第526話 幽愁暗恨
万和5(1580)年6月2日夜。
大河は伊万、浅井家三姉妹と幸姫、それに最近、嫁いで来た、小少将、綾御前、井伊直虎、甲斐姫、早川殿の10人と一緒に河原町を歩く。
幸姫は、左右に摩阿姫、豪姫と手を繋ぎ、背中では与免を抱っこ紐で密着させている。
大河も又、抱っこ紐で伊万を背負い、左右には、直虎と甲斐姫。
他の3人は、婚姻歴がある為、ちょっとやそっとの事では殆ど動じない。
それでも新婚であるので、一定の距離を保っている。
若しかしたら、直虎、甲斐姫が疲れた所を狙う、
「さなな様♡」
「うん?」
伊万が背後からおねだり。
「あそこでゆーしょく食べたい」
「分かった」
全員に視線で問うと、皆、「大丈夫」と頷く。
「じゃあ、入ろう」
「やった♡」
伊万は熱烈に頬擦りを行うのであった。
伊万が選んだ店は、寿司屋であった。
大人数の為、カウンターだと他の客の迷惑になる可能性があるので、当然、個室だ。
隣室には、小太郎、楠、鶫、アプト、与祢、ナチュラが居る。
珠は、光秀のファースト・ファミリーとして、慰労会に周っている為、居ない。
「おしゅし、おしゅし♡」
与免は、鮪が御気に入りの様だ。
大河の膝の上で、伊万と姉達と共に食べている。
幸姫達は、子供達の様には爆食いしないが、それでも美味に浸っていた。
「西京味噌の味噌汁、美味しいわね」
「
「鯖寿司、好き♡」
「鰊蕎麦も良いよ」
「笹かれい、おかわり御願いします」
「この小鮎の甘露煮、御願いします」
其々、幸姫、小少将、直虎、早川殿、綾御前、甲斐姫だ。
「あにじゃ、はい♡」
「有難う」
豪姫は、大河に卵焼きを食べさせる。
それも何皿も。
卵焼きは好きだが、流石に何皿も続くと飽きてしまう。
「豪、有難いんだけど、次は別の物、頼む―――」
「じゃあ、これ」
豪姫よりも早く伊万が反応した。
彼女が差し出したのは、
大河は、苦笑いだ。
「有難いんだけど、雲丹、余り好きじゃないんだ」
「へ~。意外」
小少将が、寄り掛かった。
「高級なのに?」
「高級でも好き嫌いはあるよ」
「そうなの? てっきり、毎日、雲丹や鮪を食べているのかと」
「全然。貧乏舌だよ」
あっかんべー、と大河は舌を見せて笑う。
世間的に上級国民の
ファーストフード店を好み、極論、3食それでも構わない。
コンビニエンスストアの弁当も好む。
逆に高級料亭には、特別の用事が無い限り、足を運ぶ事は殆ど無いのだ。
綾御前は微笑む。
「庶民派ね」
現代日本では、政治家が選挙前に庶民派をアピールする事があるが、大河は、真の庶民派と言えるだろう。
唸る程の金持ちだが、贅沢に全くと言っていい程、関心が無い。
それ所か、飲み歩きもしない為、お金は貯まる一方だ。
勤務先の御所や国立校と居城を直行直帰する様は、妻達としても不倫の心配が無い為、有難い。
唯一の
「あ、そうだ。忘れてた」
大河は、懐から、小さな箱を取り出す。
「なになに?」
真っ先に摩阿姫が食いついた。
「これだよ」
パカッと開くと、
「「「「おお」」」」」
直虎、甲斐姫、早川殿、小少将、綾御前は、喜んだ。
「結婚指輪だ」
それを五つ取り出すと、1人ずつ、渡していく。
山城真田家では、婚約者は婚約指輪。
結婚すると、結婚指輪を大河から贈られる風習がある。
贈られる時期は、大河が多忙の為、何時になるかは分からない。
「……漸く、ね」
幸姫は、自分の左手の薬指に
これで彼女達は、自分と同位だ。
何れ、珠等もそうなるだろう。
嫉妬するが、彼女達の笑顔を見ると、その感情も薄れていく。
初めて結婚指輪を貰った日は、喜び過ぎて、その晩、大河が枯れる位、襲った程だ。
5人の反応は、三者三様であった。
「「「……」」」
寡婦である綾御前、小少将、直虎は、前夫との新婚時代を思い出したのか、落涙している。
「……」
早川殿も今川氏真との新婚時代が脳裏にあるらしく、感傷的だ。
唯一、婚姻歴が無い甲斐姫は、
「有難う御座います!」
と、何度も頭を下げ、大河に抱き着き、その頬に接吻の嵐だ。
御蔭で大河の頬は、返り血を浴びた様に、真っ赤に染まっていく。
「「「「………」」」」
伊万達には、その意味が分からないが、女性陣の反応を見ると、相当、幸せな事が分かる。
「ねぇねぇ、どうしてそんなに嬉しいの?」
5人が答えられる状況では無い為、大河が代わりに答える。
「これはね。婚姻の印なんだよ。幸、見てみ」
「「「「……」」」」
4人の八つの視線が、幸姫に集まる。
「指に着けてるだろ? あれで、既婚者って分かる様にするんだ」
「くろとめそで、みたいな?」
「おお、伊万はよく勉強しているな」
(`・∀・´)エッヘン!!
と、伊万は、どや顔。
「良い子だ。伊万、口、開けて」
「は~い♡」
褒美として、缶からドロップを一つ、投下。
頬張った伊万は、とても嬉しそうだ。
(*´Д`)
頬がとろけ落ちるかの如く、満足そうな笑みを浮かべている。
「あにじゃ、あにじゃ。わたしもけっこんしたら、できるの?」
「そうだな」
「どのゆびでもいいの?」
敏腕記者の様に、豪姫は、積極的に尋ねる。
「決まりは無いから、どの指でも良いよ。ただ、指によっては意味が変わって来るから知っておいた方が良いかもしれないね」
「どんないみがあるの?」
「幸」
「うん♡」
呼ばれて、幸姫が隣に座る。
大河は、幸姫の手を取って、分かり易く説明し始めた。
「まずは右手から。
親指は、『統率力を発揮する、信念を貫く』。
人差し指は、『集中力、行動力を高める』。
中指は、『魔除け、霊感を高める』。
薬指は、『心の安定、恋愛成就』。
小指は、『魅力上昇、自分らしさを発揮』―――だそうだ」(*1)
「「「「ふむふむ」」」」
4人は、一斉にメモする。
勉強熱心だ。
「次は、左手。
親指は、『信念を貫く、思いを実現させる』。
人差し指は、『積極性を高める、精神的な安定』。
中指は、『協調性を高める、人間関係を良くする』。
薬指は、『愛と絆を深める、願いを実現する』。
小指は、『恋の好機を引き寄せる』―――らしいぞ?」(*1)
「「「「ほー!!!!」」」」
恋バナが大好きな少女達には、この手の話は、大好物だ。
鼻息荒くメモに忙しい。
大河は4人の頭を撫でつつ、幸姫と甲斐姫の手の甲に接吻する。
「「あは♡」」
2人は身を
(見付けた)
カウンター席に居た、中国人
回教徒らしく、髭を伸ばし、辮髪は帽子で隠している為、周囲の日本人にはバレてはいない。
彼は、元々、清の高級将校であったが、先の日ノ本との戦争で敗戦し、その責任を問われ、地方の提督に左遷された。
その恨みから、密かに日ノ本に密入国し、戦争の英雄である大河の命を狙っていたのだ。
所持しているのは、
質感は、土器と陶器の間。
直径約20mの球状で、内部には、
・鉄片
・青銅片
・火薬
・硫黄
が詰められている(*2)。
「……」
日本酒を1杯飲んだ後、覚悟を決める。
昭和の時代、抗争中の暴力団組員は、相手の組員や事務所を襲う前に、覚醒剤を注射していた例があった。
映画では、流石にその描写は駄目なので、酒等で誤魔化しているが、董も又、相手が強大な以上、飲酒した上で、気を紛らわしたのだ。
「……」
お会計を済ます振りをして、個室に近付く。
そして、思いっ切り開け、放り込んだ。
「!」
直ぐに
キャッチし、投げ返す事は簡単だが、それだと店内で爆発し、多くの死傷者が出るだろう。
その為、大河は、叫んだ。
「全員、伏せろ!」
普段から武芸に秀でている、直虎、甲斐姫は、瞬時に伏せる。
幸姫も三姉妹を抱えて、同じく。
伊万、小少将、早川殿、綾御前の4人は、大河に抱き締められた。
直後、
元寇の際、馬を驚かす程の大きな音がする手榴弾だ。
その場に居た全員の聴力が、一瞬にして奪われる。
キーン、という音の中、大河は背中に熱を感じた。
続いて、足に激痛が走る。
感覚的に大河は、悟った。
(
と。
消防車と警察車両が寿司屋を包囲していた。
「もっと水を増やせ!」
「はい!」
消防士が放水し、警察官が野次馬対策を行う。
救急車には、四肢を損壊した重傷者が運び込まれていた。
『―――御覧の通り、現場は、戦場を彷彿とさせる惨状です。近くの体育館は。野戦病院と化し、各地から医師や看護師が救援に駆け付けています』
「「「「「……」」」」」
京都新城でそれを観ていた5人―――朝顔、誾千代、謙信、エリーゼ、千姫は胸騒ぎを覚えた。
現場は、河原町。
大河が10人を連れて行った場所だ。
「大丈夫、よね?」
「陛下……」
朝顔は、自然と涙を流し、誾千代に抱き着く。
「御注進! 御注進!」
鎧兜のまま、島左近が天守に駆け込んだ。
普段なら、住居侵入罪で斬り捨て御免だが、それを覚悟で来たのだ。
「大殿、負傷!」
「「「「「!」」」」」
「現在、宮内庁病院にて治療中! 他の奥方様は軽傷です!」
「直ぐ行くわ!」
叫び返した後、朝顔は、涙を拭った。
治療中なら、まだ回復の兆しがある。
誾千代達も頷く。
そして、女性陣は、病院に行く準備を始めるのであった。
[参考文献・出典]
*1:ゼクシィ HP
指によって意味が変わる?結婚指輪・婚約指輪はどの指にはめる?
*2:九州国立博物館季刊情報誌『アジアージュ』
*2:『長崎県北松浦郡鷹島周辺海底に眠る元寇関連遺跡・遺物の把握と解明』
(池田栄史 琉球大学法文学部教授)
*2:板垣英治「硝石の舎密学と技術史」『金沢大学文化財学研究』
2006-3-31 8巻 金沢大学埋蔵文化財調査センター
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