第520話 点滴穿石

 日ノ本では、国家が性産業を支援している為、公娼は、人気な職業だ。

 若しかしたら、軍人や警察官に次ぐ倍率を誇るかもしれない。

 然し、公娼は、一歩間違えば、性病に罹患し易い危険な職業である。

 その為、日ノ本では、早い時期から性教育を行っている。

「―――いいですか? 皆さん。相手と肉体関係を結ぶ時には、必ず避妊を行って下さい。望まない妊娠は、嫌でしょう?」

 女子生徒が挙手する。

「先生、望まない妊娠って何ですか?」

「好きでもない人の子供を孕む事です」

 赤線から来た公娼は、悲し気に続ける。

「その時は、品位も蔑まれ、その後の生活に悪影響を及ぼす可能性があります」

 別の女子生徒が、尋ねた。

「若し、孕んだ時は、もうお終いですか?」

「いえ、救済措置があります。必ず、福祉局に御報告し、出産の準備を進めて下さい。福祉局の許可が無い中絶は、殺人罪ですから」

「中絶が認められる事例は何ですか?」

「暴行された場合です」

「「「……」」」

 教室は、静まり返る。

 犯罪―――特に性犯罪は学校でする事ではないのだが、授業である以上、避ける事は出来ない。

「男子諸君、若し、相手を妊娠させた場合は、人生をかけて相手と子供を養いなさい。女子諸君、自分を大切にしてくれる男性と出逢いなさい」

 聴講していた摩阿姫は、反芻はんすうする。

(自分を大切にしてくれる男性……)

 思い当たるのは、1人しか居ない。

 実際、彼は、子供が出来たら全力で愛情を注いでいる。

 時には、ドン引きするレベルであるが。

 それでも育児放棄ネグレクトよりマシだ。

 鐘が鳴り、授業は恙無つつがなく終わった。


 全ての授業が終わると、摩阿姫は、ある部屋に行く。

 部屋の前には、既に沢山の女性陣が集まっていた。

・浅井家三姉妹

・楠

・珠

・与祢

 伊達政宗の妻・愛姫も居る。

「……」

 摩阿姫は、少し遠くで眺めていると、

「如何した?」

「!」

 いきなり声をかけられ、振り向く。

 背後には、先程連想した想い人―――大河が立っていた。

 朝顔、誾千代、謙信と共に。

 いつも通り、朝顔は左手、誾千代は右手。

 謙信は、1歩半ほど後ろだ。

「あの、その……」

 いきなりだった為、演技するのにあたふた。

「お、疲れ様でちた」

 そして、思いっ切り噛む。

 一瞬、大河は目を丸くした後、

「……ああ、御疲れ様」

 笑顔で応じ、右手で頭を撫でた。

「……♡」

 摩阿姫は自然と笑顔になる。

 そして、好意を再確認した。

(私、この人、好きなんだ)

 と。


 国立校の事実上のCEO最高経営責任者である大河は、平日、毎日、国立校に居る訳ではない。

 近衛大将として御所に出勤する日もあるのだ。

 その為、そういう日に限っては、誾千代等、他の者が代理を務める。

「いやぁ、陛下にこっ酷く叱られたよ」

「馬鹿ね」

 馬車の中にて大河は、苦笑いしていた。

 膝の上には、当然のように朝顔だ。

「一気に娶るからよ。陛下は、もうその辺は、諦めた御様子よ」

「……面目ない」

 項垂れる大河を誾千代が、優しく抱擁する。

 最古参として1番辛い筈なのだが、それでも嫉妬心を微塵も見せないのは、それ以上に大河を愛しているのだろう。

「全く」

 朝顔は呆れたまま、後頭部を胸板にすりすり。

 反省しろ、という意味だ。

 大河は、相当、落ち込んでいるのか、朝顔の後頭部に接吻した後、項垂れる。

 謙信がその頭を撫でた。

「陛下、猛省しているのですから。それ以上は……」

「……謙信がそう言うなら」

 日頃、大河に次いで、朝廷に貢献している謙信の言い分を、朝顔は素直に聞く。

 じー。

 視線を感じた朝顔は、振り返る。

 摩阿姫が興味津々に見詰めていた。

「御出で」

「良いんですか?」

「良いのよ」

 摩阿姫は、喜び勇んで飛び乗る。

「……」

「与祢も御出で」

「有難う御座います」

 与祢も摩阿姫に続いて行く。

 2人は、落ち込んだ大河の手を握り、その頭を撫でる。

「……有難う」

 乾いた笑いを浮かべる大河。

「仕方ありませんね」

 苦笑いの与祢は、頬に接吻する。

 正室の前なので、余り褒められた行為では無いが、好色家のこの男には、効果覿面だ。

「……有難う」

 作り笑顔から、本物のそれに変わる。

「「現金」」

 楠とお江は呆れ、

「「……」」

 茶々、お初も苦笑交じりに顔を見合わせる。

 珠と愛姫は、いつもの事なのだろうか。

「「……」」

 真面目に今日の授業の復習をしていたのだった。

 

 城に帰ると、愛姫が背伸びする。

「父上、御相談があるのですが」

「うん?」

「政宗様と東北に旅行に行っても宜しいでしょうか?」

「新婚旅行?」

「はい」

 伊達家では、愛姫との結婚が成立後、狂喜乱舞した。

 大河の実子ではないものの、彼から溺愛を受けている以上、山城真田家と十分なパイプ役になるであろう。

「良いよ。いつから?」

「父上の許可次第では、何時でも」

「急ぐのか?」

「輝宗様が『早く会いたい』と」

「せっかちだな。良いよ。楽しんでおいで」

「有難う御座います♡」

 愛姫は、大河の頬に接吻する。

「明日、出立し、帰る時は、早馬を走らせます」

「分かった」

 御辞儀し、愛姫は、敷地内の伊達家の屋敷へと向かう。

 今は通い妻だが、将来は、向こうで過ごす事になるだろう。

「……」

「寂しい?」

 累を抱っこした謙信が尋ねた。

「まぁな」

「あの娘は、無意識にでも父離れしようしているんだから、貴方も子離れする時よ」

「……そうだな」

 頷くと、

「だいじょーぶ?」

 豪姫に袖を引っ張られた。

「? 大丈夫だよ?」

「げんきだし」

 そう言って、彼女が差し出したのは、飴玉であった。

 これで元気になるのは、子供な気がするが、気持ちは有難い。

「有難う」

「いいのいいの」

 天真爛漫な笑顔に癒される。

 豪姫を抱っこし、

「気持ちが楽になったよ」

「ほんと?」

「ああ。御礼にカステラ用意するよ」

「! ほんと?」

「うん」

「やったぁ♡」

 パブロフの犬並に涎を垂らす。

 この世界の子供達には、カステラ等のお菓子は、毎日、食べても良い位のお気に入りだ。

 愛姫が巣立つ分、豪姫を可愛がる。

「あー……」

 累が嫌悪感を示した。

 実子は私だ、と。

「ほら、累が嫉妬しているわよ?」

「おー、累も愛してるよ」

「ふん」

 怒った累を抱き上げ、その頬に接吻する。

「累は、何処に嫁入りしたい?」

「ちちうえ♡」

「俺?」

「う~ん……」

 嬉しいが、血縁関係がある以上、難しい。

「有難う」

 大河は曖昧に笑い、その額に愛の印で接吻するのであった。

 

 最近は、事務に特化しつつある大河だが、現場を離れた訳ではない。

 隙間時間には、訓練を行い、体力、筋力が落ちないよう努めている。

「チェスト!」

 廊下を歩いていると、屋根裏から楠が飛び降り、木刀を振り上げる。

「「「「!」」」」

 御付きのアプト、与祢、珠、ナチュラが反応するも、大河より遅い。

 大河は、寸での所で交わし、手刀をうなじに叩き込む。

 鍛えていなければ、首を圧し折られていた事だろう。

 然し、日頃から鍛えている楠は、軽傷で何とか済む。

「もう、殺す気?」

「それは、こっちの台詞だ」

 大河は、木刀を膝で圧し折る。

「全然、負けてくれないね?」

 今にも吐きそう楠は、負け惜しみで睨み付ける。

「何で気付いたの?」

「それを勝ち誇って言うのは、二流だよ。自分で気付けた方が良い」

「え~……」

「若殿、良いですか?」

 与祢が挙手した。

「与祢、分かった?」

「はい。恐らくですが」

「じゃあ、解答者だ。良いよ」

「はい。畏れながら」

 与祢は、一つずつ指摘していく。

「屋根裏から足音が聴こえました」

「んな?」

 無自覚だった様で、楠は変な声を出した。

「もう一つ、『チェスト』という叫び声です。虚をつく事が狙いなのでしょうが、百戦錬磨の若殿には、自分の存在と襲撃を認知させる契機となってしまいます」

「う……」

「最後に、そもそも能力差がおありかと。若殿は、九州で龍造寺を討ち取った猛将です。その点、失礼ながら、楠様は、諜報に特化したくノ一です」

「……」

「人には得手不得手、というものが御座います。楠様は、若殿を剣術指南に御指名したいのであれば、それ相応の能力が必要かと。何時かは、死傷する可能性があります」

「……そうだね」

 ぐうの音も出ない正論に楠は、落ち込む。

 彼女が情報機関の副長官から昇格出来ないのは、これが原因であった。

 現在の長官・小太郎は、就任以前から、ハイスペックだ。

 現代で言う所のシールズ並にどんな過酷な環境下でも、必ず任務遂行するタフさが取り柄である。

 その点、楠は、まだまだ甘い。

 昇格試験で所々失点し、大河を急襲しても、ミスで気付かれ返り討ち。

 長官就任への道は長く険しい。

「……楠、若し、良ければ、特殊部隊の訓練に参加するか?」

「え? 良いの?」

「そんだけやる気があればな。ただ、厳しいぞ?」

「望む所よ」

「じゃあ、与祢。手続きを」

「は」

 こうして、楠の特殊部隊臨時参加が決まった。


 特殊部隊、というのは、大別して2種類存在する。

 一つは、警察系特殊部隊。

 現代で言う所のSAT特殊急襲部隊等がそれに当たる。

 もう一つは、軍隊系特殊部隊。

 これの有名なのは、特殊任務部隊スペツナズ等が筆頭に挙げられるだろう。

 日ノ本でもこれは、同じで、特殊部隊は、警察系と軍隊系に分かれている。

 楠が配属されたのは、国家保安委員会の軍隊系特殊部隊―――ではなく、近衛兵の部署であった。

 見知ったメンバーでは、

・鶫

・小太郎

・アプト

・ナチュラ

・与祢

・稲姫

 といつもの面々だが……

「初めまして、井伊直虎です」

 訓練場には、大河の新妻も居た。

「……何故、貴女が?」

「若殿より御命令を受け、ここに配属されました」

「……そう」

 新参者、と内心見下すが、直虎は、知ってか知らずか、余裕綽々だ。

 それ所か、笑顔で尋ねた。

「若殿の御寵愛、受けていますか?」

「……急に何よ?」

「宣戦布告ですよ」

 それから、微笑む。

「貴女を蹴落としますから」

「!」

 挑発に乗った楠は、クナイを投げる。

 然し、仰け反って避けられた。

「!」

 驚いている間に直虎は、距離を詰め、足払い。

「う!」

 楠が倒れた後、直虎は、跨る。

 そして、その首筋に小刀をあてがう。

 当然、他のメンバーの死角を突いてだ。

「古参の側室なのに、全然弱いのね?」

「……殺すの?」

「それはしないわ。折角、若殿のお気に入りになったんだから」

「……」

「副長官の要職を譲りなさい。負け犬」

「……死ね」

 嗤って楠は答えた。

 直虎は、何も言わず、納刀する。

「……大口叩き」

 短い間に楠は、2連敗したのであった。

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