第509話 次郎法師

 子育ての経験者である小少将と早川殿は、心愛等の乳母に配置された。

 反対に、未経験者である甲斐姫、井伊直虎の2人は、大河の小姓として採用される。

 本来、小姓は、衆道に発展し易いのだが、大河は、秀吉同様、異性愛者ストレート

 男性も居るのは居るのだが、好色家な分、男性よりも女性を採用しがちだ。

 その為、日ノ本の武家では、最も女性の割合が大きい。

 無論、性別だけで選んでいる訳ではなく、内容も重視している。

「又、増えた」

 朝顔は、頭痛の種が増えた様で、侍医じいから処方された頭痛薬を飲んでいた。

 それから、大河を睨む。

「もう陛下も愛想を尽かしているわ。呆れてらっしゃるわよ」

「……面目ない」

 謝る大河だが、その周りには、与免と与祢がスライムの様にへばりついている。

 与免が大河から金平糖を貰っているのを、与祢が注意しているのだ。

「与免様、それだけ食べると、夕食の時、満腹ですよ?」

「い~や~」

「若殿も無暗矢鱈むやみやたらに餌付けするのは、お止め下さい」

「いいじゃん。申の刻(現・午後3~5時)だし」

 子供は、多くの場合、3時のおやつを好む。

 前田家の栄養事情は、分からないが、山城真田家では、子供におやつを提供するのが、ほぼ慣例だ。

 無論、栄養士と相談の上でだが。

「そうするから、必要以上に懐き、将来、側室になるかもしれませんよ」

「う……」

 与免は、じ登っては、大河の頭を撫でる。

「いいこいいこ」

 と。

 ヾ(・ω・*)なでなで

 何が良い子なのかは、よく分からないが、恐らく、叱られている所に同情したのだろう。

 朝顔も子供には、優しい。

「与免も良い子だよ」

「えっへん」

 (`・∀・´)エッヘン!!

 褒められた、と胸を張る。

 無邪気な与免の笑顔に、朝顔は母性が刺激され、

「もう……」

 と、抱っこするのであった。


 前田家三姉妹が加わった事で、城内は、以前よりも賑やかになった。

 与免が縦横無尽に走り回り、小少将と早川殿、それに与祢が追いかける。

「にゃぱ~♡」

「こら、走り回っちゃ駄目よ!」

「御待ち下さい! 与免様~!」

「早い!」

 3人が囲んでも、超一流のサッカー選手の様に、その包囲網を突破していく。  

 その間、摩阿姫、豪姫は、綾御前から授業を受ける。

「良いですか? お二人は、何れは、人の上に立つ可能性があるのです。高位者になれば成る程、大きな責任を伴います。犯罪は、勿論の事、醜聞はもってのほかです」

「「……」」

 2人は、正座して聴講していた。

 芳春院の教育が良かったのだろう。

 高僧の様な、綺麗な姿勢だ。

 ただ、難しい内容らしく少し眠そうだ。

 同時刻。

 天守では―――

「兄者、たまには、ここで逢引するの良いね?」

 笑顔のお江が、お米を研いでいた。

 その隣では、お初がカレーの入った鍋を御玉で掻き混ぜていた。

 大河も俎板の上で野菜を切っている。

「そうだな」

「兄上、微塵切り、御上手ですね?」

「有難う」

 手元を一切見ずに人参を切るのは、上級者だろう。

 日本にカレーが伝わったのは、明治時代とされている。

 然し、日ノ本では、イギリスと友好関係を結んでいる為、印度からイギリス人によってもたらされた。

 その為、現代日本同様、カレーが一般的に流通している。

 福神漬けと辣韭らっきょうは、アプトが厳選した物だ。

 カレーの香ばしい匂いが部屋を包み込む。

「……出来たっぽいな」

「兄上、御毒見を」

「へいへい」

 城主に毒見をさせるのは、問題外だが、大河は気にしない。

 小皿に1杯盛ると、匙で掬い、食べる。

「……うん。美味い」

「私の御蔭ね」

 お江は、満足そうだ。

 白米しか作っていないのだが、この言いよう。

 大河は、苦笑いしかない。

「そうだな」

 匂いに引き寄せられ、お市が心愛を抱っこして、やって来た。

咖喱カレー?」

「だ?」

 今では、国民食の一つになり、子供人気も高いカレーを心愛が見逃す訳が無い。

 涎を垂らし、呼吸が荒い。

「……だ!」訳:食べたい!

「でも、熱いよ?」

「だ!」訳:食べたい!

「少し冷ましてからな?」

 こういう場合を想定し、甘口に作られている為、心愛も食べれる可能性がある。

「だ♡」

「お市、心愛って初めて?」

「多分。私は、食べさせた事は無いから」

 反応を見る限り、好感触だ。

 アプトが心愛用のを盛ると、フーフーした後、渡す。

「心愛様、どうぞ」

「だ!」訳:有難う!

 直後、案の定、

「あちち」

 と、舌を火傷する心愛であった。


「直虎、貴女まで来たの?」

「申し訳御座いません。千様」

 侍女になってから数日後、井伊直虎は、千に呼び出されていた。

 元康を抱っこし、呆れ顔だ。

 部屋には、稲姫も居た。

「……」

 自分が新妻と思っていたのに、早くに送られて来た為、不満顔だ。

「その……直政からも『早く貰い手を』と」

「……全く」

 千姫は、頭を抱えた。

 井伊直政―――”井伊の赤鬼”と称される猛将だ。

 赤鬼は、武具を赤色(或いは朱色)で編成された部隊を指す、『赤備え』が由来である。

 歴史上で最も有名なのは、この『井伊の赤備え』の由来となった武田家のそれであろう。

 最初に率いたのは、”甲山の猛虎”と称された、飯富おぶ虎昌とらまさ(1504~1565)。

 所謂、切り込み隊長として、武田家の拡大に大きく貢献した。

 然し、元禄8(1565)年、義信事件に連座し、切腹に処された。

 空位になった赤備えを率いたのは、虎昌の弟(甥とも)であり、後、武田家四天王の1人に数えられる、山県昌景(1515/1529~1575)。

 虎昌、昌景は、『甲陽軍鑑』で勇将である事を書かれている為、白羽の矢が立ったのだろう。

 又、その後の昌景の活躍ぶりを見ると、引継ぎが成功した、と言える。

 武田氏が滅亡後は、井伊直政が旧臣を受け継ぎ、それを『井伊の赤備え』とした復活させた。

 この部隊は、史実の小牧・長久手合戦(1584年)で”井伊の赤鬼”として、恐怖の対象になったのである。

 そんな猛将も、養母が未婚なのは、余り気持ちは良くは無い様で、度々、結婚を進めていたのだ。

 直虎の父で直政の祖父に当たる、直盛(1506?/1526?~1560)は、桶狭間合戦で戦死。

 同じく母であり、祖母に当たる、祐椿尼ゆうちんに(?~1578)も既に鬼籍に入っている。

 折角、平和な時代になったのだから、極楽浄土の父母も結婚を勧めている事だろう。

 千姫が、難しい顔で問う。

「貰い手ね……貴女自身のは癒えたの?」

「!」

 その瞬間、直虎は入眠時の痙攣ジャーキングの様にビクッとした。

「……はい」

 頷くも、その表情は暗い。

 直虎には、かつて婚約者が居た。

 名は、直親なおちか(1536~1563)。

 父を今川義元に殺され、桶狭間合戦時には、今川方に属していた井伊氏19代当主である。

 その後、地元・遠江国は、『遠州錯乱』と呼ばれる混乱状態となり、その際、家老・小野道好(?~1569)の諫言を受けた今川氏真の疑心暗鬼を呼び、その陳謝の為に駿府に向かう途中、今川家の家臣で掛川城城主・朝比奈泰朝(1538?~?)の襲撃を受け、暗殺された(*1)。

 その後、道好も合戦で家康に敗れ、処刑され、泰朝も元亀2(1571)年以降、消息は不明だ。

 一説では、徳川家の家臣の1人、酒井忠次に仕えた、とされるが、明確な証拠は無い。

 婚約者を殺され、その原因を作った者も後に処刑され、直接、手を下した者は行方不明。

 当時の遠江国の荒れ具合が分かるだろう。

 この時代から考えると、安土桃山時代は司法がしっかり動き、治安も維持されている為、驚くほど平和だ。

「……もう、分かったわ」

 諦めた千姫は、稲姫に元康を預ける。

「『直親の事は忘れなさい』とは言わないわ」

「……」

「その代わり、覚悟を決めなさい。新たな人生を歩む為に」

「……その、旦那様を?」

「貴女次第よ。愛すも貴女次第。他に良い人を見付けるのも良いわ」

「……」

「ただ、私は、独身には、反対よ。ずーっと、貴女は、引き摺っているからね」

「……はい」

 否定出来ない。

「強要はしないけれど、ずーっと独り身は、辛いわよ? 立花様、上杉様、お市様を御覧なさい。孤独感は無いでしょ?」

「……はい」

「第二の人生よ。折角、太平の世なんだから、武芸を磨くのも良いけれど、人生を楽しむ事も大事よ」

 その後、千姫は、元康を見た。

 大河との愛の結晶だ。

「……稲様は、どうですか?」

「私? 幸せよ。妊活中だけどね」

 稲姫は、高い高いする。

 キャッキャ、と元康は楽しそうだ。

「産んだら育児もある程度する予定よ。まぁ、それも済んだら、復帰するけどね?」

「え? 復帰されるんですか?」

「当たり前よ。上杉様が良い例よ。全然、武芸はそのままだし」

 山城真田家では、乳母や侍女が沢山居る為、育児を任せ、武芸等を楽しむ時間がある。

 無論、余りにも、そっちばかりに気を取らていたら、問題視され、法的に親権を剥奪される可能性があるのだが、山城真田家の女性陣には、その心配は、現時点ではない。

 謙信の様に、育児と妊活、それに武芸を両立出来ているのは、ホワイト企業の山城真田家ならではだろう。

「……」

 寿退社が嫌な直虎は、安堵した。

 職場復帰出来るのならば、不安せず働けるだろう。

「……今夜、夜討ちします」

 直虎の目に炎が灯った。

 ”井伊の赤鬼”の養母だけあって、それは激しい。

 千姫、稲姫は微笑む。

 信頼している新たな仲間が加わった、と。


[参考文献・出典]

 *1:千葉篤志「相次ぐ一族・家臣の死と、直虎登場の背景とは?」

    歴史と文化の研究所編『井伊一族のすべて』洋泉社 2017年

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