第549話 民主主義
朝倉義景の辞世の句は、以下の二つが残されている。
―――
①『
……『混乱の甚だしい40年であったけれど、結局は自他の区別も無く、この世は空なのだ』(*1)
②『かねて身の かかるべしとも 思はずば 今の命の 惜しくもあるらむ』
……「
―――
両極端な内容であるが、前者は知性を。
後者は、人間味溢れるもので、どちらかというと、後者の方が人気かもしれない。
「……」
平泉寺にて、愛王丸は、その二つの掛け軸を前に正座していた。
その容貌は、眉目秀麗でどちらかを、義景より道景似と言った所だろうか。
戦国武将の子供なのに、荒々しさが無いのは、義景の酒池肉林さが原因である。
―――
『此女房(小少将)紅顔翠戴人の目を迷すのみに非ず、巧言令色人心を悦ばしめしかば、義景寵愛斜ならず。(略)
昼夜宴をなし、横笛、太鼓、舞を業とし永夜を短しとす。秦の始皇、唐の玄宗の驕りもこれに過ぎず』
―――
と『朝倉始末記』にて、こっ酷く酷評されている様に、義景は、戦国時代にも関わらず、政務を疎かにし、小少将を選んだ。
又、長男・
この過程は、現代日本人でも分からない話ではないだろう。
長男(或いは、長女)が早逝した場合、その分、次男(或いは、次女)を溺愛する家庭は、居る筈だ。
この点は、責められない。
然し、当時は、戦国時代。
そして、あの様な最期である。
死亡率が平和な現代と比べて、遥かに高い戦国時代では、よくある話で愛王丸も、その辺については、幼いながらも理解はしていた。
今庄で斬られた者は影武者であった。
当時、僅か3歳。
信長の密命を受けた護送役の丹羽長秀が、憐れんで斬る事が出来ず、結局、背格好が似た浮浪児が用意され、彼が犠牲になった、という訳である。
浮浪児には可哀想な事だが、戦乱で家族を失った子供は、生きていくには、厳しい世界だ。
中には、生きる為に山賊に成り下がる者も居る。
自分の為に犠牲になった彼を見て、愛王丸は、僧侶の道を志し、支援者であった僧兵の下に身を寄せ、僧侶の見習いとなった。
父親と身代わりを弔う為に。
そして、浮浪児を減らす為に。
「……父上」
肖像画に静かに語りかける。
「母上に会いとう御座います。ですが、会ったら、私は、もう僧侶には戻れないかもしれません。母上の孝行息子にもなりたいので」
『……』
肖像画は答えない。
それでも、愛王丸は、続ける。
「私は、どうすればいいでしょうか? 父上、今晩、夢枕でも良いので、御助言下されば大変助かります。どうか宜しくお願いします」
そして、深々と、45~90度、御辞宜するのであった。
霊応山平泉寺は、慶応4/明治元(1868)年の神仏分離令以降は、神社となった為、現代とは宗教が異なる。
その大僧正・天空は、濁った目で、
「……」
彼の正体は、
元亀3(1572)年、織田方に裏切り、翌年、一条谷合戦の際、織田軍の越前侵攻の案内役を務めた。
裏切った理由は、
・義景の鷹狩りの際に遅参し、下馬せずに前を通った事で勘当された事を恨んだ為(*3)
・自身の嫡男より織田方への内通の訴えがあり、義景の怒りを買った為(*3)
等、諸説あるが、真相は、今尚、判っていない。
少なからず、2人の間には、修復出来ない程の諍いが起きた、という事のみ分かる。
(……小少将様が、真田に嫁いだのは、望外の喜びだったな)
大河の人妻好きは、誾千代、お市が証明している。
然し、小少将まで嫁ぐとは思いもしなかった。
(……越前を我が物に)
三つ盛木瓜は、言わずもがな朝倉氏の家紋だ。
その朝倉氏が、一乗谷で滅んでから、長俊は、朝倉氏乗っ取りを密かに計画していた。
その為の駒が愛王丸なのだ。
幸い、保護した時、愛王丸は幼く、更に父親を亡くした時のショックで記憶で曖昧になっている。
そこを付け込み、利用しているのであった。
同一人物かどうかは、遺伝子検査で判明する。
検査には、数週間かかり、患者に結果が届くまでは、一般的には1か月程要す(*4)。
然し、ここは、異世界・日ノ本。
そんな検査は、橋姫が居るから簡単に結果が分かる。
透視で愛王丸を
「……同一人物よ」
「! 本当ですか?」
結果発表に、小少将は、安堵する。
そして、大粒の涙を流す。
死に別れた愛息と7年振りの再会だ。
今すぐにでも会いに行って抱き締めたい所である。
「真田様、今すぐ越前に―――」
「それは難しいな」
「え……」
笑顔が一転、真顔になる。
「安定しているとはいえ、一向一揆の勢力が残っている。治安への懸念から越境は、許可し辛い」
「う……」
山城国の検問所は、首都を守る観点から、元々、厳戒態勢だ。
越境者は、厳しい身体検査と身分照会がされている。
大河自ら行けば、大量の兵士も越境する為、その問題は解消されるのだが、朝顔の夫である以上、無暗に都を離れる事は出来ない。
「では、私が―――」
「新婚の妻をそんな危険地帯に行かす夫が何処に居る?」
「う……」
選択肢を一つずつ潰され、小少将は、悶える。
越境すれば、愛息に会えるのだ。
然し、夫の言い分も分からないではない。
「で、では、息子に会えないんですか?」
何も悪く無い夫に八つ当たりの様に、強い口調で尋ねた。
「いいや。使者を送って、来る様に要請した」
「!」
「息子は、調べたら研修中の身らしいから。寺との調整も必要だ。絶対に来れるとは限らん」
僧侶というのは、基本的に休みが無い。
お勤めに修行等、忙しいのだ。
又、寺が年中無休なので、その管理の為にも長期的に寺を空ける事は難しい。
現実問題、小少将と愛王丸の仲を遠くする要素が多過ぎる。
それでも、母子の仲をこの程度で引き裂く事は出来ない。
「……保証は出来んが、善処はする。それが俺の回答だ」
「……は」
無策よりもマシだが、力が無い小少将には、従う他無かった。
愛王丸発見の報せは、織田家を刺激した。
「……まさか生きていたとは」
信孝は、国営紙を放り出した。
状況は、非常に不味い。
朝倉義景の遺児であり、今年で10歳。
現在は、僧侶らしいが、源頼朝の例がある。
決して油断ならない存在だ。
「父上。刺客を送りましょうか?」
「いや、不味い」
信長は、首を振った。
安易な考えを述べる息子を諫める。
「奴は、仮にも真田の義理の息子になる……敵対は不味い」
「ですが―――」
「まだわからんか? 広義では、陛下の子供にもなるんだぞ?」
「う……」
「万が一の事があれば、朝廷も介入する」
「……」
「そうなったら、尊皇派の真田の事だ。政変に動くぞ」
「……」
大河にかかれば、政権転覆など、造作も無い事だ。
「刺激するな。情報を集めるに留めておけ」
「……では、敵対した場合には?」
「そういう場合に備えて、4人も送っているんだ。4人が説得すれば良い」
「……は」
お市達を嫁に行かせた効果に期待するしかない。
ただ、信長は、それでも不安だ。
何せ相手は、朝倉義景の次男。
反織田同盟には、希望の象徴になる。
(周囲が煽らなければいいが……)
1番の問題は、浅井氏である。
歴史的に朝倉氏との繋がりが深い為、旧朝倉氏残党が、反織田に振り切れば、浅井氏も同調する可能性がある。
だが、それは、復権を許した大河の面目を潰す事になりかねない為、恩を仇で返す様な真似を、浅井氏が行うのは、想像し難い。
「まだあるぞ。家臣団の中には、朝倉・浅井の残党も居る。奴等が反旗を翻す可能性がある」
「はい」
義景を裏切った旧朝倉家家臣団である。
織田家弱体化、と見れば簡単に裏切るかもしれない。
裏切者、というのは保身で何度も同じ真似をし易いだ。
「……賢弟の事だ。俺は、奴を信じるよ」
「……はい」
織田家の方針が決定した。
愛王丸保護の為に、福井城の城主である大谷吉継とその文官・石田三成が動く。
2人は、平泉寺に訪れ、愛王丸と対面を果たしていた。
「……」
突如、高位者の訪問に、愛王丸は、戸惑いを隠せない。
「えっと……何でしょうか?」
吉継が切り出す。
「愛王丸様は、近衛大将の事を御存知でしょうか?」
お殿様に「様」付け&敬語に、愛王丸の頭上には、煩悩の数だけの「?」が浮かぶ。
「はい。御高名な方だと……」
「我が殿でもある近衛大将・真田大河は、今後、愛王丸様の義父に当たる方です」
「……は」
そういえば、と愛王丸は、心の中で思う。
周りの僧侶がその様な事を話していた。
余り知らないが、高名な人間であり、更には、吉継の言う様に、今後、義父になるのは、その時、聞いた。
「大殿は、愛王丸様の事を気にかけておられ、この度、『可能であれば、登城を願う』と」
「……願う? 命令形ではないんですか?」
違和感を覚えた愛王丸は、直ぐに聞き返した。
10歳でこの返しは、流石、朝倉義景の次男、と言えるだろう。
「我が国は、民主主義国家です。あくまでも要請であって、命令ではありません。愛王丸様の御都合も考慮しているのですよ」
「……ですが、
吉継は、にこやかに返す。
「初対面の義父からいきなり命令口調は、余りにも横暴なので、丁寧なのでしょう。大殿は、例え相手が子供であっても、この様な感じです」
「……はぁ」
今一、ピンとこない。
一向一揆の殲滅等した過去から猛将の心象があるのだが、どうも心象と乖離がある。
「この場での返答は難しいと思います故、御検討の程宜しくお願いします」
「色よい返答、期待しています」
「は、はい……」
2人の低姿勢な態度に、愛王丸は、こしょばゆい感じを終始、覚えるのであった。
[参考文献・出典]
*1:歴史上の人物.com 一部改定
*2:水藤真 『朝倉義景』 吉川弘文館〈人物叢書〉 1981年
*3:ウィキペディア
*4:国立がんセンター中央病院 HP
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