~んする。

 白米が欲しいが、刺身単体でも美味しいので問題無い。

 船上で食べる。

 漁師飯的な雰囲気でもある。

「ラナ、私も良い?」

「聖下、どうぞ」

「有難う♡」

「ラナ様、私も良いですか?」

「お江ちゃんは、食いしん坊だねぇ♡ どうぞ♡」

「有難う御座います!」

 ヨハンナ、お江も船盛を摂り始めた。


 完食後、眠気を感じ、船を漕ぐ。

「……っ! ……っ!」

「兄上、可愛い♡」

 海獺ラッコの様に背中にしがみついていたお初が、笑顔で頭を撫でる。

 お初も又、出逢った当初のツンツン具合は鳴りを潜め、今ではデレ度が強い。

「「「zzz……」」」

 満腹のヨハンナ、ラナ、お江は、寝台に入り、もう寝ている。

 食後、直ぐに寝るのは、健康的には、余り良くない事だが、ここには、口うるさいお市や茶々等が居ない為、鬼の居ぬ間に洗濯だ。

「兄上も寝たら?」

「そうだけど、一応、最高責任者だからな。寝る時間は少なくしたい」

「分かった。応援するよ」

「ちょいと厠に」

 下ろそうとすると、お初は、嫌がり、逆に更にしがみつく。

「おいおい、行けないよ?」

「どうせ、小でしょ? 大なら下りるけど?」

「……分かったよ」

 是が非でも下りない、という強い意志を感じた。

 んぶしたまま、客室を出る。

 そのまま厠に向かう途中、

「……うん?」

 廊下でアプトと会った。

 今の時間帯は、休憩中なので、大河も配慮して呼ぶ事は無い。

 その為、この出会いは偶然なのだが、

「わ、か殿?」

 その顔は、誰が見ても分かる位、青白い。

「如何した?」

 慌てて、駆け寄ると、アプトは、手摺てすりに寄りかかったまま、腰を落とす。

「少し、風邪を……引きました」

 そして、前のめりに倒れる。

「おっと」

 何とか支えた時に気付く。

 アプトの体温の高さと、廊下に出来た乳白色の水溜まりに。

「!」

 お初が驚いて飛び降り、その臭いを嗅ぐ。

「兄上、これって?」

「……」

 大河も嗅いで確認する。

 酸っぱい臭いだ。

「……多分、帯下たいげだ」


 医務室に運び込まれたアプトを橋姫が診る。

「……妊娠ね」

「マジで?」

 大河は、目を剥く。

「喜びなさいよ。馬鹿」

 お初が回し蹴りを行った。

「ぐえ」

 膝の皿が、腹部に直撃し、大河は、うずくまる。

「……祝福には、痛いな」

 何とか呼吸を整えた後、アプトを見た。

「……子供が?」

 アプトは、自分のお腹を擦る。

 余り自覚が無い様だ。

 橋姫が、その背中を撫でる。

 妊娠の超初期症状には、以下の14項目が挙げられている。

 ―――

『①り物(=帯下)の色が変化・増量

 ②少量の出血があった

 ③微熱継続、熱っぽい

 ④強い眠気継続

 ⑤腹痛や下腹部痛、違和感

 ⑥胸の張りを感じて、痛い

 ⑦胃のむかつきや吐き気がある、げっぷ増加

 ⑧浮腫むくみが気になる

 ⑨すぐにイライラする・不安感が強い

 ⑩倦怠感、無気力

 ⑪食欲旺盛、又は食欲減退

 ⑫厠の回数増加

 ⑬目眩めまいや立ち眩み増加

 ⑭予定日を1週間過ぎても生理が来ない』(*1)

 ―――

 アプトは、その多くに該当し、最終的には、橋姫の診断の下、妊娠が判ったのであった。

「若殿、私は……」

「ああ、おめでとう」

「!」

 懐妊に、アプトは、大粒の涙を目尻に溜めるのであった。


[参考文献・出典]

*1:新宿駅前婦人科クリニック HP

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