第588話 先住民族乃権利

 平成19(2007)年12月13日。

 ニューヨークの国連本部にて、UNDRIP先住民族の権利に関する国際連合宣言が成立した。

 ―――

『第1条

 先住民族は、集団又は個人として、国際連合憲章、世界人権宣言及び国際人権法において認められる全ての人権及び基本的自由を十分に享有する権利を有する。


 第2条

 先住民族及び先住民である個人は、自由であり、且つ、他の全ての民族及び個人と平等であって、その権利の行使に当たり、如何なる差別、特に先住民としての出自又は自己同一性アイデンティティに基づく差別を受けない権利を有する。


 第3条

 先住民族は、自決の権利を有する。

 この権利に基づき、先住民族は、その政治的地位を自由に決定し、並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する。


(略)


 第5条

 先住民族は、希望する時には、国の政治的、経済的、社会的及び文化的生活に十分に参加する権利を保持しつつ、独自の政治的、法的、経済的、社会的及び文化的制度を維持し、及び強化する権利を有する。


 第6条

 先住民である全ての個人は、国籍に対する権利を有する。

 

 第7条

 1、

 先住民である個人は、生命、身体的及び精神的健全性、身体の自由及び安全に対する権利を有する。

 2、

 先住民族は、独自の民族として自由、平和及び安全に生活する集団的権利を保有し、且つ、その集団の子供を他の集団に強制的に移動させる事を含む、如何なる集団殺害行為又はその他の如何なる暴力行為も受けない。


 第8条

 1、

 先住民族及び先住民である個人は、強制的に同化させられ、又はその文化を破壊さ

れない権利を有する。

 2、

 国は、次の行為の防止及び救済の為の効果的な措置を講じなければならない。

(a)

 独自の民族としての一体性又はその文化的価値若しくは民族的自己同一性

を奪う目的又は効果を有するあらゆる行為。

(b)

 先住民族の土地、領域又は資源を剥奪する目的又は効果を有するあらゆる行為。

(c)

 先住民族の権利を侵害し、又は損なう目的又は効果を有するあらゆる形態の強制

的な人口移動。

(d)

 あらゆる形態の強制的な同化又は統合。

(e)

 先住民族に対する人種的又は民族的差別の助長又は扇動を意図するあらゆる形態

の宣伝。


 第9条

 先住民族及び先住民である個人は、関係する共同体又は民族の伝統及び慣習に従って、先住民の共同体又は民族に所属する権利を有する。

 この権利の行使から、如何なる差別も生ずる事は無い。

 ……』(*1)

 ―――

 これには、法的拘束力が無いのだが、日本を含めた143か国が賛成票を投じた。

 その他は、以下の通り(*2)。

・反対 4か国 (豪、ニュージーランド、加、米)

・棄権 11か国(露、ウクライナ、ジョージア等)

・欠席 34か国

 反対の4か国は、歴史的に先住民族を弾圧した国家であり、オーストラリアとカナダは、其々、

「全豪での立法処置を必要とするものであり、現代世界の法律実務では受け入れられないものを祭れない」(*2)

「当該決議は、土地、資源に関しての権利について、先住民族とその他の人々との調和を図らなければいけない加の立場を理解していない」(*3)

 との理由を明らかにした。

 アメリカも2か国と同じ様な理由と共に宣言に先住民族の定義が無い事から慎重な立場を採った上での反対票(*4)であったが、大統領が変わると一転、2010年末に宣言に調印する事を発表した。

 国の事情によっては、賛成、反対になるのは、致し方ないだろうが、先住民族の立場からすると、自分達の権利が現時点では、法的拘束力が無いものの、国家に認められる状態なので、非常に嬉しいだろう。

 アメリカの560以上(*5)もの先住民族の多くは、アメリカ政府の方針転換を歓迎する立場を示した(*6)。


 大河は、極力、この宣言に沿った方針を採っていたであったが、それは、こちら側の都合であって、賽德克セデック族の様な、伝統文化を重んじる先住民族の立場を考慮していなかった。

「……莫那モーナ殿」

「!」

 大河は、正座して頭を下げた。

 莫那も流石にその動作の意味は分かっている。

「有難迷惑でしたな。申し訳御座いません」

「い、いや。謝罪を求めている訳ではないんだ」

 まさかの事に莫那は、慌てた。

「こちらとしては、権利を守る事さえすれば、良いんだ」

 莫那がこうなるのは、親族の中にも親日派が居る為である。

 万が一、武力衝突ともなれば、身内同士での殺し合いにもなりかねない。

 家族を大事にする賽德克族としては、それは避けたかった。

「有難う御座います」

 正座したまま大河は微笑む。

(ううむ。思った以上に理解ある人物で困ったぞ。情がわきそうだ)

 莫那は、ちらっと外を見た。

 話し合いを覗き込む兵士や村人達。

 ここでも日本語教育がある為、大河の話す内容や動作は、少なくともある程度は、伝わっているだろう。

 3歳児に対する態度や、こちら側の文化を尊重する辺り、非常に親近感を覚え、現時点で、賽德克族の間には、憎悪の感情は無い。

「では、どうしようか?」

 答えに窮した大河は、隣のヨハンナの手を握った。

「ん? 妻なのか?」

「そうですよ。サンアイイソバ以外は、妻です」

「なんと……」

 多妻なのは、有名なのだが、まさか外国人も娶っていたとは予想外だ。

「あくまでも自分は、仲介者なので確約は出来ませんが、新政府に提案を出す事が出来ます」

「提案?」

「はい。貴方方あなたがたや希望する原住民に対し、自治権を付与するのです。そうすれば、独自の風習を維持出来るのではないでしょうか?」

「自治権?」

「はい。我が国の一部ではありますが、阿拉斯加アラスカが良い例です」

阿拉斯加アラスカ?」

「はい。そこでは、自治を導入していますよ」

「……先住民族の反応は?」

「概ね好評ですよ。将来的には、彼等次第では独立もあるでしょうが」

「! 独立を許すのか?」

「ええ。但し、その時は、日ノ本は撤退しますし、国力が落ちた時、再び保護を求めても無視しますが」

「……」

 遠回しに「独立しても良いが、その後は自業自得」と言っているのだ。

 然し、大河の言い分は、的を得ているものでもある。

 現実に、欧米列強の支配を受けた旧植民地の国々は、独立後、殆どが政治的な混乱が起き、長期的な内戦や、度重なる政権交代が見受けられる。

 日ノ本は、独立後の問題に迄、尻を拭く事はしない。

「……我々が独立をしても、同じ様な考えか?」

「それは、新政府と貴方方次第です。仮定の話は、答え難いのですが、万が一、その時、我が国は、在台日本人の救出に徹すでしょうね」

「……」

 内戦になっても日ノ本は知らない。

 遠まわしな答えに、莫那は、納得した。

(こいつは……個人間では温かみがあるが、国家間だと、冷酷な現実主義者になるな)

 

[参考文献・出典]

*1:北海道大学アイヌ・先住民研究センター  Ver. 2.2 2008年8月 一部改定

*2:BBC 2007年9月13日

*3:Indian and Northern Affairs Canada

*4:United States Mission to the United Nations press release 2007年9月13日

*5:List of tribes in the United States

*6:ワシントンポスト 2010年12月16日

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