第543話 異体同心

 前田利家、芳春院の夫婦は、その晩、大河が用意した部屋にて泊まる。

「真田様と寝たかった~」

「摩阿は、そんなに真田殿を好いているのか?」

「うん!」

「そうか……」

 利家は、苦い顔だ。

 大事な愛娘を幸姫に続いて嫁がれるのは、父親としては、余り嬉しくは無い。

 無論、家の為には、大賛成なのであるが、それでも、この様な年端もいかぬ子供を嫁がせるのは、若し、出来るのであれば、猛反対だ。

 芳春院の父親・篠原 一計(?~1549)も、若し、彼女が結婚する時に生きていたら、流石に自重させていたかもしれない。

 その芳春院は、与免を抱っこしていた。

「真田様は、どんな人?」

「んとね~。やさしくて~、すぐおかしくれるよ」

「あらあら。例えばどんなのくれる?」

「かすてらとか~。びすけっと、どろっぷ、たるととか~。いろいろ~」

 加賀国(現・石川県)よりも、当然、都の方が南蛮菓子が多数、入っている為、芳春院も詳しく無い名前が出てくる。

「太っていない?」

「ぜんぜん。あやさまが、きびしいから」

 怖い人を思い出したのか、分かり易く、与免は目を逸らす。

「あや様?」

「多分、上杉様の義姉だろう。名前が確か綾御前だったかと」

「上杉の……」

 前田家と上杉家には、因縁がある。

 史実で言う所の天正5(1577)年。

 加賀国(現・石川県)は、手取川。

 利家の上司である柴田勝家と親友・羽柴秀吉と共に謙信率いる上杉軍と正面衝突した。

 戦力的には、織田軍(約4万人)、上杉軍(約2万人)と織田軍が戦力差では圧倒的優位であったが、進軍途中で秀吉と勝家が対立し、秀吉は勝手に戦線離脱(*1)。

 織田軍が空中分解しかけていた所を上杉軍が迎撃。

 コテンパンに敗れた織田軍は、敗走するも上杉軍は、許さず追撃。

 1千人余りの死傷者に加え、手取川に多数の溺死者を出す程の大惨敗(*2)を喫した。

 流石に今は平和な時代なので、謙信と直接、衝突する事は無いが、余り、近付きたくはないのは、本心だ。

「……摩阿、粗相はしていないよな?」

「全然、お優しい方です。綾様も謙信様も」

「そうか……」

 安堵する利家は、次にもう御眠おねむな豪姫を見る。

「……」

 昼間、大河の手の甲を噛み、負傷させた、じゃじゃ馬は、彼から貰ったドロップの管を大切に握り締めている。

「豪、真田殿に感謝した?」

「うん。『しゅき』って」

「……そうか」

 豪姫を抱っこした利家は、その頭を愛おしそうに撫でる。

「……ちちうえ?」

「何でもないよ」

 近衛大将を負傷させた。

 この事実は、武家や貴族の間で瞬く間に広がり、直ぐに豪姫は、誹謗中傷に晒されるだろう。

 貰い手もこの様なじゃじゃ馬は、当然、忌避し、お見合いは難しくなる筈だ。

 自由恋愛、そしてお見合いが困難になった以上、利家が採る策はただ一つである。

「豪、真田殿と結婚したい?」

「うん。できるの?」

 睡魔を吹き飛ばし、豪姫は、興味津々に尋ねる。

 本心から慕っている様だ。

 摩阿姫、与免も続く。

「父上、私もです」

「わたしも~」

 伝え聞く話では、幸姫も又、大河とイチャイチャする程の仲であるらしい。

 この為、姉の血が3人を刺激させた可能性が十分にある。

「貴方」

 芳春院が、屋敷に預けた千世を思い出す。

「あの子も出すのか?」

「当然じゃない? 我が家とこの家は、もう切っても切れない関係性なんですから」

 加賀100万石の夢には、大河の協力が必要不可欠である。

「……近衛大将が義理の息子か」

「陛下も義理の娘になる訳よ」

「……言うな」

 軽く諫めた後、利家は、荷の重さに深く嘆息するのであった。


 大河の寝室では、誾千代と幸姫、朝顔が居た。

 前者2人を其々、左右で腕枕する大河であるが、その表情に笑顔は少ない。

 その理由は、すぐに分かる。

「えへへへへ♡」

 破顔一笑の伊万が、胸板に頬擦りしているからだ。

 胸板を共有する朝顔も苦笑いだ。

「幼子の行動力は凄まじいわね?」

「……そうだな」

 本当では、誾千代、幸姫、朝顔と共に同衾する予定だったのだが、幸姫の後を付いてきて、摩阿姫に成りすまし、警備をすり抜け、見事、大河の胸板の位置ポジションを獲得した、という訳である。

 寝室に到着する迄、気付かなった幸姫の警戒心の薄さが、今回の失態の原因である事は言う迄も無い。

「御免なさい。私の失策で……」

 しゅん、と項垂れる幸姫。

「気にするな」

 大河は、そんな愛妻を抱き寄せて、額に口づけ。

 幸姫の警戒心が薄まったのは、大河に責任の一端があった。

 昼間、両親が来て、その前でもべったりな程、御熱おねつな彼女である。

 当然、『恋は盲目』で、周囲が余り見えなかったのは、予想出来た話だ。

「ふふふ。楽しくていいじゃない?」

 誾千代は笑顔で伊万の頭を撫でる。

 不妊な分、人一倍、子供が欲しかった彼女は、伊万等の幼子は、将来、恋敵になる可能性があれど、今は、ただただ可愛い子供だ。

 伊万も誾千代の怒りを買うのは、好ましくない事が分かっている為、極力、彼女の前では、猫になる。

「立花様の手、気持ち良い♡」

「そう?」

 褒められて悪い気がしない誾千代は、まるで実子の様に、伊万を可愛がる。

 抱っこして、自分の下へ。

 寝室に侵入し、一時は上皇と同じ胸板を共有出来た時点で、殆ど伊万の勝利条件は、達成出来た、と言え様。

 胸板を朝顔に独占させ、伊万は、誾千代の胸元に収まる。

「私も昔はあんな感じだったかしら?」

「今もだよ―――」

「今のは、不敬として解釈して良い?」

「御免」

 軽口を叩きつつ、大河は、項垂れる愛妻の事も忘れない。

「いずれは、伊万の様な可愛い子供を産もうな?」

 聞こえによっては、妻への相当な圧力プレッシャーにもなりかねない発言だが、幸姫は、好意的に捉える。

 元々、夫は「超」が付く程の愛妻家で、妻を攻撃する事は、皆無に等しい。

 然し、これに反応したのは、他ならぬ伊万であった。

「真田様、私、側室なんですけど?」

 正室・誾千代等が居る前でこの強気な態度は、流石、最上義光の娘であろう。

 誾千代や朝顔は、目を丸くし、伊万を事実上、部屋に招き入れてしまった幸姫は、汗ダラダラだ。

「そうかぁ……」

 大河は、誾千代等の反応を伺いつつ、その頬を撫でる。

「側室かどうかは、15歳位になってからな?」

 15、という数字は、史実で駒姫(伊万)が、豊臣秀次に嫁入りした時の年齢だ。

 現代の学制に当て嵌まると、中学3年生或いは、高校1年生で人妻になるのだから、この時代と現代の感覚の差が大いに分かるだろう。

「前田様の姉妹も側室、とお聞きしましたが?」

「あの娘達もその位だよ。与祢も婚約者のままだろう?」

「はい」

「そういう事だ。因みに朝顔も夫婦だけど、正式に嫁入りするのは、来年の話だ」

「へ?」

 いきなり話を振られ、朝顔は、頬を赤らめる。

「そういう事だ」

 両手を大きく広げ、大河は、誾千代と幸姫を抱き寄せる。

 そして、朝顔の頬に接吻し、「忘れてないよ」と言外に主張アピール

 多妻故、同時にこなすのは、大いに精神が削られるが、それ以上に幸せなので、大河は、無理してでも、同時に女性陣を愛す。

「……ん。分かった」

 朝顔を引き合いに出された以上、伊万は、自論の主張を止める。

「寝不足は、美肌の敵よ。もう寝ましょう」

 誾千代の提案に、

「「「「は~い」」」」

 4人の返事と共に寝室の灯りは、消されるのであった。


 翌日、大河は、

・朝顔

・ヨハンナ

・ラナ

・マリア

・ナチュラ

 の5人と居た。

 今回の顔触れは、

・皇族

・王族

 である(ナチュラは、そのどちらでもないが)。

 今回、彼等が来ているのは、都から遠く離れた亀岡。

 その為、饗応役は、明智光秀と珠の父娘である。

「この度、保養地に亀岡を御選び下さり大変有難う御座います。陛下、元聖下、殿下を一度に接客出来るのは、身に余る光栄で御座います」

「……」

 珠は、会釈する。

 この訪問は、公務だ。

 その為、大河は、一歩身を引いた感じで後方からやり取りを見守っている。

 亀岡駅前のロータリーでは、歓迎式典が催されていた。

 地元の少年少女が着飾った衣装で、花束を朝顔達に手渡す。

 あくまでも、亀岡の人々が見たいのは、彼女達であって、大河は、只管ひたすら影に徹す。

 内助の功の夫ver.と言った所だろうか。

 それでも仕事が無い、という訳でもなく、議事進行を見守りつつ、不審者が居ないか、目視で確認している。

「……」

 左目が眼帯なので、右目しか見えないのだが、それでも視力と長年、つちかった感覚から不審者を識別出来る能力は、十分にある。

 顔を逸らし、後方のアプトに告げた。

「(……陛下から真正面の方角に不審者)」

「(は)」

 アプトは、首肯すると、下がっていく。

 本当は、不審者を発見次第、狙撃したい所だが、この様な群衆の中では、誤射の可能性もあるし、何より愛妻が血を見る事になる。

 極力、愛妻には、清廉潔白で居て欲しいので、大河は、この様な場合、配下を惜しげもなく使う。

 上意下達された命令は、私服警官となった楠と井伊直虎が、群衆を掻き分け、不審者を取り囲み、

「少々?」

「すみません」

「ん? ―――!」

 不審者の首筋に、注射。

 一瞬にして意識を奪われた不審者に、2人は肩を貸しては、連れていく。

「すみません」

「急病人です」

 と。

 2人の見事な連携プレーだ。

 この様に、人々の知らぬ間に平和は、保たれているのであった。


 光秀が5人を案内する中、大河は、先に旅館に入り、陣地を敷く。

 1泊2日なので、其処迄、大規模にはしないが、偏執病の気がある大河は、滅多な事では信用しない。

 例え、それが家臣の旧領であってもだ。

 1948年、スターリンは70歳の誕生日祝いに忠臣のベリヤから、立派な別荘が贈られた(*3)。

 ベリヤとしては、胡麻をする為の行為だったのだろうが、スターリンは、樹木に囲まれた別荘が気に入らず、「これは何かのおとりかな?」と言って、そのまま帰宅し、二度と、その別荘には立ち寄らなかった、とされる(*3)。

 スターリン程と迄にはいかないものの、大河の猜疑心さいぎしんは、やはり、常人と比べると、異常であろう。

 但し、スターリンとは違って、部下を信頼し、民衆を不当に弾圧する事は無い為、その分は、真面まともである。

「兄者、寂しいね」

 社会見学でついてきたお江は、既に飽きている状態で、夕食のパンフレットばかりを見ている。

「いつもは、大人数だからな」

 旅館には、鶫と小太郎が居るが、彼女達以外の侍女と兵士は、皆、朝顔達に随行している。

 その鶫達も館内の調査で部屋には居ない。

 大河と同じ空間に居るのは、このお江とそのお目付け役で来たお初だけだ。

 大人数が基本な山城真田家では、これ程、少人数なのは、異例中の異例であろう。

「お江、兄上は、忙しいのですよ。甘えちゃ―――」

「良いよ」

 お初の言葉を遮って、大河は、お江を抱っこする。

「今ね。仕事は余りさせてくれないから、結構暇なんだよ」

「え? そうなの?」

「そうだよ」

 お初も抱っこする。

「ああいう目に遭ったからね。上が気を遣っているんだよ。有難い事だけどね」

「……」

 触れちゃいけない部分を突いた、とお初は青褪める。

 然し、大河は、何処迄も寛容だ。

「その分、皆と過ごせる時間が増えたから、むしろ『棚から牡丹餅』みたいな感じだよ」

 危機的状況であったが、今は、+に働いている。

 大河が現状を好意的に受け入れているのは、当然の話だ。

「兄者、兄者」

「うん?」

「陛下がいらっしゃる迄、外行こうよ。母上にも御土産買いたいし」

 土産を名目に逢引の誘いだ。

 大河もお初もその真意を悟るも、問題視はしない。

「じゃあ、行こうか。お初もどうだ?」

「! はい!」

 勢いよく返事すると、姉妹は、ごく自然に大河を真ん中にし、手を繋ぐ。

 弥次郎兵衛ヤジロベエの様な恰好だが、3人は気にしない。

「えへへへ♡」

「うふふふ♡」

 夫を共有出来る姉妹の微笑に、大河も又、微笑み返しするのであった。

 

[参考文献・出典]

 *1:『長家家譜』

 *2:『歴代古案』

 *3:ウィキペディア

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