第510話 天道無親
万和5(1580)年4月30日深夜。
この日は、珍しく、大河は1人で就寝していた。
妻達が増え、夜伽の頻度も高まっているが、やはり、1人で寝たい時もあるし、何より、余りにも行い過ぎると、依存症になってしかねない。
「zzz……」
1人で熟睡していても、枕元にはベレッタと日本刀を置いている。
城内は、身内で固められているが、それでも油断しないのが、大河の人間性だろう。
「……!」
何の合図も無く、覚醒する。
そして起き上がり、帯銃と帯刀した。
「……」
天井を見る。
小太郎が反応しない所を見ると、勘違いの可能性もあるが、兎の様な臆病な性格である以上、大河は、熟睡出来ない。
人間不信、と言った所だろうか。
一種の
「……」
呼吸を整えた後、大河は探る。
「……」
殺気が無い事が分かると、布団の上に座る。
「……用があるなら入って来い。無いなら出てけ。じゃなきゃ、殺すぞ?」
数秒後、襖が開く。
「……よく分かりましたね?」
「軍人だからな」
侵入者・井伊直虎は、西洋風の
形の良い胸に、綺麗なシックスパックは、流石、軍人だ。
「侍女の癖に夜伽か?」
「いけませんか?」
「……千が怒らないか?」
「許可は貰っています」
「嫉妬深い千が?」
「はい」
「……」
直虎は、大河の前に座る。
「この通り、何も武器は持っていません。勿論、暗器も」
「……婚約者は良いのか?」
「!」
明らかに直虎は、動揺した。
「……その、ええっと……」
自然と涙が溢れる。
結婚前、愛を育む前にその夫婦生活が失われたのだ。
「……済まん。話したくなければ話すな」
「……いえ、大丈夫です」
涙を堪え、気丈に振る舞う。
「……」
「私は、第二の人生を歩む為にここに来ました」
「……ほう? 千の提案か?」
「それもありますが、最終的な決定は、私自身がしました」
「……」
「一応、確認するが、俺は容赦しないぞ?」
「……はい。歩ませて下さい」
「「……」」
2人は、見つめ合い、激しく接吻する。
その夜、2人は、一つになった。
直近では綾御前に続いての新しい肉体関係だ。
「……」
明け方、横で眠る直虎の頭を撫でつつ、
「(小太郎)」
「(はい)」
天井の板が外され、小太郎が覗かせる。
「(何故、対処しなかった?)」
「(主の御好みかと)」
「(……分かった。休め)」
「(御意)」
小太郎が下がった後、大河は、寝所を出て行く。
まだまだ薄暗い中、向かうのは、
警備兵の侍女が、大河を通す。
部屋に入り、そのまま寝室に直行。
そこでは誾千代が、布団で熟睡していた。
「……貴方?」
「済まん」
「夜這いに来たの?」
「……ああ」
大河の体に染みついた直虎の香水の香りに、誾千代は気付いた。
それでも、責める事は無い。
直虎を抱いた直後、真っ先に夜這いに来たのだから、罪悪感に苛まれ、夜這いに来た事が伺える。
正確には、『朝駆け』かもしれないが。
「本当に貴方は、過去に傷を負った女性が好みね?」
「……そうだな」
誾千代を抱き締める。
未だ明け切らぬ中、2人は、愛を再確認し合うのであった。
耳聡い侍女達は、噂し合う。
「(綾御前様に続いて、井伊直虎様もお抱きになられるとは)」
「(若殿もお好きよね。次は、誰になるのかしら?)」
「(甲斐の御姫様か、蔵春院では? 時機的に)」
一応は、城外に漏れない様に気を遣っているのだが、それでも、城内では多弁になり易い。
「……」
摩阿姫は、それをしっかりと聞いていた。
子供というのは、案外、大人の会話をよく盗み聞きしているものだ。
綾御前の下で習字をしているのだが、そんな会話を周囲でされたら、集中出来るものも集中出来ない。
(この人が……)
普段、済ましている癖に、夜はどうなのだろうか。
よくよく見ると、以前より、綺麗に磨きがかかっている様にさえ感じられる。
恋をすると女性は美しなる、とされる俗説通りだろう。
「……」
「摩阿様」
「ふあ?」
墨汁が垂れ、衣服が汚れていた。
綾御前は、頭を掻いた後、
「御疲れならば、一旦、休憩と言う事で」
アプト達に新しい着物を用意され、半刻(1時間)もの休憩時間を貰った私は、天守へと階段で上がる。
城主が大変な好色家である事から、天守は女性が多数派なので、男臭さは、微塵も無い。
どちらかというと、非常に女性色が強い。
基本的に良い匂いがするし、何よりどの部屋も整理整頓され、散らかってはいない。
女子大生の部屋と誤認する事も出来るかもしれない。
最上階に着くと、階段前で、ばったり。
「累、背伸びた?」
「かも?」
「うんうん、良き哉良き哉」
廊下で累の身長を測っていた。
壁際に立ち、そこに線が引かれている。
累は、真田様に恋をしているらしく、2人きりの時は、新妻の様な笑顔だ。
女心の変化に聡い城主だが、愛娘の恋心には、気付いていない様で、常に父娘として接している。
我が国では、近親婚に反対の立場なので、恐らく、累は失恋に終わる可能性が高い。
「お、どった?」
気軽な真田様。
この話し易さが、支持基盤の厚さの一つと思われる。
「おなかすいた」
「了解。
「たべりゅ―――!」
舌を噛み、私は悶絶。
「大丈夫か?」
真田様は、すぐさま私に駆け寄る。
無理矢理、抉じ開ける事はしない。
私が自然と口を開けるまで待つ姿勢だ。
「あ……」
「あ~あ」
呆れ笑う真田様。
少しムカつくが、御令嬢よりも私を優先して下さったのは、非常に嬉しい。
「……」
累が、威圧感を出しているが、気にしない。
「ちょっと上機嫌になり過ぎたな。血は出ていないけど、一応、松に診てもらいなさい」
「え~おひゃしは?」
「その舌じゃ無理だと思うぞ?」
「……食べたい」
「松の診断次第だよ」
真田様は、愛人・鶫に目配せし、松姫を呼ぶ。
医学的知識はある様だが、やはり専門的に学んでいる松姫には、敵わない。
私の頭を優しく撫でつつ、笑顔で言う。
「今度な?」
「……うー」
唸るも、真田様は、苦笑いするだけ。
あー、もうムカつく。
何この人。
甘えさせてくれるのは、有難いが、ちゃんと
松姫に摩阿姫を預けて、再び、天守に戻ろうすると、
「さなださま~♡」
とてとてと豪姫がやって来た。
「おー、如何した?」
大河は、胡坐を組んで同じ位の目線になる。
「おかし~♡」
「食べたい?」
「うん!」
相変わらず、元気だ。
前田家三姉妹の筈は、病弱の筈なのだが、昼間は
若しくは、空元気で周囲を余り心配させたくない配慮か。
「……」
じーっと、見ていると。
「にゃ?」
純粋な瞳で見返す。
恐らく、山城真田家内で、最も綺麗な瞳であろう(大河調べ)。
「夜、ちゃんと寝れてる?」
「うん! なに~?」
「若し、体調不良なら、遠慮無く言うんだぞ?」
「うん~!」
笑顔で答えては、豪姫は膝に飛び乗る。
「てなわけでおかし~♡」
「分かったよ」
下ろすと、豪姫が手を出す。
「うん?」
「あくしゅ~」
「はいよ」
身長差の関係上、大河は猫背で合わせる。
父娘程の年の差もあるが、2人は、手を繋いで、天守へ行く。
そして、大河の部屋に入ると、
「だー!」
「きゃははは!」
「うまうま♡」
「……」
累、元康、デイビッド、猿夜叉丸が御菓子を食べていた。
「あ、若殿。お帰りなさいませ」
「アプトは、いつも時間通りに有難う」
「いえいえ」
4人に御菓子を提供していたアプトは、疲れを隠して笑う。
「御疲れ様。休んで良いよ」
「有難う御座います」
アプト→OUT
珠 →IN
大量に侍女が居る為、簡単に休む事が出来る。
代わりに入った珠は、豪姫を覗き込んだ。
「この子もですか?」
「そうだよ」
他家でも同居する以上、実子同等に育てる。
元々、
他家出身者も、最初こそ緊張はあれど、慣れれば都だろう。
豪姫も仲間に加わり、累達と一緒に洋菓子の試食を始めた。
「これ、どう?」
「おいし~よ♡」
「おっほ~♡」
平和なのは、良い事だ。
暫くすると、与祢が呼びに来た。
「あ~あ、やっぱり」
「どうした?」
「綾御前様が『半刻を過ぎたのにも関わらず、豪様のみ不参加なので、探すのにご協力下さい』と」
「そうだったのか」
初耳だった為、豪姫を見る。
与祢が来たが、相変わらず、お菓子に夢中だ。
将来に役立つ勉学よりも、目先の食欲の方が大事らしい。
子供だから、優先事項が御菓子なのは、仕方の無い事ではあるが。
「俺から説明しておくよ。与祢も混ざり」
「え? 良いんですか?」
「それだけ
床には、池が出来ていた。
我慢しているのは、明白だ。
何れは、湖になるかもしれない。
「済みません」
「良いよ。問題無い」
と、そこへ、謙信が来た。
やり取りを見ていたらしく、
「甘いわね~」
と、苦言を呈す。
「優しさと甘さは、別物よ」
「分かってるよ」
「家長なんだから、そこは、もう少し考えて下さいな」
「済まん」
「全くもう」
呆れた謙信は、大河の手を握る。
「反省しているのならば、お酒を」
「何でだよ」
「良いから良いから。昼間酒も良いじゃない」
謙信に押され、大河は仕方なく彼女とお酒を買いに行く。
子供の他にも、妻にも甘々な夫であった。
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