第537話 日清友好条約

 朝顔が同席する中、織田信孝は、緊張した面持ちで問う。

「真田。最近、明智を家臣団に加えたそうだな?」

「はい」

 大河は、お市を抱き締めつつ、首肯した。

 信長の妹を緩衝材にしているのだ。

 お市も夫を守ろうと協力的である。

 見せ付ける様に、大河に寄り添っている。

 傍から見れば、恥じらいの無い夫婦ではあるが、山城真田家の夫婦間には、そもそも「恥」という文化が存在しない。

 子供の前でも平気で接吻し、抱擁する。

 これも全て、好色な城主の所為であった。

 その為か、今の所、大河と妻の間で、一度たりとも夫婦喧嘩は起きていない。

 毎日が平和なのである。

 朝顔、誾千代、阿国、松姫、幸姫、珠も負けじと、密着しているのだから、相当、仲の良さが分かるだろう。

「何故、雇った?」

「単純に政治家の人材不足が理由ですよ。陛下や殿下が、亀岡や福知山にお立ち寄りの際、専門家も必要ですし」

「……」

 亀岡、福知山、共に朝顔がお忍びで行く場所だ。

 其々、湯の花温泉、福知山温泉があり、大河も贔屓にしている。

 なので、理由は、正当と思える。

「……何故、地元の者ではいけない?」

「あくまでも私的な事ですので、毎回、地元の方々に頼むと、それこそ公務となってしまい、予算が投じられてしまいます」

「……公私混同を避ける為か?」

「はい。これは、近衛も賛成しており、じきに規則化するかと」

「……分かった」

 詰問したい所だが、朝顔の手前、難しく、お市も緩衝材になっている為、これ以上は難しそうだ。

「……家臣団の人選は、引き続き任せるが、余り、疑惑のかかる様な人選は、今後は、控えるか、事前に相談してくれ。閣僚が要らぬ疑惑を抱きかねん」

「分かりました」

 相変わらずの作り笑顔で、信孝の疑惑をかわした大河であった。


 夜。

 大河は、予告通り、幸姫を抱いた。

 最近は、彼女の妹達と遊ぶ事が多く、幸姫もその報告で芳春院の下に帰る事もあり、時機がズレにズレて、今回は、久し振りの営みとなった。

「あの達、如何どう?」

 大河の腕を枕にした幸姫が問うた。

「良い子達だよ」

「そう? 側室には出来る?」

「無理だろうな。もう人員充足だし」

「でも、あの娘達は、本気よ?」

「そうなのか?」

「与祢みたいになるわよ。3人共」

「……」

 与祢は、初恋を成就させ、今は、忠臣でもある。

 大河の為には、命を簡単に投げ出すだろう。

 然し、大河は、捨て駒の為に娶っている訳ではない。

 子孫繁栄の為、そして、恋愛感情の為に結婚している。

 その為、決して妻達を捨て駒にする気は更々無い。

「純粋そうだしな。3人は」

「私似でしょう?」

「……そうだな」

「何、そのは?」

 怒った幸姫は、大河をヘッドロック。

「ギブ、ギブ」

 呼吸困難になりつつも、大河が笑顔でいると、

「なになに~?」

 突如、襖が開き、与免が枕を抱えて入って来た。

「おお、どうしたの?」

 すぐに、幸姫は、大河を解放し、与免を抱っこ。

 2人共、夜着で良かった。

 先程迄、生まれたままの姿だったのだから、危うく、営みを見られる所であった。

「なんかね~。ねむれずに、しゃななさまにどーきん? してもらったら、ねむれるかなぁ、と」

 大河と同衾した女性は、ほぼ全員、疲労困憊になる為、熟睡出来るのだが、幼子には、当然、理解出来ない事だ。

 与免が誤解するのは、無理は無い。

「与免、それはね。『添い寝』って言うんだよ」

 幸姫は、その頭を撫でて、一部を正す。

「そいね?」

「真田様の腕枕は、天下一品なのよ」

「そうなの?」

 キラキラした目で大河を見た。

 警備の目を搔い潜って、来た豪胆さは、大河としても認めざるを得ない。

 警備上のミスであり、悪意の無い与免を追い返すのは、流石に出来ない。

 隣室に居るであろう、鶫に声をかける。

「鶫、今良いか?」

『は』

 ほぼノー・タイムで返事。

 これが、鶫が「忠臣中の忠臣」と呼ばれる所以だ。

「他の2人も起きていたら、ここに連れてきてくれ」

『は。今日の門番は、直虎と楠様です。どうしましょうか?』

「こんな子供を見過ごす位だ。疲れているんだろう。今日は、休ませろ。叱責も無しだ」

『は。では、代わりに私が警備に入ります』

「済まんな。特別手当、出すよ」

『有難うございます♡』

 顔を合わす事無く、2人の意思疎通コミュニケーションは、ぴったりだ。

「……」

 その様子を与免は、興味津々に見詰めていた。

「……ねぇねぇ」

「うん?」

「どうしてかおをあわせないの?」

「それはね。鶫が恥ずかしがり屋だからだよ」

「そうなの?」

 鶫とは何度も会った事がある与免だが、余り、その顔に詳しい訳ではない。

 その為、今回、ちゃんと見ておきたかったのだが、それは叶えられなかった。

 当然、これは、大河の配慮である。

 詰所に居た鶫は、薄化粧、もしくは、すっぴんであった可能性があった。

 大河自身は気にしないのだが、癩病らいびょう(現・ハンセン病)の傷跡は、生々しく、人によっては、恐怖心を感じる事もある。

 そもそも現代でもまだまだ偏見や差別があるのだから、医学的に分かっていないこの時代、現代以上にそれは、根強い。

 幾ら大河が、癩病に寛容があっても、国民の多くは、まだまだ受け入れ難いのが、現状だ。

 幼い与免も、ショックを受ける可能性があり、鶫は機転を利かして、開けなかったのだ。

「そうなんだ……」

 残念そうに与免は、大河にすり寄る。

「会いたかった?」

「うん」

「昼間だな」

 営みが中途半端になった2人だが、純粋無垢な与免に怒る事は出来ない。

 その後、摩阿姫、豪姫も来て、4人は仲良く大河の腕を共有。

 右腕を幸姫、摩阿姫。

 左腕を豪姫、与免が枕にするのであった。


 前田家の4人の姉妹と同衾した大河は、翌朝、詰問されていた。

 伊万、与祢から。

「ねぇねぇ、何で私は呼ばなかったの?」

「若殿、流石にあれは無いですよ。御手付き、とも解釈出来ますから」

 好色家、として有名な大河は、鶫等の様に相手が侍女であっても、簡単に手を出す。

 又、人質であるお市とも夫婦になっている為、前田家三姉妹とも同衾したので、いずれは、そういう事になっても可笑しくはない。

「確認ですが、若殿。三姉妹とは、添い寝だけですよね?」

「当たり前だよ」

 幾ら大河が好色でも、流石に小児性愛ペドフィリアの様な異常性は無い。

「では、仏に誓えますか?」

「誓えるよ」

 与祢の鋭い視線を、大河は、受け止める。

「もし、将来、三姉妹に手を出させるのであれば、私を優先して下さい」

「知ってるよ」

 与祢との付き合いは、長い。

 大河がこの世界で転生した今年で5年目になるのだが、与祢とは、その内、3年以上の仲だ。

 初対面の時6歳だった彼女は、今は、成長し、今年で9歳になるのだが、もう熟練者ベテランの域に差し掛かり、年上の新人や後輩を指導する立場に迄なっている。

 将来的には、後宮の指導員として、後輩の育成に貢献する、と思われる。

「真田様」

 伊万が襟を正す。

 才媛、或いは、深窓の令嬢を装っている様だ。

「うん?」

「……」

 三つ指を突いて、頭を下げた。

「お慕い申し上げます」

「!」

 与祢は目を見開いた。

「……」

 大河は、伊万を注意深く見る。

 拒絶されるのを恐れているらしく、体は小刻みに震えている。

「……伊万」

「は、はい」

「与祢から指導してもらえ」

「!」

「若殿?」

 今度は、大河を見た。

「娶るかどうかかは、分からない。でも、伊万の気持ちは、尊重したい」

 束縛、とも解釈出来る自分勝手な意見だが、史実での伊万―――駒姫の最期を考えれば、極力、近場に居て欲しい。

 少なくとも、山城真田家の中に居れば、安心だ。

「もし、考えが変われば、その時に行って、その際、適当な婿を捜す」

「! 婿は、真田様が良いです!」

 はっきりと、愛を口にし、伊万は抱き着いた。

 そして、離れない。

 その姿に与祢は、嘗ての自分を連想する。

 昔の自分もあの様な感じであった。

 恐らく、大河は、それもあってか、事実上、認めたのだろう。

 わんわん泣く、伊万の背中を大河は、優しく叩く。

「伊万、ちり紙を」

「は」

 自慢のスーツが、どんどん鼻水と涙で汚れていくが、大河は、とがめる事は無い。

 スーツの汚れは洗えば落ちるが、傷心は、中々癒えない。

 そもそも、大河がそれ程、服飾ファッションに無頓着であるのも理由の一つであろう。

 伊万に囁く。

「幸せに出来るかは分からないが、気の済む迄ここに居ていいよ」

「……はい♡」

 そこで伊万は、満開の笑顔を見せるのであった。


 伊万の事実上の嫁入りは、最上義光を安堵させた。

「時間がかかったな」

「そうですね」

 釈妙英も嬉し涙で頷く。

 これで、最上家は安泰だ。

 尤も、正式なものではない。

 公表すれば、又、大河に縁談が殺到するのは、目に見えているからだ。

「伊万は、報告の為に帰ってくるのか?」

「与祢様の話では、一旦、彼女の下で花嫁修業した後、帰ってくる様になっている様です」

「そうか……」

 久々に愛娘に会いたい所だが、如何せん、最近、大河が暗殺未遂事件に遭ったばかり。

 京都新城周辺は、常時、厳戒態勢にあり、敷地内に1寸(約3cm)でも足を踏み入れたならば、侵入者は、すぐさま狙撃手スナイパーの蜂の巣に遭う、と言われている。

 警備上の観点から、山城真田家側は、それについて、否定も肯定もしていない為、真偽については不明であるが、敵対者を許さない大河の人柄を考えると、真実味がある話だ。

 登城が難しい以上、出るのも難しい。

 伊万が同じ都内とはいえども、最上家の屋敷に里帰りするのは、難しいだろう。

「……あの娘は、今年で幾つになる?」

「六つです」

「もうそんなにか……」

 今年の初めにもそんな会話をしたのだが、それを忘れる位、義光は子煩悩だ。

 初孫は、最短でも10年後と思われる。

 同時にこれからの10年間が巣立ちの時、と言えるだろう。

 子供を出産したら、益々、伊万は、最上家に居る時間が少なくなっていく。

 そう考えると、義光は、複雑だ。

「……不敬だが、真田様に少し怒りを覚えるよ」

「娘を理由はどうであれ、帰らせ難くするから?」

「そうだな。真田様が悪党ではないのは、分かっているが、これは……駄目だな」

 義光は、苦笑いしきりだ。

 相手が格下の武将であれば、あれやこれやと言い易いが、近衛大将になると、流石に1周り以上、年下であっても命令はほぼ不可能である。

 そんな嫉妬心を剥き出しにする夫に対し、現実主義者リアリストの妻は、苦言を呈す。

「娘の幸せ、そして、家の為ですから。そこは、当主としてしっかりしてもらわないと困ります」

 現代日本でも、娘の結婚に際して、父は動揺したり、嫉妬する場合が見られるが、それに比べると、母の方が冷静沈着な場合が多いだろう。

 同性として娘側に立ち、余りマイナスな感情にはなり難いのかもしれない。

「……そうだな」

 子供っぽい自分に義光も、自覚はしているのだが、やはりまだ受け入れ難い気持ちが大きい。

 伊万は大事な愛娘であって、それが大人になっても変わらない。

「……伊万の幸せを願って、今夜は、豪華にな?」

「顔、引き攣ってるわよ」

 言葉とは裏腹に無理している感が半端無い義光に、釈妙英は、大笑いするのであった。


 伊万との関係が深くなる中、二条城には、清からの密使が来ていた。

 辮髪べんぱつに満州服と如何にもな密使は、ヌルハチからの密書を渡す。

「陛下は、貴国との友好を望んでおられます。その為に今回、来日しました」

「……和議ね」

 信孝は、余り興味なさげだ。

 外交は、専門の大臣が居るのだが、それがお飾りで実質は、大河の担当だ。

 大臣がお飾りなのは、世界の知識に詳しい日本人がそもそも少なく、国内には、彼位しか居ないのである。

「……和議については、貴国はどれ程本気なのか?」

「は。陛下は、

・一部の領土の割譲

・賠償金

 の意思を示しています」

 曲がりなりにも、中国大陸の盟主である清にしては、大きな譲歩だ。

「……貴国は、それでも良いのか?」

「我が国が滅亡すれば、大陸は、不安定化し、貴国にも少なからず、影響があるかと」

 中国が不安定化した場合、日ノ本が最も影響を受けるのは、貿易だ。

 清とは直接、貿易していないのだが、民間の業者は、清の業者と交流がある。

 それが途絶えた場合、絹の道シルクロードから来る輸入品は、高騰化する可能性が高い。

 代替案として、海からも出来なくは無いが、日ノ本には、夏場によく台風が来る。

 その際、海が荒れ、船が沈没する事故は、よくある話だ。

 その為、台風を避けて夏以外の季節に船が来る様にすればいいのだが、夏場に必要不可欠な商品の高騰は避けられない。

 唯一の手段である空も良いが、空港は、日ノ本やイスラエル王国と言ったごく限られた国でしか未だ無い。

 欧州に空軍機を送った事もあるが、あれが、ユダヤ人の保護の為の一時的な手段なので、貿易の為に毎回、飛行機を欧州に迄送ると、経費が馬鹿にならない。

 予算が無限なのであるならば、信孝も許可したい所だが、残念ながら予算は有限である。

 どれも難しい話だ。

 清は、その事情を知っている上で和議を狙っているのだろう。

(……痛い所を突かれたな)

 信孝は、頭を掻きつつも、密使の話に耳を傾き続けるのであった。

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