第589話 霧社ノ宴

 平和交渉は固い話でもある為、民間の交流も行われる。

 ヨハンナやラナには、沢山の子供達が集まった。

「おくさんなの~?」

「けっこんしているの~?」

「ゆびわ~?」

 子供達は、村落に来る初めての黄色人種以外の人種に興味津々であるが。

 その中でも注目したのが、大河との関係性だ。

「そうよ。結婚しているのよ」

「これは結婚指輪だよ」

「「「ほぉ~♡」」」

 男の子も女の子も歓声を上げた。

 日本人がもたらした指輪は、聞いてはいたが、見るのは初めてだ。

 

「梅綺麗だねぇ~」

「そうだねぇ~」

 入村にゅうそんが許されたお初、お江は、梅を鑑賞していた。

「アナタ、オマエ、ナマエ、ハ?」

「摩阿。こっちは豪」

「よろしく~♡」

 摩阿姫、豪姫は、同じ位の子供達と交流中。

 子供達は、たどたどしい日本語だが、姉妹は笑顔で応じている。

 伊万、与祢に至っては、おませな男児から、ナンパされていた。

「キミタチ、キレイ」

「有難う」

「どういたしまして」

「アノジョセイノ、侍女ジジョ?」

「違います。あの殿方の侍女です」

「同じく」

「!」

 自分と同じ位の女児が男性の侍女な事実に、男児は、衝撃を受けた。

 2人は、作り笑顔であらゆる誘いをかわしていく。

 大河は、侍女兼用心棒達と村落を見て回っていた。

 信頼を得て武器の携帯を許可されたが、監視員は付いている。

 怪しい動きを見せたら、監視員が首を狩る事になっているが、現時点では、大河と賽德克族の間では、非常に友好的な関係だ。

 監視や首狩りも形式的なものとなっている。

 賽德克族には、成人したら顔に刺青を入れる、という文化があるのだが、徐々に先進的な文化や思想が入って来ると、多くの若者は新文化に傾倒し、苦痛を伴う刺青には忌避する様になり、その文化は廃れつつあった。

「日本人は、刺青入れないのか?」

「犯罪者に施しますから。自分から入れる人は、『犯罪者です』って言い張っているものですから、相当な変わり者以外、入れませんね」

 現代日本人でも社会的には、刺青は、忌避される傾向がある。

 企業や公務員でも、その類の質問がある程だ。

「日本人が我々を怖がる理由が分かった。それが原因か」

「そうでしょうね。ただ、賽德克族の場合は、それが文化である為、否定はしません」

「そういってくれると有難い」

 村落には、嘗て、西洋人の宣教師が来たが、キリスト教を押し付けた挙句、首狩りや刺青の文化を否定し、更に蔑視した事から、村民の怒りを買い、狩られた。

 それと比べると、大河の対応は、有難い事だ。

 若者の中に親日派が出て来るのも当然の事だろう。

「新政府は、我々を許してくれるだろうか?」

「分かりませんね。ただ、名案が御座います」

「ん?」

「―――」

 大河の出した起死回生の一手に莫那は、目を見開いた。

「……出来るのか?」

「成立間もない新政府です。飲むしかないでしょう」

 にやりと嗤う大河。

(……軍師も出来るのか? こいつは)

 莫那の中で大河を認めると同時に恐怖心が増幅されていった。


 後日、大河から新政府宛てに手紙が届いた。

 そして、新政府は、躊躇いも無くその提案を飲み込む。

 大河が提示したのは、

・原住民の地域に自治区を設置する事

・新政府は、仲介者の布哇ハワイ王国、和地関バチカンと国交を結ぶ事

 というものであった。

 こうも新政府が素早い反応を見せたのは、台湾共和国の外交関係が日ノ本のみである事が原因であった。

 日ノ本の強い影響力を持つ台湾共和国は、「事実上の日ノ本の傀儡国家」と認識されている。

 トルコの後ろ盾を得て独立国となり、国家として承認しているのが、そのトルコのみ、という北キプロス・トルコ共和国(1983年成立)がその例に近いだろう。

 無論、仲介者は、日ノ本なのだが、大河は、一緒に来たヨハンナとラナの立場を利用し、両国に花を持たせた。

 台湾共和国と外交関係を樹立したい両国は、その案に乗った訳である。

 台湾共和国 →1、平和的に解決したい。

        2、国家承認を増やしたい。

 賽德克族  →自治権獲得。

 布哇、和地関→台湾を国家承認。

 一石三鳥とは、まさにこの事だろうか。

 大河の根回しにより、急速に新政府と賽德克族との間で雪解けが行われる。

 新政府軍が撤退を開始した日の夜、村落でも武装解除が行われ、酒宴が開かれていた。

 万和5(1580)年10月7日の事である。

 莫那は、大河達に酒を勧めた。

「ささ、どうぞ」

「有難う御座います」

 原住民にとって相手に酒を勧めるのは、最大限の敬意である。

 これを拒否した場合、最大限の侮辱となり、衝突し易い。

 霧社事件の発端も、酒が原因であった。

 酒嫌いの大河だが、1口飲んだ。

 莫那も、大河が体質的に酒を受け入れ難いのは知っている為、それ程強くないのを用意し、量も1杯程度しか用意していない。

 御互いが配慮している形だ。

「若し、次、御不満等御座いましたら、新政府にお問い合わせ下さい。自分に出来るのは、ここ迄ですので」

「分かった」

 莫那は、慣れない正座を行い、誠意を示す。

「真田さん、貴方の今回の御支援は、非常に有難い事です。その返礼として、貴国の首都と姉妹都市を結びたい」

「良い考えですね。都知事に相談してみます」

 その時、近くに女の子が、大河の背中を突いた。

「ん?」

「オマエ、コドモ、イル?」

「うん。居るよ」

「アゲル」

 女の子が差し出したのは、タピオカジュースの作り方が書かれたレシピであった。

 外国人と接する事が多くなった為、台湾では、タピオカティーは、重要な観光資源である共に輸出品でもある。

 京都新城でも女性陣や侍女が作る事があるので、今更、レシピは必要無いのだが、拒否するのは、外交儀礼に反し、折角の友好関係が水泡に帰す。

 そういう大人の事情もあって、大河は、笑顔で受け取る。

「有難う」

 和やかな雰囲気の中、酒宴は進むのであった。


 酒宴後、大河は、村落の外にある仮設テントに顔を出した。

「お待たせ。皆」

「遅いです」

 早川殿が抱き着き、続いて他の4人も取り囲む。

 早川殿達は、村落に入れず、仮設テント内で数日間、待機を余儀なくされたのだ。

「済まんな。終わったよ」

「御疲れ様です」

 数日分の別れの時間を取り戻した早川殿は、必死に接吻する。

 そのまま押し倒され、大河は、しこたま地面に頭を打った。

(こりゃあ、たんこぶものだな)

 テントの外に視線を送ると、人影が動いた。

 アプトが救急箱を用意しに行ったのだろう。

 流石に覗いてはないだろうが、雰囲気で大河が負傷した事は見抜いた筈だ。

 大河は、早川殿に身を委ね、目を閉じた。

 

 1刻(現・2時間)後、大河は、テントから出て来た。

「御疲れ様です」

 アプトが寄ってきて、後頭部をる。

 その際、テント内部の確認も忘れない。

 中では、5人が折り重なる様に倒れていた。

 皆、幸せそうな笑顔である。

「……5人を一度に?」

「駄目だったか?」

「いえ。春様だけかと」

「平等だよ」

 後頭部に冷却シートを貼ったアプトは、大河の手を握る。

「うん?」

「奥方様が終わったのです。お願い出来ますか?」

「……分かったよ」

 2人は、満月の下、接吻し、そして、テントに入るのであった。

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