第592話 君子三楽
アプト懐妊の報せは、直ぐに京都新城に伝えられた。
侍女初の妊娠に、正妻以上に侍女達が喜ぶ。
「侍従長、御懐妊かぁ。凄いな!」
「侍女の中で最も愛されているお方だからね。漸くかぁ」
「次は、順番的になちゅら様か、珠様辺りかな?」
部下達に厳しい反面、御馳走を振舞ったり、結構な頻度で腕時計等の高級品を贈る為、部下達からは、信頼が厚い。
誰もが嫉妬する事は無かった。
報告を受けた朝顔も笑顔だ。
「あぷとがねぇ。産休かぁ」
「まだ初期なのですぐに産休、という訳には―――」
「誾。真田よ? 初期だろうが、妊婦に仕事を回すと思う?」
「……いえ」
「そう言う事よ」
心愛が這い這いして、朝顔の隣に来た。
「心愛、貴女に弟か妹が出来そうよ」
「あー? うー?」
「楽しみだねぇ♡」
心愛を抱っこして、朝顔は将来の子を想う。
帰国後、大河達は、御前で帝に台湾の状況を報告した後、京都新城に入る。
「あぷと、おめでと~!」
誾千代が軽く抱き着く。
感情一杯だが、自制しているのは、赤子に配慮した形だ。
「あ、有難う御座います」
アプトは、朱色に染めつつ、礼を言う。
妊娠発覚後、彼女は、侍従長を休職。
産休に入った。
自動的に珠が、侍従長代理となった。
アプトの妊娠は、遠く蝦夷にも伝わり、祝福ムードである。
唯一、複雑なのが、妊活中の早川殿だ。
「……」
笑顔ではあるものの、それは取り繕ったもので、内心では焦っていた。
台湾で約1か月間、大河の寵愛を受け続けたものの、妊娠の兆候は現時点で無く、更に、アプトの妊娠により、彼の関心は、彼女に移った可能性が高くなった。
「……」
自分の不甲斐無さに涙が出そうになった時、
「アプト、身重なんだからしっかり休むんだぞ?」
「はい♡」
アプトに接吻した後、大河が、早川殿の手を握る。
「!」
「アプトの次は、春だ。気長に頑張ろう?」
その握力は強く言外に「忘れていないよ」という無言のメッセージが伝わった。
「……はい♡」
早川殿は、アプトを気にせず、ぎゅっと大河に抱き着く。
正妻よりも側室が早めに妊娠した手前、アプトも居心地が悪い。
自分が済んだ分、大河には、他の女性を愛して欲しい、と考えていた。
「若殿、私は、御寵愛を受けました。次は、阿国様、幸様、松様、春様、可い様等を御優先して下さい」
「分かってるよ。有難う」
やり逃げ感が否めないが、アプトが納得している以上、何も問題無い。
お市が視線で告げた。
アプトの事は任せて、と。
流石、三姉妹と心愛を産んだ経産婦である。
未体験で不安で溜まらないアプトとは、対照的にどっしりと構えている。
これだと、5人目も動じないかもしれない。
「済まんな」
アプトの額に接吻し、そのお腹に優しく触れる。
モデル体型であるが、徐々に大きくなっていく筈だ。
「名前は、如何しましょう?」
「そこは追々な。今直ぐに決める様な事では無い」
「……はい♡」
心愛以来の子供であり、冷静沈着な大河だが、温かさは伝わってくる。
(若殿の……子供)
再認識し、アプトは、微笑むのであった。
報告会後、大河は景勝と会い、権力移行の署名を行う。
口頭でのやり取りの方が便利なのだが、明文化されている方が分かり易い。
その為、必要な手続きであった。
「不在の間、問題無かった?」
「……」
―――
「おお、上出来だ」
大河が首肯すると、景勝は、珍しく微笑を浮かべる。
尊敬する義父に褒められたら、無表情な彼でも流石に表情は崩れるのだ。
「……?」
―――ああ、義父上。累に会いましたか?
「累? いや、まだだが?」
「……」
―――でしたら、
「分かった。珠。累を」
「は」
アプトが産休の間、その穴を埋めるべく仕事量が増えている。
その分、期待されている証拠であり、更には、大河とも一緒に居れる為、一石二鳥とも言えるだろう。
無論、ホワイト企業なので、休みたい時に休める長所もある為、それも含めれば一石三鳥であるが。
退室した珠は、累を抱っこして戻って来た。
「! ちちうえ~!」
暴れて、珠の胸から大ジャンプ。
大河の胸に飛び込む。
「おいおい、元気だな?」
「うん! あいたかった!」
「そうかぁ。ありがとうなぁ~♡」
実父の帰還を聞き付けたデイビッド、猿夜叉丸、元康も這い這いでやって来た。
「おお、皆も。有難うな?」
「だ!」
「ち、ち! ち、ち!」
「えへ~」
3人も抱っこし、大河は、1人ずつ、その頭を撫でる。
仕事中に育児をするのは、場合によっては非難されるだろう。
然し、大河は、肯定派だ。
アイスランドで女性議員が国会で授乳しながら登壇し、質疑応答した事例(*1)やニュージーランドの男性国会議長が、議員の乳児を哺乳瓶で授乳し、議事を采配した事例(*2)もある様に、21世紀では、珍しくない事である。
大河の生きる16世紀では、否定派が多いが、外野の声を無視し、子供とも全力で向き合う。
子供用の椅子を持ってきて、4人を座らせた。
心愛とも接したい所ではあるものの、お市が許してくれない為、今はまだこの4人だけだ。
いずれ心愛も揃えば、大河の願いが叶うのは言う迄も無い。
景勝も慣れた様子で、ワイワイガヤガヤの
「……」
―――次に、各隊の撤兵時期なのですが。
(ちちうえは、やっぱりかっこいいなぁ♡)
仕事中の父の姿に累は、惚れ惚れだ。
大河は、景勝と引継ぎしつつ、時折、子供達の頭を撫でたり、御菓子を食べさせたりと忙しない。
帰国後、休む間もなく引継ぎで、更には、育児も行うのだから、その多忙さは想像を絶する事だ。
急な出張で家族との挨拶も、殆どままならぬまま、出国した為、累は当初、戸惑い、その後、殆ど食事も喉を通らぬ程、ショックを受けた。
仕事が一段落ついた頃、
「景勝、珠。休め」
「……」
―――は。
「は」
大河は2人に休みを与えた後、子供達と向き合った。
「! あーあ」
苦笑いで子供達が床に落とした御菓子を拾い、ごみ箱に入れる。
代表して累が謝った。
「ごめん、ちちうえ」
「次から気を付けような?」
褒めて伸ばすのが、大河の教育方針だ。
無論、叱る役目は、妻達である。
「うん……」
姉の謝罪が効いたのか、弟達も反省する。
「ご、めん」
「ごめんなさい」
「ごめん」
「皆、偉いなぁ♡」
親馬鹿が炸裂し、大河は、4人の為に高級なクッキーを献上。
その後、栄養過多により栄養士から、こっ酷く叱られる近衛大将であった。
[参考文献・出典]
*1:エキサイト・ニュース 2016年10月21日
*2:CNN 2019年8月22日
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