第513話 天下三分

 同期がどんどん祝宴を挙げる中、

(……ヤバいかも)

 1人、出遅れた私は、焦っていた。

 ボーイッシュな顔立ちは、大河好みである。

 然し、現時点で何の誘いも無い。

(……私って選考外なのかな?)

 不安になる。

 世間的には、”東国無双の美人”(*1)と称されているのだが、まさかこれ程とは。

「……」

 私は、忍城おしじょう城主にして父親・成田氏長を思い出す。

 時勢を読み間違え、北条家と共に没落の一途を辿る原因を作ってしまい、後悔し、痩せ細っていく姿を。

 若し、あの時、上杉方のままならば、今、成田家は、政権側の一員として、要職ポストに就けていたかもしれない。

『直虎様は、夜這いで成功したらしいわよ』

「!」

 襖の向こうから聞こえてくる侍女の会話に私は、直ぐに耳を澄ます。

『夜這いねぇ……よく、出来るものね』

『そうそう。若殿が寛容だからこそ良いけどさ。多分、機嫌を損なったら、怖いわよ』

『やっぱり?』

『優しい人が怒ったら、何時も不機嫌な人より怖いじゃない?』

『そうね』

「……」

 私は、自分の容姿プロポーションを姿見で確認する。

 一応、大丈夫な筈だ。

(夜這いかぁ……)

 考えてはいたが、失礼と思い、実行に移せていなかったのだ。

 でも1人では、自信は無い。

(……小少将様はどうなのかな?)

 自分同様、未だ大河と関係を持っていない筈だ。

 1人だと不安だが、2人だとそれは、軽減出来る。

 それに小少将は、前夫との経験がある。

 先輩として、色々、教わる事があるだろう。

「……」

 思い立ったが吉日。

 私は、決心し、小少将様の部屋に向かうのだった。


 私の部屋に甲斐姫が来た。

「不安ねぇ……」

 心愛様に母乳を与えつつ、私は考える。

「あの人は、自分から接近しないだけで、大丈夫よ」

「でも……」

「はぁ……世話の焼ける」

 と、言いつつも、私は良い機会だと思った。

 この娘同様、私は、真田と肉体関係が無い。

 その点、井伊直虎は抱かれ、早川殿も今川氏真との離縁を進めて、再婚に舵を切っている。

 その為、私達よりも2人の方が、重用される可能性があった。

「……分かったわ。でも、輪番制を崩しかねない行為だから、その危険性は分かっている?」

「……はい」

「じゃあ、行くわよ」

 心愛様が眠った時機を見計らって、乳母車に乗せる。

 そして、鈴を鳴らす。

 チリンチリン。

 数秒後、侍女が来た。

「交代ですか?」

「はい。御願いします」

「はい」

 乳母は、沢山居る為、子供を1人にする事は無い。

 私達は、提灯を手に、廊下を出た。

「部屋は初めて?」

「はい」

「今日の当番は、松様、幸様、阿国様の筈。良かったわね。えりーぜ様等ではなくて」

「……はい」

 夜這いをするには、時機も必要だ。

 嫉妬心の強い奥方と鉢合わせすると、斬捨御免に遭う可能性がある。

 今までその様な記録は無いが、記録を隠蔽する事に長けている真田の事だ。

 真田の部屋の前まで来ると、鶫、小太郎が立哨していた。

 2人は、私達を見るなり、槍を向けた。

「何?」

「何ですか?」

 2人は、敵意剥き出しだ。

 井伊直虎が警備を突破したから、玄関前で立哨しているのだろう。

「真田様に御用件がありまして、来ました」

「……」

 甲斐姫の緊張した態度に、2人は、

「「……」」

 察した様で、

「「……失礼します」」

 身体検査ボディーチェックに入った。

 衣服の上から下まで、念には念を入れて。

 身内ではあるが、暗器の確認は、真田の指示なのだろう。

 何処までも人を信用していない。

 その臆病さが、生き長らえている証拠だろう。

「……はい」

「どうぞ」

 2人は、嫌々、私達を通す。

 真田とは愛人の関係だが、嫉妬心は、それなりにある様だ。

 私は、嫌味たらっしく言う。

「有難う御座います」

 その瞬間、2人は目を見開くも、唇を噛んで殺意を抑える。

 私達は、それを感じつつ、寝所に入った。


 寝所に入ると、真田が起きていた。

「今回は、正々堂々だな」

 傍らには、

・松姫

・幸姫

・阿国

 が、夜着を脱ぎちらかした状態で、倒れる様に眠っていた。

「小少将、操は良いのか?」

 昼間とは打って変わった、偉ぶった口調。

 だが、それは、威圧的ではない。

 どちらかというと、英雄の様に感じられた。

 若しかすると、昼間の低姿勢は演技で、こっちの方が本物なのかもしれない。

「仕官した時に捨てました」

「……そうか」

「再婚してくれるんですか?」

「御望みならな」

「……」

 私は、ドンっと、甲斐姫の背中を押す。

「ふぁい?」

 その様子に真田は察した。

「君が差し金か?」

「ええっと、その……」

「……」

 イラっとした私は、今度は更に強く押した。

 甲斐姫は、真田に抱き着く恰好になる。

「あわわわわわわ」

 混乱して発狂寸前だ。

(貴女が提案者でしょ?)

 私の突っ込みも他所に、真田は、呆れ顔で抱き締める。

「どうする? 撤退するなら、今の内だぞ?」

「……」

 涙目の甲斐姫は、覚悟を決めたのか、目を閉じた。

 接吻の合図だ。

「……はぁ」

 溜息を吐いた後、真田は、眠っていた松姫を抱き寄せては、

「……」

 悪戯っ子の様に嗤う。

(あ)

 私がそう思った瞬間、真田は、松姫に代わりに接吻させる。

 ちゅっと。

「!」

 甲斐姫は、驚く。

 ファーストキスであろう、それを真田ではなく、松姫であったから。

「zzz……」

 松姫は、相当、疲れているのらしく、それでも起きない。

 それ所か、笑っている。

「真田様ぁ♡」

 夢の中では、真田とした様になっているのだろう。

 涎を垂らしている様は、正直、気色悪い。

 甲斐姫は、真田を睨むも、彼は何処吹く風。

 甲斐姫の頭を撫でつつ、私を見た。

「それで……どうなんだ?」

「勿論、やる気よ」

 私は、服を脱ぐ。

 前夫との思い出は、今晩限り。

 私の今の夢は、第二の愛王丸を生む事。

 朝倉家とは違い、この家の看板だと、一の谷の様になる可能性は少ない。

 私は、布団に侵入し、愛に加わった。


 翌日の朝食。

 大河は、早川殿に詰められていた。

「真田様、私よりも先に手を出すのは、如何かと思いますが?」

「……済まない」

 大河の周りには、昨晩、に遭った、甲斐姫、小少将の両名。

 更には、井伊直虎、綾御前も陣取っている。

 一方、古参の女性陣は、額に青筋を立てている。

「「「……」」」

「全く……今晩の夜伽には、私も参加しますからね?」

「離縁の手続きは?」

「何処かの馬鹿の所為で、もう三行半ですわ」

「……御免なさい」

 あれ程、夜、偉ぶっていた癖に、昼間は、平身低頭だ。

 小少将には、大河が二重人格に見えた。

 少し恐怖心を感じるものの、暴力性は無い為、問題は無いだろう。

「姉上、もう少し自重されては如何でしょうか?」

 謙信が苦言を呈す。

 最近では、自分の当番日に一緒に同衾するから、その分、回数が減少傾向だ。

「良いじゃない。姉妹なんだし」

「……ですが―――」

「大丈夫。奪わないから」

 綾御前は、妖艶に舌なめずり。

 大河が嬉しそうに笑った途端、

「ごふ!」

 ペットボトルが、大河の顔面に直撃。

「兄者の馬鹿」

 犯人・お江に朝顔達は、拍手喝采。

「良い子ね」

「よくやったわ」

「祝杯よ」

 大河は、鼻を赤くしつつ、起き上がる。

 本来だったら、怒る所だが、これは自業自得だ。

「大丈夫ですか?」

「ああ」

 絆創膏を持って来たアプトに遠慮し、大河は、お江の下へ歩み寄る。

 ぷりぷり怒っていたお江の前で、土下座した。

「済まん」

「……ふん」

 それで少し、怒りが軽減したのか、お江は大河の顔を上げさすと、

「兄者に罰。全員を必ず幸せにする事」

「分かってるよ」

「なら、良し」

 仏頂面だが、一応は、許しを得た様だ。

「3貫(約11・25㎏)のぱふぇ、買って」

「多いな」

「全員分だから」

「分かったよ」

 家庭内では、どうあっても妻には、敵わない。

 譲歩が戦争を避ける唯一の手段だ。

 安易にDV家庭内暴力を選ばない大河に、時に怒りを感じつつも、過ごし易さを感じる女性陣であった。


 数時間後、キンキンに冷えた特大のパフェが届けられる。

 11㎏もある為、当然、お江1人では、食べる事が出来ない。

「えへへへ♡」

 幸せそうにお江は、皆と頬張る。

 大河にしな垂れかかっていたお市が、呟く。

「貴方」

「うん?」

「有難うね。我儘を許してくれて」

「我儘?」

「黙らす事も出来たのに」

 当主として家長として、威圧的に封じる事は可能だ。

 それでもしなかったのは、大河らしい。

「……」

 心愛もお市の母乳を飲みつつ、大河を見ている。

「我儘は、俺の方だよ」

 お江に手招きすると、彼女は笑顔で、大河の膝に座った。

「好きなんだよ。全員が」

「私は何番目?」

「お江も1番だよ。皆1番」

「最低」

 思春期なのか、言葉が荒い。

 それでも離れないのは、お江も又、大河を愛している証拠であった。

 パフェを頬張りつつ、お市を見た。

「母上は、怒っていないの?」

「怒って治ると思う?」

「それは……」

「怒る時は、子供に手を出した時と、妻を捨て様とした時。その時は、刺し違えても良い位に怒るのよ」

「……うん」

 大河の性格上、それは、ほぼ無い。

 その為、お市の教えは、無意味にも感じられるが、お江は、納得した。

「後、新参者に嫉妬しちゃ駄目よ。この人は、必ず、私達の下に帰って来るんだから」

「……そうなの?」

「そうよ。新参者を抱いた後は、必ず立花様や上杉様、私等の下に来るんだから」

「……言うなよ」

 大河は、恥ずかしそうにお市を抱き締める。

「ほらね?」

「……私の所には、来ていないけれど?」

「それは、貴女に気を遣っているのよ。お江、幾つになった?」

「……16」

「勉強で忙しいでしょう? 若し、寝不足で登校したら、授業に差し支えが出るでしょう?」

「うん……」

「怒るのは、分かるけど、ちゃんと相手の事情も考えなきゃ、子供も出来ないわよ?」

「……」

「出来たとて、幸せにする事は出来ないわ。ちゃんと、余裕も見せなきゃ」

「……うん」

 お市の説諭に、いつの間にか、朝顔やお初等も集まって傾聴していた。

 年齢的に最古参に当たり、苦労人である彼女の話は、説得力がある。

 こうして分裂しかけた山城真田家ではあるが、大河の真摯な謝罪と、お市の協力をあって、一つに纏まるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:著・小沼十五郎保道 訳、解説・大澤俊吉

   解説『成田記』歴史図書社 1980年

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