第532話 櫛風浴雨

 隻眼になって以降、最も関係が変わったのは、政宗であった。

 自分の知り限り、眼帯を装着しているのは、自分だけだったのだが、義父も同じ様に装着する様になったので、親近感から故に、一気に距離が短くなる。

 京都新城敷地内、伊達家の屋敷にて。

「義父上、痒み等はありますか?」

「無いよ」

「では、ヒリヒリするとかは?」

「無いね」

 政宗は、興味津々で眼帯を外した左目を見る。

 政宗の場合は、病気であったが、大河のは、戦傷だ。

 名誉負傷パープルハート章のメダルを首にかけてるのは、「非番であったが、それにも関わらず、民間人の多くの命を救った」という点が軍部に高く評価され、受章に至った。

 尤も、軍部の頂点は、大河なので、軍部の権威を示す為に、アメリカの勲章を模倣コピーして、軍部の存在を主張アピールする政治利用になっているのだが。

 それはさておいて。

「一応、痒み止めの塗り薬を準備しました。もし、良かったらお使い下さい」

「有難う」

「それから、これが痛み止めの錠剤です」

「ほぉ……」

 大河は、薬に興味津々だが、同席する愛姫は、渋い顔だ。

 短いながらも、時間が少し空いた所を鶫から教えられた為、その時間に屋敷に寄る様に予定スケジュールに入れたのだが、こうなると、政宗の問診と薬の受け渡しになりそうだ。

 夫が、義父を心配するのは分からないではないが、義父は日ノ本で最高のレベルの医師団が居る為、態々わざわざ出しゃばるのは、無意味な事である。

 然し、テンションが高くなった政宗は、それを忘れたのか、医者の様になっている。

 大河は気にしている様子ではないが、東北地方に差別意識を持つ一部の公家や武将からすると、嘲笑ものだ。

(この噂が外に漏れないかな?)

 愛姫は、ヒヤヒヤしつつ、大河を見た。

「……義父上、御時間、宜しいでしょうか?」

「う~ん。ちょっとギリギリだけど、まぁ何とかなるさ」

 笑顔で返し、大河は、娘夫婦を抱っこする。

「それで、仲は、大丈夫か?」

「はい。仲良くさせて頂いています♡」

「政宗様の作るずんだ餅は、天下一品です♡」

 夫婦喧嘩は犬も食わぬ、と言うが、2人から不仲な雰囲気は感じ取られない。

「そうかそうか。良い事だ」

 何度か頷いた後、大河は、2人に頬擦り。

 2人が思春期になると、この手の接触スキンシップは難しくなのる為、それまでは、可愛がるのが、大河のやり方であった。

 当然、拒絶されたらそれ以降はしないが。

「義父上のお肌、滑々すべすべ。なんで?」

「本当ですね? 男性用の化粧品があるんですか?」

 未知の世界に2人は、興味津々だ。

 現代では、美容にこだわる男性陣も多いが、16世紀に拘るのは、超少数派だろう。

 少なくとも2人の周りには、男性なのに、化粧品を使用している者は知らない。

 男なら髭を生やし、筋肉を―――といった感じで偏見がまだまだ強い時代なのだ。

「使っているのは、全部、女性用のだよ。ほら、毛穴、殆ど見えないだろ?」

「「おお~!」」

「朝顔を娶った以上さ。あんまり汚い顔では、出れないじゃん? だからだよ」

「陛下、愛されてる~」

「本当ですね~」

 大河にこれ程迄に愛されている朝顔がこの事実を知れば、真っ赤になる事は、間違いないだろう。

 日ノ本を統べる女傑、という心象イメージが付く事が多い彼女だが、中身は平民と何も変わらない。

 質素倹約に努め、恋をし、愛する者と添い遂げ、夫が怪我をしたら物凄く心配する。

 瓦版等では、語られる事が無い、私生活である。

「愛姫も政宗にそん位、愛される様になるんだぞ?」

「うん!」

 元気よく返事した愛娘の頭を、大河は、優しく撫でる。

「政宗」

「はい」

「泣かせたら、伊達家は改易だからな?」

「……は」

 娘と違い過ぎる反応に、政宗は、苦笑いするのであった。


 伊達家の屋敷から出た後、次に大河が向かったのは、上杉家の屋敷であった。

 ここの居住者は、

・上杉謙信

・上杉景勝

・綾御前

・累

 だ。

 その他の重臣は、隣接する長屋に住んでいる。

 この構造は、伊達家も同じで、屋敷は、当主の居住空間、長屋は、家臣の居住空間と線引きされている。

 ただ、

『日ノ本国憲法

[居住移転の自由]

 第22条第1項

 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する』

 の明記されている為、家臣が長屋から出て一戸建てなり、マンションなりに住む事も自由だ。

 その分、当主と遠距離になり、忠誠心が疑われたり、都の家賃の高さに四苦八苦する可能性が高い為、態々わざわざ家賃が無料な長屋を出ていく者は、ほぼ居ない。

 普段、京都新城の御殿に居る謙信が、屋敷に居るのは、累の挨拶回りだ。

 京都新城に居続けると、朝顔も居る事から、上杉家の家臣は、畏れ多くて、登城し辛い。

 その時間が長期化すればする程、累が成長するにつれて、『上杉』という自己同一性アイデンティティーを忘れる可能性がある為、不定期ではあるが、屋敷で寝起きさせているのだ。

 これは、謙信が大河に相談して叶ったもので、上杉家の重臣も次期当主と交流出来る為、好意的だ。

 大河が屋敷に入ると、

「……」

 ―――義兄上、お久しぶりです。

 景勝が出迎えた。

 そして、大河に纏わりつく者達を見る。

 1人は、大河の肩に乗り、もう1人は背中に抱き着き、もう2人は、左右の腕に抱えられ、最後の1人は、足にしがみついていた。

 肩は、摩阿姫。

 背中は、豪姫。

 左腕は、与免。

 右腕は、与祢。

 足は、伊万という布陣である。

 流石に伊達邸には、愛姫が居た為、5人は配慮したのだが、上杉邸では、相手が幼子、という事もあり、5人は思う存分、大河に密着出来た、という訳であった。

 受け入れる上杉側としては、若干の不快感が拭えないが、それでも大河と敵対するのは、本意では無い為、ぐっと堪える。

「……?」

 ―――その者達は?

「職場見学だと。昼間は、皇居。さっきは、伊達邸だ。両方とも最深部に迄は、入らせる事は出来なかったが、良い経験になったよ」

「……?」

 ―――我が邸も最深部を見せろ、と?

「そうは言ってない。ここまでで良いよ。こんな大所帯で行ったら、累にも悪いだろう?」

「……」

 ―――御配慮下さり有難う御座います。こちらへ。

 応接間に通されると、そこでは、綾御前が待っていた。

「あら、可愛い子達ね?」

 子供相手に嫉妬せず、大人の余裕だ。

「座るぞ?」

「「「「「うん♡」」」」」

 5人はすぐに離れた。

 大河が座ると、椅子取りゲームの様に殺到し、全員、膝の上に収まる。

「あらあら♡」

 興味深そうに綾御前は、呟くと、彼女も又、隣席に移動する。

「妹に手を出した挙句、今度は少女? 私の様な寡婦もだから、貴方って相当、守備範囲広いのかしら?」

 女性なら誰でも良いのか? とも解釈出来る苦言だ。

 実際、大河のストライクゾーンは、広めなので、否定出来ない。

 お市の様なこの時代で言えば、結婚適齢期を逃した女性や、鶫の様なこの時代では、偏見が根強い者であっても、受け入れている。

 更に、ラナの様な一般的な日本人(黄色人種)とはかけ離れた外見をした者や、ヨハンナの様な旧教カトリック信者でも良い所から、そのハードルの低さが伺えるだろう。

 逆に言えば、「無節操」とも言えるが、それでも、妻を物の様に扱い、ポイ捨てしないだけマシだ。

 女性側も、基本的に束縛されず、生活も安定し、何より愛されているのだから、文句は無い。

 どれか一つでも欠点があれば、結婚生活は破綻している事は明白である。

「そうだな。苦労をかける」

「そうよ。悪い男に引っかかっちゃった♡」

 そういう綾御前だが、笑顔が絶えない。

 戦国時代、殆ど楽しめなかった夫婦生活を、この泰平の世で、思う存分楽しめているのだ。

 これに関しては。綾御前を慕う、景勝も大河には、礼を言いたい所である。

 尤も、異常な程、無口なので、はっきり言葉に出す事は難しいのだが。

 5人の合計10個の眼球が、2人に向けられる。

「真田様は、綾様が好きなの?」

「あいしてる?」

「せっぷんする?」

「若殿、余り、御贔屓は慎んだ方が」

「さやなさま♡」

 其々、摩阿姫、豪姫、与免、与祢、伊万の言葉である。

 前者3人は、純粋且つ無垢から来る質問。

 与祢は、忠言。

 伊万は、単純に愛情だ。

 伊万の頭を撫でつつ、大河は答える。

「そりゃあ接吻もする位、大好きだし、愛してるよ」

「! ば!」

 赤くなった綾御前は、照れ隠しに大河の背中に隠れ、力なく叩く。

 そんな綾御前の頬に宣言通り、接吻後、今度は、与祢を見た。

「忠告有難う。忠臣よ」

 頬を撫でると、

「はぅ♡」

 与祢は、一瞬で魅了チャームに遭い、変な声を出した。

 それもその筈、今迄の大河は、童顔で可愛らしい少年だったのだが、隻眼になり、眼帯を着用して以降、一気に大人の雰囲気も加わった。

 少年の様な童顔と大人の色気を両方併せ持つ。

 これは、魅力度が格段と上昇するのは、当然の事であった。

「「「……」」」

 前田家三姉妹も又、その虜になりつつあるのは、時間の問題だ。

 優しく可愛かったお兄さんが、事件を機に、厳めしく格好いい大人にも見える様になったのである。

 多くの女性陣同様、そのギャップに琴線が激しく揺さぶられ、与祢の様に触れられただけで、悶える様になっているかもしれない。

 1人だけくたっとなった与祢を大河は、抱っこし、じっと見る。

「大丈夫か?」

「……ひゃい♡」

 この機を逃すまい、と与祢は、大河に頬擦りし、ちゃっかり、御姫様抱っこになる。

 当然、伊万は、大抗議だ。

「しゃななさま、だめ!」

「おいおい、御機嫌斜めだな?」

 唾を飛ばす位、怒る伊万の反応に首を傾げつつも、大河は、与祢を下す。

 本当は、もう少し愛でたかったが、伊万が激烈に怒っている以上、長時間、与祢を優遇するのは、危険、との判断である。

 伊万の邪魔に与祢は、怒るどころか、正妻面だ。

「(若殿は、私を優遇して下さった。貴女の様な新米とは違うのよ)」

「(真田様は、『貴女を歳の離れた妹』位にしか考えてないよ。この勘違い女)」

 大河の知らぬ所で、2人は、視殺戦を繰り返す。

 その間、前田家三姉妹が動いた。

「真田様、邸内案内してませんか?」

「るいさまにあいたい」

「るいさま! るいさま!」

 子供ながらに3人は、山城真田家内での子供のを分かっている。

 跡継ぎ候補の最有力であったのは、華姫(現・愛姫)なのだが、養父に夜這いをかけた事件で、養母・謙信の怒りを買い、跡目から外された。

 現在、両者の間では、その問題は解決となり、しこりは無いのだが、やはり、謙信から夫を寝取ろうとした事実は、否定出来ず、大河の後押しもあって、伊達家に嫁いだ。

 政略結婚の意味合いが強かったが、大河と政宗が仲が良かった事から、華姫も徐々に政宗に惹かれ、今では、鴛鴦夫婦だ。

 後は、成人後に子作りに励めば、無事、初孫になる可能性がある。

 ただ、華姫が伊達家に嫁いだ、という事から、この初孫は、伊達家の次期当主になるのは、既定路線であろう。

 愛姫が脱落した時点で、現在、世継ぎの候補は、

・累

・元康

・デイビッド

・猿夜叉丸

・心愛

 の5人となっている。

 然し、全員、

・累    →上杉家?

・元康   →徳川家(内定)

・デイビッド→?

・猿夜叉丸 →浅井家(内定)

・心愛    →織田家?

 となっている為、現状、未定だ。

 この中で、最も有力なのが、エリーゼとの間に出来たデイビッドなのだが、エリーゼは、早くから「当主には向いていない」と判断し、ラビになる様に教育している。

 この為、デイビッドも又、後継ぎ候補最有力とは言い難い。

 その中で前田家は、織田家同様、4人(織田家:お市、茶々、お初、お江。前田家:幸姫、摩阿姫、豪姫、与免)と山城真田家では、一大勢力だ。

 4人全員が出産した場合、2人、前田家の当主に推薦しても、残り2人は、山城真田家の後継ぎ候補になる可能性が高い。

 同じ人数の織田家がその場合は、最大の好敵手ライバルになるのだが、幸い、お市は高齢であり、既に心愛を出産済みで、年齢からして、今後の妊娠は、極めて難しい筈だ。

 茶々も猿夜叉丸を産んだが、育児で忙しく、最近、大河とは夜を共にしていない。

 前田家にとっては、最大の好機だろう。

 ただ、幸姫以外は、幼過ぎて、大河も手を出せないし、何より誾千代や朝顔等の許可が出ていない為、上手くいくかは分からない。

 ならばと、3人が芳春院から授かった悪知恵を実行するしかない。

 その作戦こそ猫被りだ。

 幼い事を利用し、大河には甘えて、他の女性陣には、敬意を払い、懐に飛び込む。

 好色家な大河はすぐに落ちるとして、問題は女性陣だ。

 長い時間をかけて信用を勝ち取らなければ、同性の勘が働き、見破られてしまう可能性が高い。

 そこで、芳春院は、最初に謙信にロックオンし、彼女に敬意を払う事にしたのであった。

 芳春院の策を3人は、そのまま実行に移す。

「累様のお世話、私もさせて下さい」

「しょーらいのおべんきょー」

「おせわ! おせわ!」

 幼いパワーで、3人は目をキラキラと輝かせる。

「景勝、良いか?」

「……」

 ―――どうぞ。義母上も喜ぶかと。

「有難う」

 綾御前とはしゃぐ5人を連れて、大河は、謙信の私室に行くのであった。

 

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