第562話 刺身ノ日

・誾千代

・松姫

・鶫

 を呼吸するかの如く、抱いた大河は、翌日、ホクホク顔だ。

 3人以上に艶々な肌は、元々、童顔なのが合わさって、20代なのに、10代前半にしか見えない。

 これには、一心同体の橋姫も驚愕以外無い。

「狡くない? 貴方の体質?」

「本当本当」

 夜這いに来て返り討ちに遭った楠も同意する。

「そんなん言われてもなぁ……」

 朝食の味噌汁を啜る大河は、苦笑いだ。

 昨晩、乱れに乱れた3人は、後方の布団で熟睡中である。

 それで大河は起きているのだから、短眠者ショートスリーパーなのかもしれない。

 或いは睡眠<性欲、か。

 兎にも角にも、大河は、殆ど眠れないまま、朝を迎えていた。

「にぃにぃ、朝から上機嫌だね?」

 一緒に朝食を摂る豪姫は、首を傾げる。

「なにかい~ことあった?」

「う~ん……朝の瓦版で誕生日占いがあってね。それでよかったんだよ」

「あはははは! にぃにぃ、こども!」

 大声で豪姫は、笑う。

 年齢的には、彼女の方が子供なのだが、上機嫌の基準が低すぎるのは、確かに子供っぽい事は否めない。

「んしょんしょ」

「ん。ん」

 与免と累が同時に膝に乗って来た。

 そして、そのまま大河の食事を横取り。

 朝食の1番の主役であろう、卵焼きを手掴みし、食べていく。

「あー……」

 楽しみを最後に残しておいた大河の呟きだ。

「……なんで?」

 先程までの上機嫌は一転、今にも泣き出しそうな顔で問う。

「「はい♡」

 2人は、反応を予期していたようで、自分の卵焼きを差し出した。

 既に半分以上無い、食べかけのものを。

「……?」

「「おちゅーげん♡」」

 大河が朝廷や家臣団に沢山のお中元を贈っているのを見ての真似だろう。

 食べ残しの卵焼きがお中元なのは、流石に多くの大人は、激怒してもおかしくはない。

 それでも、子煩悩で愛妻家な大河は、動じない。

「……うん。受け取るよ」

 苦笑いでそれを食べると、間接接吻が成功した2人は、パッと頬を朱色に染め上げるのであった。


 万和5(1580)年の今日、8月15日は、現代で言えば、終戦記念日であり、日本中が追悼行事や記念式典で忙しい日だが、異世界・日ノ本では、全く別の日であった。

 ―――『刺身ノ日』。

 誰が言い始めたのかは、分からないが、8月15日は、そんな記念日が制定されていた。

 由来は、室町時代の官吏・中原康富(1400~1457)の日記『康富記』に於いて、

『鯛なら鯛とわかるやうにその魚のひれを刺しておくので刺し身、つまり“さしみなます”の名の起こり』(文安5=1448年8月15日)

 と書かれ、これが文献に登場する刺身に関する初めての記録となった(*1)。

 この事から、現代、8月15日はその様に言われるようになったのである。

 日ノ本でも、日ノ本刺身協会なる組織が、この記録から正式にこの日を記念日に制定し、この日は、「1年で最も刺身が食される日」となるように盛り上げている。

 この為、日ノ本各地では、刺身一色だ。

 京都新城にも御用商人が、京阪各地から集う。

 現在の京都府内からは、

[現・舞鶴市] 9港

・舞鶴

・水ヶ浦

成生なりゅう

・瀬崎

・西大浦

・神崎

・田井

・野原

・竜宮浜

[現・宮津市] 6港

・由良

・島陰

・田井

・溝尻

・栗田

・養老

[現・与謝郡伊根町] 5港

・泊

・伊根

・新井

・浦島

・本庄

[現・京丹後市] 13港

・袖志

・竹野

・小間

・砂方

・三津

・遊

・磯

・中浜

・浜詰

・蒲井

・旭

・間人

・浅茂川

 以上、33港。

 現在の大阪府内からは、

[現・堺市] 2港

・出島

・石津

[現・高石市] 1港

・高石

[現・泉南郡] 4港

・田尻(現・田尻町)

・淡輪(現・岬町)

・深日

・小島

[現・泉南市] 2港

・岡田

・樽井

[現・阪南市] 2港

・西鳥取

・下荘

[現・岸和田市] 1港

・岸和田

[現・泉佐野市] 1港

・佐野

 以上、13港。

 京阪合わせて46もの港からの魚が水揚げされ、冷凍された状態で、城内に運び込まれていく。

 1tくらいもの魚は、言わずもがな山城真田家一門では、消費出来ない量の為、余分は、家臣団や都民に寄付される為、食品ロスには、ならない。

 居並ぶ魚群を前に、朝顔のテンションは高い。

「この鮪、良さそうね? 陛下に献上しても良い?」

「良いよ。じゃあ、俺も陛下に1匹、献上しようかな」

「お中元?」

「そうだよ。後、近衛殿、義理の両親にも贈るよ」

 公務に支障が来たす恐れがある為、帝は刺身を食べることが少ない(*2)。

 昭和天皇は、鰻を好み、それ以外の魚では、鰯、鯖、秋刀魚等の大衆魚も気に入っていたという(*2)。

大衆魚に関しては、本来、皇室の食卓には上らなかったのだが、戦時中、物資不足に陥り、更に昭和天皇が闇市からの購入を禁じた為、止む無く大衆魚が献立の常連になった所、思いの外、昭和天皇が気に入ったのだ(*2)。

 昭和62(1987)年10月3日、昼食に出された鮃のムニエルに全く食欲を示さなかった(*2)。

 食欲不振なのは、十二指腸部の腺癌の手術明けだったこともあったのだろうが、困った医師団が食べたいものを尋ねた所、昭和天皇は「鰯と秋刀魚」とお答えになったという(*2)。

 御用商人が厳選した物である為、流石にあたる事は少ないだろう。

「「「「「……」」」」」

 伊万と前田家三姉妹が興味津々に魚を見ている。

 与祢も大河に付き従いつつ、魚に夢中だ。

「……与祢?」

「は、はい?」

「御両親にも贈るの選んどき」

「! 良いんですか?」

「義父母になるからね。高級魚でも良いぞ?」

「……では、御言葉に甘えさせて頂きます」

「応」

 与祢は大河から離脱し、選定作業に入る。

 市場に出れば、1匹、現代の価値に換算すると、何百万円ものする高級魚が目の前にあるのだ。

 仕事が疎かになるのも無理は無い。

 珠やナチュラに至っては、大河に命じられるよりも早く、離脱していた。

 現在、彼に付き従っているのは、アプトと鶫の2人だけである。

「2人も選んだらいいのに?」

「ここが家ですから♡」

「家族は、若殿ですから♡」

 2人は左右から大河の手を握る。

「若殿がお食べになるものの余り物で良いですよ」

「私も食べ残しでも構いません」

 サイコな一面を見せる2人に対し、大河は、若干の恐怖を覚えた。

「……食べ残しを食わせる趣味は無いし、2人には、普段通りの食事で良いよ」

 食品ロスにはなるだろうが、その様な関係性だと、いずれは破綻するだろう。

 2人の腰に手を回し、大河は、ソファに座った。

 2人も同時に座る。

「貴方は選ばないの?」

 魚を沢山、抱えた楠が、通りかかる。

「誾達が選んでいるから俺の出る幕は無いよ」

 顎で示す先には、誾千代、お市、謙信等が魚を吟味していた。

「無欲だね?」

 クーラーボックスに魚を入れると、楠は、大河の膝に飛びのる。

「もう買わない?」

「うん」

「薩摩には贈る?」

「うん。上様に直接ね」

「そりゃあ良かった」

 大河は、楠の頭上に顎を置き、抱き締める。

「痛いんだけど?」

「知らん」

 それからバックハグされ、楠の耳は赤くなっていく。

 そして耳朶に触れると、

「ひゃ♡」

 可愛く反応した。

「今晩のは、楠に決まりだな―――ぐは!」

 言い終わった直後、大河の後頭部にかかと落としが決められる。

 犯人は、デイビッドを抱っこしたエリーゼであった。

 その表情は、笑顔で殺気に満ち満ちていた。

「楠、今後、ああいう発言した時は、問答無用で攻撃していいからね?」

「……はい」

 震える楠。

 その背後に倒れている大河を鶫とアプトが治療を始めるのであった。


 エリーゼが蹴ったのは、大河が楠を女体盛りにさせようとする可能性があったからだ。

 ―――

【女体盛り】

 裸体や水着等を着用した女性の身体を器と見立て、刺身等食品を盛り付けて客へ供する宴席の饗宴である(*3)。

 ―――

 これは、石川県にある加賀温泉郷の山中温泉が創始者とされている(*4)。

 これが客に受け、以後、日本全国に広まった、とされている。

 大河は公言はしないが、女体盛りは、好んでいる方で、時々、小太郎やアプトにさせ、楽しんでいるのだ。

 当初、鶫も参加予定だったが、鶫自身が自分の皮膚病を気にし、辞退した為、彼女のみ未経験だ。

 女体盛りに遭うのは側室や愛人で、正妻は1人も居ない。

 メンバーの選考者である大河が、正妻に気を遣っていることが分かるだろう。

 エリーゼの予想通り、女体盛りを狙っていた大河だったが、彼女の飛び蹴りにより、何とか山城真田家の平和は保たれた。

「私が、代わりにしましょうか?」

「アプト、気持ちは分かるけれど、これ以上、この馬鹿を変態にさせちゃ駄目よ」

 大河を羽交い絞めにしつつ、エリーゼは忠告した。

 ただでさえ性豪な大河が、女体盛りをさせたら、万が一、世間に露呈した場合、大醜聞になりかねない。

 朝廷の権威は失墜し、布哇王国も怒るだろう。

 エリーゼの飛び蹴りは、まさに日ノ本を救うものであった。

「この馬鹿をちょっと指導するから、デイビッドを頼むわ」

「は、はい」

 デイビッドを手渡されたアプトは、困惑しつつも見送る。

 エリーゼに引きずられていく城主のその様は、誰が近衛大将と思うだろうか。

「あ、エリーゼ様。私も参加しますね」

「私もです」

 千姫、稲姫も加わった。

 3人は、大河を『指導室』に連れて行く。

 扉が閉められた直後、大河の阿鼻叫喚な叫び声が轟くのであった。


 数時間後、ごみのように大河が掃き出される様に部屋から出て来た。

「……」

 その目は、遠く、体中、痣だらけ。

 一張羅の黒服もズタボロで、見る影も無い。

「全く世話のやける」

 夫のその姿に誾千代は頭を掻くと、回収に向かった。

「! 誾~♡」

 目が合った大河は、まるで子供の様に誾千代に抱き着いた。

 相当、酷い目に遭った様で、涙目である。

「……大丈夫?」

「全然」

「……」

 涙目で応えられると、何故か誾千代も泣きそうになった。

 大河を抱き締めると、あろうことか、そのまま抱っこする。

「皆、楽しんでて」

「にぃにぃ、おけが?」

「そうよ。ちょっと癒す必要があるから」

 豪姫の頭を撫でつつ、誾千代はお市と謙信に目配せ。

 2人は、同時に首肯した。

 分かったわ、と。

 山城真田家内の序列は、

 ①大河(家長兼城主)

 ②誾千代(事実上の正妻)

 ③謙信(正妻の補佐兼正妻)、お市(同左」)

 の様な関係性が出来ていた。

 家訓等に示されていない為、不文律アンスポークン・ルールと言えるだろう。

 管理権が一時的に謙信とお市に譲渡された為、2人は、早速、家長代理として振舞う。

「さぁ、皆。お中元用と自分用、すぐに選ぶのよ」

「業者を送らせて、腐らしちゃ駄目よ~」

 謙信が『厳』なら、お市は『優』といった感じか。

 均衡バランスの良い指導に誰も不快を示す事は無い。

「「「は~い」」」

 幼稚園児の様に素直に返事をする女性陣と子供達であった。


[参考文献・出典]

 *1:雑学ネタ帳 HP

 *2:デイリー新潮 2016年1月7日

 *3:ウィキペディア

 *4:日刊サイゾー 2013年6月15日

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