造反有理

第530話 義勇軍

 義理の息子・伊達政宗同様、隻眼になった大河だが、ダヤン将軍のファンである様に、隻眼でもそれ程ショックではない。

 然し、周りは大騒ぎであった。

 特に、感情的なのが、華南ファナンに国を置くイスラエル王国だ。

 建国に最も貢献した外国人である大河は、『正義の異邦人』である。

 そんな英雄が、テロで重傷を負った。

 我が事の様にイスラエル国民は激怒し、反清感情を爆発させた。

 国民の間では、清製品不買運動が展開され、政府にも断交が検討される。

 それでも清は、余裕綽々だ。

 何故ならば、欧米諸国に分割されつつある中、イスラエル王国の四方八方は、清の勢力下であるから。

 現代だと周りを南アフリカに囲まられたレソトの様な状況である。

 そんなイスラエル王国の駐日外交官が、見舞いに登城して来た。

態々わざわざ来て下さって有難う御座います」

 脇息きょうそくもたれ掛かり、リラックスした大河が出迎える。

 その左目には、やはり、眼帯が装着されている。

「無礼ではありますが、手術後なので、何分、申し訳御座いません」

「いえいえ」

 外交官は、気にした様子は無い。

 今回の登城は、イスラエル王国側が、お願いして叶ったものだ。

 手術明けの大河と面会出来るのは、余程の信頼関係が無ければ難しい。

 それを快諾してくれた大河が脇息を利用していた、といえども、外交的に無礼とは言い難いだろう。

「それで、御用件は?」

 見舞いであれば、忙しい大河には、手紙で事足りる。

 それを態々わざわざ、登城したのだから、相応の理由がある筈だ。

「反清同盟を結び、共同で清に侵攻したいのです」

「……」

 大河の表情は、崩れない。

 想像の範囲内であったから。

「理由は?」

「我が国は、知っての通り、内陸国です。その為、清と戦争をし、沿岸部を獲得したいのです。貴国との交易の為にも」

 内陸国が沿岸部を欲するのは、不自然な事ではない。

 今では、内陸国である南米のボリビアであるが、嘗ては、沿岸部にも領土を持っていた。

 それが変わったのは、太平洋戦争(1879~1884)でチリに敗れたからである。

 1884年に締結したバルパライソ条約でボリビアは、海に面していたアントファガスタをチリに割譲し、輸出をチリ、或いはペルーに頼らざるを得ない状況になってしまった。

 条約から2022年現在、138年経つが、両国間は、正式な国交が無く、ボリビアには、沿岸部を取り戻した時に備えて海軍(内陸国である為、水軍の方が適当と言える)を持ち、毎年3月23日を海の日として、旧領回復を夢見ている。

 ボリビアと違って、イスラエル王国は失った領土、という訳ではないが、内陸国は、海に面していない分、何かと不便だ。

 戦争をして、海洋進出を果たしたい、という気持ちは分からないではない。

 特に今は、16世紀。

 21世紀と比べて、人命は軽視され、簡単に戦争が起きる時代だ。

「どうでしょうか?」

「友好国の提案ですから、御検討したい所ですが」

「はい」

「我が国は、平和主義を掲げています。如何なる戦争にも加担しません」

「然し、我が国は、貴国との交易の為に―――」

「お気持ちは有難いのですが、戦争は、貴国の事です。我が国は、関与しません」

「……兄弟国なのに、ですか?」

 その言葉に大河は、激しく反応を示す。

「貴国とは対等な関係です。兄も弟もありません」

「では、我が国は滅んでも良いと?」

「そうは言っていません。貴国の防衛戦争には、義勇軍をお送りします。ですが、それ以外には、加担しない、という意味です」

「……はぁ」

 NOと言えない日本人、と現代では言えるが、大河は白洲次郎並にはっきりと自分の意見を主張出来る日本人だ。

 表面上、永世中立を標榜している日ノ本だが、その実は、世界一の軍事大国なので、義勇軍を送りさえすれば、やりたい放題だ。

 国軍だと国家が関与している事になり、義勇兵だと兵士の個人的な行動として、突き通す事が出来るからである。

 例

 朝鮮戦争            :中国人民志願軍

 クリミア危機・ウクライナ東部紛争:リトル・グリーンメン

 その為、戦略上、重要視している友好国には、義勇兵を送るが、それ以外は、基本的に不干渉なのが大河の考え方であり、日ノ本の外交方針である。

「本国にその様に御伝え下さい。では」

 大河は、疲れた様にお辞儀するのであった。


「お疲れ様でした」

 松姫が、俯せの大河の胴体に跨って、肩を揉む。

 鶫、与祢、アプト、小太郎、珠は、其々それぞれ、右足、左足、腰、右太腿、左太腿の担当だ。

「疲れたよ」

 先程以上に大河は、リラックスしていた。

 傷病中の仕事は、正直、苦である。

「有難う。楽になった」

 手を軽く振ると、松姫達は、一旦、離れる。

 大河が仰向けになると、先程通り、其々、担当場所を再び指圧し始める。

 日本指圧協会元会長・浪越徳治郎なみこしとくじろう(1905~2000)の名言『指圧の心は母心、押せば命の泉湧く』通り、指圧は、個人差があるが、大河にはよく効く。

「松」

「はい?」

「……眼帯、似合っている?」

「はい♡」

 松姫が、眼帯に触れる。

「有難う」

 人生初の眼帯なので、大河としては、似合っているかどうか分からない。・

「接吻しても?」

「ああ」

 2人は、見詰め合い、久し振りに愛を確かめ合う。

 仕事中は、極力、避けているのだが、左目を失って以降は、生きる喜びを知ったのか、頻度が高くなっている。

「……お慕い申し上げます♡」

「俺もだよ」

 松姫を抱き締めつつ、大河は考える。

 清に対する次なる一手を。

(……明の革命軍は支援した。後は、内乱を誘発させるか)

 幸い清は、度重なる戦争による出費と、先の北京での大爆発により、民衆の間に政治不信が高まっている。

 それに清は、多民族国家だ。

 民族対立を煽れば、清各地で暴動が起き、更に清は、弱体化する筈だ。

 余り知られていないが、令和4(2022)年1月1日現在の日本はスパイ防止法が無い事から、スパイ天国と揶揄される程、情報に弱いが、戦前は、凄まじかった。

 日露戦争の際は、明石元二郎が諜報で大活躍を見せ、戦勝の影の功労者になった。

 この時の活躍ぶりを、

 陸軍部参謀次長の長岡外史は、

『明石の活躍は陸軍10個師団に相当する』(*1)

 ドイツ帝国の皇帝カイザー、ヴィルヘルム2世は、

『明石元二郎1人で、満州の日本軍20万人に匹敵する戦果を上げている』(*1)

 と称えたとされている。

 太平洋戦争中は、ソ連の諜報員であるゾルゲ等を特別高等警察が捕らえて、死刑に処す等、防諜でも一定の戦果を挙げている。

 これらの例から決して、情報力が弱い民族ではないのだ。

「(……若殿)」

 鶫が囁く。

「(楠公の御顔になっていますよ)」

「おお、気付かなった。有難う」

「いえいえ♡」

 鶫とも接吻する。

 それに珠達も続くのであった。

 

 大河が、療養中で、仕事を減らしている為、侍女達も暇だ。

 その為、城内の侍女の9割は、有給休暇を使い、残りの1割で、最低限の仕事をこなす事になる。

「ねぇねぇ」

 普段、遊び相手の侍女も帰郷した為に、必然的に与免等、子供達も又、暇だ。

「ねぇねぇ」

「……あ、俺?」

 乳母車の心愛を熱心に見ていた大河は、そこで袖を引っ張る与免に気付いた。

 子煩悩の為、子供の事になると、他の事は、正直、二の次だ。

 悪気は無いのだが、結果的に無視してしまった事を大河は、気にする。

「御免ね。気付かなかった。どうした?」

「おめめ、だいじょーぶ?」

 恐る恐る、与免は指差す。

 人に向かってのその行為は余り褒められたものではないのだが、大河は、そんな事で怒る程、礼儀作法に厳しく無い為、今回も黙認だ。

「ああ、大丈夫だよ」

「いたくない?」

「うん。有難うね。気を遣ってくれて」

「うん♡」

 与免は、嬉しそうに懐から飴を取り出しては、大河の掌に握らせる。

「……これは?」

「おみにゃい」

「……お見舞い?」

「うん♡」

 舌足らずで気付くのに遅れた。

 飴でお見舞いなのは、何とも与免らしい。

「有難う」

 受け取って、その場で封を開ける。

 後で食べる、という事も出来なくはないが、その場で食べるのが、正解だろう。

「えへへへ♡」

 (*´σー`)エヘヘ

 与祢も嬉しそうに、大河が飴を舐める様を見守る。

「美味しいよ。有難う」

「うん♡」

 首肯した与免は、今度は、からの手を差し出す。

「何?」

「おみないのおれ~」

「……分かった」

 お見舞いのお礼を強要されるのは予想外だが、拒否する理由も無い。

 言われた通り、握手すると、与免は笑顔で抱き着く。

「だっこ♡」

「……それも?」

「うん。駄目?」

「いいや。有難う」

 指示通り、大河は抱っこする。

「えへへへ♡」

 先程以上に破顔一笑。

 大河は、この時、与免の本音を知らなかった。

 大河が心愛を溺愛しているのを見て、嫉妬し、今の様な行動を取っている事を。

 簡単に言えば、離間工作なのだが、流石にこんな幼子が、無意識の内にそんな手法を採っているのは、誰が思うだろうか。

 3歳といえども、前田利家と芳春院ほうしゅんいんの娘である。

 無意識且つ無自覚の上で、その素質を継いでいても可笑しくは無い。

「しゃななさま」

「うん?」

「ねえさまたち、すき?」

 与免目線だと、姉は3人居る。

 最初に嫁いだ幸姫、そして、摩阿姫、豪姫である。

 幸姫とは歳が離れている為、余り接点が無いが、摩阿姫、豪姫は歳が近い分、非常に仲が良い。

 幼い与免は、自分だけが贔屓されるのは、負い目があった。

 そんな想いから来る質問である。

「うん。好きだよ」

「およめさんになれる?」

「大丈夫だよ」

 家柄良し、教養良し、歳も若い。

 結婚適齢期になれば、自ずと、縁談の申し込みが殺到する筈だ。

「自由恋愛もお見合いも、どっちでも良いよ」

「そうじゃなくて」

 勘の悪い大河の反応に、与免はあからさまに不機嫌になった。

「さななさまにとつぐの」

「俺ん所?」

「ん」

 大きく首肯すると、与免は、期待に満ちた眼差しを向ける。

「駄目?」

「ううん……誾に要相談だな」

「たちばなさま?」

「ああ」

「さななさまは、きめれない?」

「今迄、散々、好き勝手やって来ているからね」

 日ノ本の黒幕であるが、女性関係に関しては、後世の歴史家の多くは、悪く評するだろう。

 然し、キング牧師やガンジー、マザー・テレサ等の様に、聖人といえども、良い話ばかりだけではない為、こればかりは、致しかない話だろう。

「う~ん……」

 与免は、眉を顰めて、暗に決断力の無い大河を責める。

 20人以上、側室や婚約者、愛人を作っている癖に何を今更、清廉潔白ぶる必要があるのだろうか。

 子供ながらに、不思議な話である。

「まぁ、好きだよ」

 適当に話を打ち切ると、大河は、与免の機嫌を直す為にお菓子が沢山準備されている貯蔵庫に向かうのであった。


[参考文献・出典]

 *1:半藤一利 横山恵一 秦郁彦 原剛『歴代陸軍大将全覧(大正篇)』

     中公新書ラクレ

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