第544話 廃寝忘食

 大河、お初、お江の3人は、亀岡駅周辺を歩く。

 京都駅よりも整備されてはいないが、明智光秀が家臣になった事で、予算が下り、亀岡駅周辺の開発は進んでいる。

「おーらい! おーらい!」

 上半身裸の大工が、大きな木造建築を造っていた。

 氷菓アイスクリームを舐めつつ、お江は問う。

「兄者、あれ何?」

「旅館だよ。駅の近くだと、人手が多いから集客力に繋がるんだ」

「立花様も旅館、携わっている?」

「そうなるな」

 お江がそう言う根拠は、看板にある。

『【建設業の許可】

 商号又は名称        :株式会社 山城建設

 代表者の氏名        :真田誾千代

 一般建設業又は特定建設業の別:許可を受けた建設業

 特定            :土木・舗装工事業 建築・大工工事業

 一般            :鳶 ・土木工事業 内装仕上工事業

 許可番号          :山城国都知事許可(特-1)第123456789号

 許可年月日         :万和5年6月1日

 許可番号          :(般-1)

 許可年月日         :万和5年6月1日

 この店舗で営業している建設業:土木・建築一式総合建設業』

 山城建設は、大河が再構築リストラクチャリングに遭った元武士達を雇う為に設立した会社だ。

 戦国時代、殺人を生業にしていた元武士達は、平和な時代になると、今度は、人々の憩いの場所を提供する仕事に就いているのは、ほぼ真逆と言えるだろうが、生きる為には、仕方が無い。

 代表者が誾千代なのは、大河が国家公務員であるが為に副業が出来ないからだ。

 その為、実業家は、彼女が取り仕切っている。

 言い方が悪いが、誾千代には実子が居ない為、その分、時間があり、仕事が出来るのである。

 自分が始めた仕事を妻にさせるのは、無論、本音では、嫌だ。

 が、誾千代が「やる」と言った以上、大河としては、感謝しかない。

「兄上、私も出来る?」

「こういう仕事?」

「うん」

 氷菓をペロペロと舐めるお初の視線は、『代表者の氏名』に固定されている。

 女性の社会進出が始まっている今、男性を統率する女性は、格好よく見えるのだろう。

「出来なくはないけど、責任重大だし、若し、不祥事が起きれば、真っ先に槍玉に挙げられるから、結構、勇気要るぞ?」

 戦前から戦後にかけて、四大証券会社の一躍を担った山一證券の最期がその典型例だろう。

 簿外債務ぼがいさいむ(不正統計)に最後の社長は、何も知らずに就任し、その真実に驚き、対策に奔走するも結局、就任から僅か数か後には、遂に自主廃業を決断せざるを得なくなった。

 そして、平成9(1997)年11月24日、後年、平成不況の代表例として紹介される会見が行われた。

 この時、号泣しながら放った次の言葉は、一度でも見聞きした事があるかもしれない。

 ―――

『これだけは言いたいのは…私等(経営陣)が悪いんであって、社員は悪くありませんから!

 どうか社員の皆さんに応援をしてやって下さい、お願いします!

 私等が悪いんです。

 社員は悪く御座いません!!

 善良で、能力のある、本当に私と一緒になってやろうとして誓った社員の皆に申し訳なく思っています!

 ですから…1人でも2人でも、皆さんが力を貸して頂いて、再就職出来る様に、この場を借りまして、私からもお願い致します!』(*1)

 ―――

 この男泣きで世間の同情が集まり、全社員以上の数の求人が集まったという(*2)。

 終戦後、日本の運命を決めた昭和天皇とマッカーサーの会談でも、昭和天皇は、自身に一切責任が無いにも関わらず、自分の命と引き換えに国民を救おうとして、マッカーサーを驚かせ、以後、GHQの占領政策に大きな影響を与えた(*3)。

 どちらも人の上に立つ以上、相応の責任を感じていた証拠であろう。

 これが全員が全員、出来るかと問われれば難しい。

 どちらかと言うと、自己保身に走るのが、多数派と思われる。

「……立花様みたいになれるかな?」

「分からない。でも、自信が無いなら、余り背伸びしない方が良いぞ? 許容範囲内で何事も収めた方が、安心だから」

 それは、成長としての観点だと、「守りに入っている」為、余り、褒められた行為ではないだろう。

 然し、挑戦する権利はあっても、達成するかは、個人次第だ。

 大河は、愛妻が無理して失敗し、叩かれる姿は見たくない為、基本的に自由主義ではあるものの、この手に関しては保守派である。

「……兄上は、反対?」

「姫武将級じゃないと、この手の大きな役職は務まらないと思う。大きな仕事だしね。志すのは、否定しないし、本気なら応援するけど、現実論としては、反対かな」

「……分かった」

 明確に反対の意思を汲み取ったお初は、首肯した。

 そして、大河の手を強く握る。

「……何?」

「奥方として兄上を支えるのが、平和かなと」

「賢明だな」

 お初の可能性を摘み取ってしまった、という負の可能性があるのだが、大河は、妻を第一に考えている為、彼女の決断を歓迎する。

「兄者は、私も無理かな?」

「分からない。本気ならば、市に相談した方が良いよ。お初にも言ったけれど、応援はするけど、お江にも見合った役職に就いて欲しい」

「例えば?」

「大奥の管理人とか」

「う~ん……」

 反応的に余り就きたくないらしい。

「他は?」

「女性誌の記者」

「男性誌では、女性の記者は居ないの?」

「購買層が男性だから、男性の方が多いと思うよ。女性目線で売りに出す、というのもありかもしれないけれど……」

「う~ん……」

 お江は渋面を浮かべる。

 女性議員が、日々、権利拡大に努めているが、こういう現場は、まだまだあるのが現状だ。

 ある女性作家も、極道を取材していると、その領域は、男性のそれであった為、自律神経失調症になる位の猛非難を受けたという(*4)。

 この例は、昭和の頃の話なので令和の現代では、これ程分かり易いのは、流石に無いかもしれない。

 神妙な面持ちでお江が尋ねた。

「……兄者は、私に働いて欲しい?」

 その質問の真意は、「働いて欲しいなら、子供は、難しくなるかもよ?」という事である。

 出産に関しては、代理母の場合を除いて、本人の事なので、侍女が担う事は難しい。

 然し、育児に関しては、侍女が多い為、非常に楽だ。

 極論、育児は、侍女に前任に妻は、遊ぶ事も出来る。

 尤も、その様な育児放棄に近い女性は、当然、正室・誾千代の怒りを買い、放逐は目に見えているし、何より、一部の平民出身者を除いて、多くは、名家出身者だ。

 名家の看板を背負っている彼女達は、早い段階で、高等な教育や礼儀作法を習得している為、少なくとも、山城真田家にその様な女性は居ない。

 なので、大河の答えは一つであった。

「お江との子供が望むよ。お江が無理して働く程、経済的には、困ってないし」

「……分かった」

「ただ、働く場合も応援するよ。職種によりけりだけどね。お江の人生だから、楽しく生きて欲しい」

 愛妻の事に関しては、優柔不断になってしまう大河である。

 夫の優しい言葉にお江は、再び笑顔になった。

「兄者、抱っこ♡」

「16なのに?」

「16だからだよ♡」

 意味不明な答えを返すと、お江は、背伸びしてせがむ。

 山城真田家一の甘えん坊は、最年少の側室候補・与免、と思っていた大河であったが、高校1年生の癖にこの甘えたがりなのだから、若しかしたら、1番は、お江かもしれない。

「へいへい。御姫様」

「わ~い♡」

ついでにお初もな?」

「へ?」

 急に流れ弾が飛んできたお初は、抵抗する間も与えられずに、お江と一緒に抱っこされる。

 左腕はお江、右腕は、お初の布陣が完成した。

「ちょ! 兄上、恥ずかし―――」

「だ~め♡」

 可愛らしく返事した大河は、お初に頬擦りする。

 出逢った時、お初14歳、お江12歳であったが、今では、其々、18歳と16歳。

 中学2年生は高校3年生に、小学校6年生が高校1年生に迄、成長した感じだ。

 当然、当時より身長は伸び、体重も増え、肉付きも良くなり、更に言えば、精神的にも成長している筈なのだが、それでも大河は、2人をまだまだ愛妻であると同時に「可愛い近所の子供」と様に感じていた。

 お初が幾ら恥ずかしがっても止めれないのは、これが理由であった。

「兄者。私にもしてよ~」

 お初に嫉妬し、お江は唇を尖らせる。

「分かってるよ」

「わ~い♡」

 顔を真っ赤にさせつつ、お江は微笑む。

 この様子に亀岡の人々は、安堵した。

 暗殺未遂事件があっても尚、愛妻家・真田大河は健在である、と。

 翌日、地元紙には、次の様な見出しが躍った。

『【近衛大将、白昼堂々、夫婦円満を見せ付ける】』


 逢引と買い物をした後、3人は、宿舎に戻る。

 如何せん、の為、買った物の殆どは、京都新城に郵送、という運び になった。

「あ~疲れたぁ」

「お疲れ様」

 部屋で、ぐでんとしているヨハンナを、大河は、冷茶で労う。

 招待は、嬉しいのだが、予定が詰まっている為、短い時間で、各地を連れ回されるのは、やはり、精神的に疲れてしまう。

 それを見越して、大河は、光秀に余裕をある予定を指示しておいたのだが、如何せん、自分を政治家として押し上げた地元に貢献しようとし、彼は張り切ってしまった様だ。

「「zzz……」」

 補佐役として一緒に回ったマリア、ナチュラは、御役御免と言った感じで夕食もそこそこに既に布団をき、就寝している。

 その為、ここでの侍女は、

・アプト

・珠

・鶫

・小太郎

・与祢

・井伊直虎

・楠

 の7人である。

 尤も、本陣に残っていた鶫、小太郎コンビは、朝顔達の随行員として付いていった為、彼女達も疲労困憊な様子だ。

後詰ごづめ以外の者は、休め」

「「「「「は」」」」」

 大河から休憩の命令が出た為、5人は、漸く休める。

 頑張れば、働けるのだが、その分、集中力が低下し、失策する可能性が高くなる為、当たり前の判断だろう。

 後詰の鶫、小太郎は、殆ど体力を使っていない為、まだまだ余裕綽々だ。

「揉んで」

 朝顔が大河の膝に飛び乗り、肩を突きだす。

「はいよ」

「あ、私も」

「私もお願い」

 ラナ、ヨハンナも一緒になった。

 こうして膝の上には、上皇、王女。元聖下の揃い踏みである。

 山城真田家では、見慣れた日常になっているが、一般市民が見ると、拝み倒したくなる位の歴史的光景であろう。

 大河は、朝顔、ラナ、ヨハンナの順に揉んでいく。

 整体師等、玄人並に体を知りつくしている訳ではない大河だが、3人の肩に触れると、相当な疲れが溜まっている事が、素人目で見ても、十分に分かった。

「3人共、お疲れ様。3人が公務の間、御菓子を沢山、買ってきたから、食べれる様になったら食べて」

「「「!」」」

 瞬間、3人の目の色が変わった。

 疲れ切った目から、獅子の様なそれに。

「お菓子?」

「どんなの?」

「一杯?」

「今?」

「「「今」」」

 三つ子の様な反応の良さだ。

 若干、予想していたものの、食いつきの良さに大河は、苦笑しつつ、小太郎に視線を送る。

「は」

 お辞儀した小太郎は、一旦、奥に下がり、1分程して戻って来た。

 1mはある大きなパフェを持って。

「「「!」」」

 3人は、パブロフの犬の様にそれを見ただけで、生唾を飲み込んだ。

 大河の後ろに居たお初、お江の姉妹も、じゅるりと舌なめずり。

「「……」」

 昼間、この小型ver.を腹痛を起こす程、何杯も御代わりしたのだが、『喉元過ぎれば熱さを忘れる』通り、まだ食欲はある様だ。

「サナダ、あれ何?」

「『ジャンボストロベリートッポングバニラエクストリームスーパーブルーハワイビッグエボリューション』……だったかな?」

 余りにも長い商品名だった為、うろ覚えは仕方の無い話だ。

 恐らく、商品開発者が適当に辞書を引いて、気に入った単語ワードを繋げ合わせ、長文化したもの、と思われる。

布哇ハワイって、布哇の要素、何一つ無いんですけど?」

 抗議するラナだが、大きなパフェを前にそれ程、怒りは無い。

 頂上には、3人を模したであろう、クッキーで作られた人形が鎮座していた。

「……食べて良い?」

 許可を求める朝顔の手には、既に、小皿と匙が。

 準備が良過ぎるのが、気になる所であるが、用意した以上、それを撤回する意思を大河は、持ち合わせていない。

「良いよ」

 数分前迄は、終電で帰るサラリーマン並に疲労困憊だった3人であったが、超巨大パフェを前にして、疲労が吹っ飛んだ様で、早食い競争の様に、一気に頂上から食べ始めるのであった。


 [参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア 一部改定

 *2:大河原克行 森永輔  2004年8月31日 日経BPnet

 *3:『その時歴史が動いた』2001年5月9日

 *4:藤木TDC「『極道の妻たち』悪女大博覧会!! 覚悟しいや! 『極道の妻たち

    Neo』原作者・家田荘子インタビュー」『映画秘宝』2013年7月号 洋泉社

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