滅私奉公

第515話 栄枯休咎

 新妻四人衆、

・井伊直虎

・綾御前

・小少将

・早川殿

 は、基本的に古参に気を遣うが、大河から誘われれば、断る理由が無い。

 万和5(1580)年5月5日。

 4人は、大河と朝顔、誾千代、珠と共に入浴を楽しんでいた。

 場所は、亀岡の温泉宿。

 他の女性陣は、宿泊手続きチェックイン後、近くの道の駅に直行し、土産を選んでいる。

 大人数なので、当然、長時間になり易い。

 その為、比較的、早めに済ませた8人は、温泉宿にある美肌効果がある、とされる温泉を楽しんでいた。

 朝顔のみ湯帷子、他の7人は、手巾タオルで大事な部分は、隠しているものの、ほぼ全裸である。

 朝顔は、気軽に尋ねた。

「4人は、慣れた?」

「はい」

 4人の中で最も緊張していない早川殿が、代表して答える。

「陛下ともこの様に御一緒出来て光栄です」

「うんうん」

 上機嫌に訊く朝顔。

 美肌効果があるとされる温泉に浸かり、他の正室とも仲良く出来る。

 文字通り、『裸の付き合い』だ。

 尤も、座っているのは、やはり大河の膝の上なので、威厳は余り感じられないが。

「離縁は済んだ?」

「はい。三行半を突き付けて出来ました」

「円満離縁?」

「はい。これからは、真田の側室の1人として、山城真田家に尽くして参ります」

 山城真田家に「側室」は存在しない。

 それでも、早川殿がその様に表現したのは、朝顔に対しての配慮である。

「もう、気を遣わなくて良いのに」

 苦笑交じりに朝顔は、左隣に居た誾千代の腰を抱く。

「陛下?」

「私に遠慮せず、もう少し我儘になりなさい。なんだから」

「は、はい!」

 背筋を伸ばし、誾千代は、大河と密着する。

 大河は、妻を全員、「正室」と表現しているが、その中で最古参であり、愛されているのが、彼女だ。

 こればかりは、紛れも無い事実の為、朝顔も文句は無い。

「この愚夫ぐふは、ちょっと目を離せば、そそっかしいんだから。ちゃんと手綱を握っておきなさい。何れは、離れていくかもよ―――」

「朝顔、そんな事は―――」

「私は、可能性を言っているのよ。貴方は新妻を否定しておきながら断り切れずに作っているんだから、断定は出来ないでしょ?」

「う……」

 痛い所を突かれた。

 分かり易く、大河は苦虫を嚙み潰した様な顔になる。

「貴女達も知っておきなさい。この男は、想像以上に好色だから。私達が操作しなければ、今頃、100人はとうに越えていた事よ」

「「「「……」」」」

 4人は身震いする。

 4人共、同衾経験者だ。

 大河が夜中、小林一茶ばりに何度も何度も求めるのは、経験済みである。

 彼の愛に応え、そして操作するには、相応の体力も必要だろう。

「御注進! 御注進!」

 鶫が焦り顔で、大浴場に駆け付けた。

 普段は、雑賀孫六がその役目なのだが、流石に女湯―――然も、朝顔も入浴中だけあって、今回は、彼女らしい。

「如何した?」

「は」

 片膝をタイルに突き、鶫は報告する。

北京ぺきんにて大爆発。死傷者多数の模様」

「!」

 大河は、朝顔を抱っこしたまま立ち上がった。

 手巾が取れるも気にしはしない。

「原因は?」

「それが、緘口令で何も……」

「分かった」

 頷きつつも、大河は推測する。

(緘口令、と言う事は、軍関係の事故か?)

 軍では、爆発物を扱う事が多く、その為、大規模な事故になり易い。

 ―――

『①禁野火薬庫爆発事件(1939年3月1日 死者94人)

 砲弾の解体作業中に発火、倉庫内の弾薬に引火し爆発。

 近隣集落も飛散した砲弾等によって延焼。

 ②戦艦陸奥爆沈事件(1943年6月8日 死者1121人)

 広島湾沖柱島泊地で、戦艦陸奥の錨地変更の為の作業を行おうとしていた所、突然に煙を噴きあげて爆発し沈没。

 ③ポートシカゴの惨事(1944年7月17日 死者320人)

 カリフォルニア州ポートシカゴで汽船E.A.ブライアン号が爆発。

 欧州へ運搬予定の弾薬を積み込んでいる最中に起きた。

 高性能爆薬・焼夷弾・爆雷を始めとする弾薬4606tが既に積み込まれており、貨車上で待機していた残りの429tと一緒に爆発。

 死者の内、202名はアフリカ系で、これはWWIIで死亡したアフリカ系アメリカ人の15%にあたる。

④フォールド大爆発(1944年11月27日 死者70人)

 イングランド中部スタフォードシャー州にあるイギリス空軍のフォールド基地で発生した、イギリス本土では最大の非核爆発。

 地下で保管されていた数千tの爆発物、TNT換算で約2400~約2800t相当の爆発が起きた。

 原因は爆弾の修理作業中に、使用が禁止されていた金属製工具の使用で火花が生じ、それが爆弾を爆発させて周囲の誘爆を招いたと推測されている。

・地下爆発でエネルギーの大半が土に吸収された事

・人口の少ない農村地帯だった事

 から、被害は少なかった。

玉栄丸たまえまる爆発事故(1945年4月23日 死者115人)

 鳥取県西伯郡境町(現・境港市大正町)の岸壁で火薬を陸揚げ中だった旧日本軍の徴用船「玉栄丸」(937t)が爆発。

 その後の誘爆によって周辺の家屋431戸が倒壊焼失。

 陸揚げ中での休憩中に上等兵が投げ捨てた煙草が火薬に引火したのが原因(*1)。

⑥東安駅爆破事件(密山駅爆破事件とも 1945年8月10日 死者・行方不明者136人以上)

 南満州鉄道東安駅で、関東軍が撤退に当たって弾薬を爆破処分。

 安全確認を怠った為、ソ連軍進撃により満州を脱出し様とした満蒙開拓移民の集団が巻き込まれる。

⑦二又トンネル爆発事故(1945年11月12日 死者147人)

 福岡県田川郡添田町にあった日田彦山線未開通区間の二又トンネルに旧日本軍が保管していた約530tの弾薬を進駐軍の監督下で処分し様とした所、爆発。

 トンネルの上の山が吹き飛ばされる。

⑧伊江島米軍弾薬輸送船爆発事故(1948年8月6日 死者107人)

 米軍統治下の伊江島で、5インチロケット砲弾約5千発(125t)を積載した米軍の弾薬輸送船が接岸時に爆発、米軍統治下で最大の事故となった(*2)。

⑨鳴門市桑島岸壁魚雷大爆発(1951年1月29日 負傷者100余人)

 徳島県鳴門市桑島海岸で、旧軍の魚雷、砲爆弾、1t爆弾等を解体中に爆発。

 家屋全壊20戸、半壊100戸(*3)。

⑩ニェジェーリンの大惨事(1960年10月24日 死者100人以上、約200人とも)

 ソ連のバイコヌール宇宙基地でR-16大陸間弾道ミサイルの発射試験中にミサイルが爆発。

 初代戦略ロケット軍司令官のミトロファン・ニェジェーリン砲兵元帥も犠牲に。

 爆発の炎は50km離れた地点からも観測出来たと伝えられる。

 当時、この事故は政府によって秘匿され、1990年代になって漸く公表された』(*4)

 ―――

 これらはあくまでも一例で他にも、

・N-1ロケット爆発 (1969年7月4日 ソ連 被害不明)

・マイナー・スケール(1985年6月27日 アメリカ 被害無し)

・ブラザヴィル弾薬庫爆発事故(2012年3月4日 コンゴ共和国 死者250人以上 *5)

・バタ爆発事故(2021年3月7日 赤道ギニア 死者105人)

 と、多数の事例が報告されている。

 次に大河が考えたのが、化学薬品原因説だ。

 ベイルート港爆発事故(2020年8月5日)等の様に、これも又、多い。

「日本人の死傷者を確認しろ。居た場合は、即座に帰国させろ」

「は」

 先程迄、朝顔に責め立てられていた癖に、こういう時は、やはり玄人だ。

 そのギャップ性に、鶫と珠以外の女性陣5人は、惚れ直す。

 2人が冷静沈着で居られるのは、普段からその姿を見て来たからだ。

 無論、格好良い事は認める。

 然し、ここでデレたら、確実に大河の反感を買いかねない。

「格好良い……」

 人知れず呟いた直虎の言葉に、朝顔と同期の3人は、頷くのであった。


[参考文献・出典]

 *1:日本海新聞 2007年5月31日

 *2:沖縄県公文書館 伊江島米軍弾薬輸送船爆発事故

 *3:朝日新聞 1951年1月30日

 *4:ウィキペディア

 *5:AFP 2012年3月6日

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る