第492話 独立不覊

 卒園式が終わると、後は、家族の時間だ。

 各々、家族と合流し、運動場にブルーシートを敷き、花見を始める。

 山城真田家では、直近にもしている為、今春2回目となるが、言わずもがな制限は無い。

 なので、何度でも楽しむ事が出来る。

 今回の料理のテーマは、「出羽国(現・山形県、秋田県)」だ。

 その為、その地域の料理が並ぶ。

 現在の山形県(*1)に当たる地域からは、

・食用ぎく御浸おひた

・だし

・納豆汁

寒鱈どんがら

・芋煮

・しょうゆの実

・うどと凍み大根のどんころ煮

・わらびたたき

・塩引寿司ずし

・くきたち干しの煮物

・玉こんにゃく

・卵寒天

・鱒のあんかけ

・おかひじきのからし和え

・からかい煮

・ハタハタの湯上げ

・青菜漬

・おみ漬

・雪菜のふすべ漬け

・あけびの味噌詰め焼き

・うこぎの切り和え

・鯉のうま煮

・ひょう干しの煮物

・くじら餅

・笹巻き

・遠山かぶの粕汁

・塩くじら

・冷やしる

孟宗もうそう

 この中で釈妙英が推しているのが、塩引き寿司だ。

 これは、ハレの日に欠かせない郷土料理である。

 卒園式、という今の時機には、まさに相応しいだろう。 

 現在の秋田県(*2)に当たる地域からは、

・いぶり漬け

・西馬音内蕎麦そば

はたはた寿司

切蒲英きりたんぽ

・稲庭饂飩うどん

・男鹿拉麺

蓴菜じゅんさい

・比内地鶏料理

 と、こちらも多種多様だ。

 食物繊維がたっぷり詰まった蓴菜鍋は、「秋田美人の秘訣?」と謳われている為(*2)、女性陣の関心が高い。

「蓴菜って初めて聞いた。兄者、『じゅんさい』って、こっちでは『出鱈目』って意味だよね?」

「そうだな」

 近畿方言で「じゅんさい」は、

・「どっちつかず」

・「出鱈目」

・「好い加減」

 の意味を持つ(*3)。

 その為、近畿地方の人々には、「じゅんさい鍋」と聞くと、「出鱈目な鍋」と誤解するかもしれない。

 大河は、累の為に饂飩を切り分けつつ、説明する。

「これは、その語源だよ」

「え? そうなの?」

「蓴菜ってのは、ぬめりがあって箸で掴み難いから、最初は、『掴み所が無い』、それが転じて、今の様な方言になったらしいぞ」(*3)

「ほぇ~」

 お江は、感心しつつ、蓴菜鍋を食べる。

 伊万を連れて最上義光と各所に挨拶周りをしていた釈妙英が、やって来た。

「真田様、この度は、本当に御出席して下さり有難う御座います」

「伊万も喜んでいます」

 夫婦は、笑顔だ。

 娘の晴れ姿を色んな人に見せる事が出来たから。

 最初、会った時は、大河に委縮していたが、時間が慣れさせたのか。

 それとも伊万がパイプ役になっている為か。

 最初程の怯えは無い。

「いえいえ」

 大河は、謙遜しつつ、与祢を手招き。

 伊万が居る時は、与祢も一緒じゃないと、彼女の機嫌を損ねるのだ。

 これが、大河が導き出したであった。

 与祢を膝に乗せると、

「……」

 彼女は、分かり易く、笑顔になる。

 逆に伊万は、作り笑顔だ。

 2人の間には、他人からは見えない視殺線が繰り広げられている。 

「父上~♡」

 終業式を終えた愛姫が飛びついてきた。

「おう、御疲れ様」

「疲れた。肩もみして」

「はいよ」

 (∀`*ゞ)エヘヘ

 遅れて伊達政宗が到着。

「義父上、御疲れ様です」

「ああ、御疲れ」

 政宗は、チョコンと太刀持ちの様に横に座った。

(あ、嫉妬しているな)

 雰囲気で察した大河は、愛姫を抱っこして、

「政宗」

「え? あ、はい」

 お姫様抱っこさせる。

『傾国の美女』という言葉がある様に、時に女性は、国をも亡ぼしかねない魔性の力がある。

 具体的には、妲己等の悪女が有名だろう。

『史記』によれば、妲己は、炮烙ほうらくなる処刑を愉しみ、「酒池肉林」の言葉をも作った。

 彼女に骨抜きにされた帝辛ていしんは、悪政の限りを尽くし、最後は、祖国・殷を敵対国家の周に滅ぼされ、彼は、焼身自殺。

 妲己も又、斬首刑に遭った。

 愛姫は、妲己の様な悪女感は無いが、大河にも政宗にも愛されている事から、選択を誤れば、彼女を巡って、山城真田家対伊達家の内部抗争になる可能性も十分にあり得る。

 そこで、大河が目を付けたのが、『三国志』に登場する二喬の大喬、小喬の姉妹だ。

 2人は、『三国志』には欠かせない絶世の美女として有名な様に、孫策、周瑜に目を付けられ、其々それぞれ、大喬は孫策、小喬は周瑜の妻になった。

 この結果、孫策と周瑜は、義兄弟となり、絆が深まり、後漢の発展に貢献していく事になる。

 大河が可愛くて仕方が無い養女を政宗に嫁がせたのは、この様な成功例に倣ったのも理由の一つであった。

 その為、政宗との敵対は、必要以上に避けるのだ。

「父上―――」

「夫優先だ。政宗、愛でろ」

「は。愛♡」

 政宗は、笑顔を振り撒く。

 可愛い盛りの娘を嫁がせて、更にこんな発言は、現代の父親達は、難しいだろう。

「ずんだ餅を作って来ました―――」

「食べる」

 パブロフの犬並に愛姫は、涎を垂らす。

 花より団子とはまさにこの事だ。

 大河は、その頭を撫で、

「食いしん坊だなぁwww」

 と笑うのであった。


 今回、出された料理の中で、最も大河が興味を抱いたのは、寒鱈汁であった。

 稲庭饂飩も良いが、出羽国の郷土料理では、こちらが1番だろう。

「……アプト」

「はい?」

 アプトも気に入ったのか、寒鱈汁を何杯もおかわりしいている。

「これさ、城で採用出来るか? 難しいならば大丈夫だが」

「料理長と相談した上で検討させて下さい」

「ああ、頼んだ」

 大河は、献立の決定権を有していない。

 希望する際は、毎回、アプトを通してからその合否を委ねている。

「だ?」

「累、これは、あらだよ?」

「アラ?」

「そうだよ」

「「「「……」」」」

 累、デイビッド、元康、猿夜叉丸、心愛は粗に興味津々だ。

 鍋に覗き込んで、浮いている粗を凝視している。

 この様な食事では、子供達が骨で喉を詰まらせない様、骨を事前に取っている為、事故が起きる事はまず無い。

「おさかなさん……」

 水族館で見た魚が溶けた姿に累は、悲しそうだ。

「悲しいね」

「……」

 こくり。

「でも、食べなきゃ人間は、死んじゃうからこれは仕方の無い事なんだよ」

「……」

 泣きそうな顔で、魚の残骸を見詰めている。

「だから感謝して食べなきゃいけないよ?」

「……合掌?」

「そうだよ」

 大河が頷くと、累は、目を閉じて手を合わせた。

 祝い事ではあるが、こうして教育するのもありだろう。

「しゃなな様」

「うん?」

 伊万に袖を引っ張られた。

「おいわい、おいわい」

「おお、そうだな」

 今回の主役は、伊万だ。

 伊万を中心に行動しなければならない。

「アプト、皆を頼んだ」

「は」

「与祢」

「はい♡」

 指名された与祢が駆け付ける。

「おいおい、頬、汚れるぞ?」

 御飯粒を取ると、与祢は、顔を赤らめた。

 こんな感じで→(/ω\)

 伊万がむすっとするが、大河の手をに握ると、噴水がある広場まで強引に引っ張る。

「んだよ?」

「おいわい、おいわい」

 その一点張りだ。

 大河は、頭上に「?」を浮かべつつ、付き合う。

 広場に着くと、伊万が振り向いた。

「しゃなな様」

「うん?」

「りょかんになりたい」

「旅館? 女将って事?」

「ちがう」

 フルフルと首を横に振る。

「りょかん」

「旅館?」

 又、首を振る。

 与祢が囁いた。

「(若殿、女官では?)」

「あー、そっちか」

 大河は、伊万と近くのベンチに連れて行き、一緒に座る。

「女官になりたい、って事?」

「……」

 大きく頷いた。

「何処の?」

 選択肢は、三つ考えられる。

・実家の最上氏

・現在、人質にされている山城真田家

・朝廷

 これ以外の他家だと縁故主義ネポティズムを重視している事がある為、採用は容易ではない。

 朝廷もハードルが高い為、実質、最上氏or山城真田家になるだろう。

 大河の予想では、最上氏であったが、伊万は、

「……」

 真っすぐ、彼を見て、指を指した。

「あなた」

 と。

 他人へのこの行為は、当然、失礼ではある。

 なので、与祢が眉を顰めたが、直後、大河に握手された為、実力行使には出ない。

「女官ねぇ~」

 日ノ本では、戦後、『帝による平和パクス・インペラートル』の下、女性の社会進出が凄まじい。

 態々わざわざ、女官のみを選ぶのは、ごく少数派だろう。

「なりたいの?」

「……」

 こくり。

「……そうかぁ」

 伊万の身分は、人質だ。

 然し、事実上、食客でもある。

 それが女官になるのは、とても複雑な事だ。

 まず、最上氏に帰らせ、一旦、人質としての身分を解き、その後、女官として採用するのが、一般論だろう。

「実家は分かってる?」

「はい。ははうえと、そーだんずみです」

 釈妙英が「宜しく御願いします」と言ったのは、この意味の様だ。

「最上殿は?」

「いってない」

「どうして?」

「しんぱいするから」

 子供なりに父親の心配を分かっている様だ。

 伊万の提案は、有難い話である。

 山城真田家の女官は、産休で欠員が出る場合がある為、その際、どうしても人が要る。

 又、時は、ベビー・ブームだ。

 産休が重なったら、多くの女官が必要となる。

「有難う。でも、女官は、義務教育修了後が良いな」

「ぎむきょーいく?」

「来月から初等科だろ?」

「うん」

「それを卒業したら次は、中学校。それを卒業した時、修了だよ。あと10年かな?」

「えー……」

 露骨に嫌な顔だ。

「よねは?」

「この子はね。法律が出来る前から働いていたんだよ。だから、合法なんだ」

 児童労働は、現代、国際問題になっている。

 日ノ本でも児童労働は、非合法化され、現在、法律で禁止されている。

 然し、法律が成立する前から働いている子供に関しては、親の事情等がある為、労働基準監督署が精査した上で問題が無ければ、働けるのだ。

 与祢が勤務出来ているのは、事業主の大河が、彼女が戸惑う程の休みを与え、更に、勉学が出来る様、環境整備もしている為である。

「後、与祢の場合は、女官だけど、正式には、見習いだよ」

「え?」

 アプト、珠、ナチュラ同様、仕事を熟す、バリバリのキャリアウーマンである与祢だが、未成年の為、同じ仕事内容でも、地位は見習い扱いだ。

 与祢を抱っこし、その頭を撫でる。

「若し、女官を望むならば、アプトが詳しいから彼女に聞いてくれ。若しかしたら、短時間でも働けるかも―――」

「!」

 伊万の目が光り、大河に御辞儀。

 そして、何処かに走り去っていく。

 多分、アプトの所だろう。

 与祢が不満げに尋ねた。

「彼女を採用するんで?」

「俺に人事権は無いよ。採用するかどうかは、アプト次第だ」

「……はい」

 シュンと項垂れる。

 ライバルが女官になろうとしているのだ。

 テンションも下がるのは、当然だろう。

「与祢は与祢の事を考えるんだ。じゃあ、逢引するぞ?」

「え?」

「折角2人なんだ。嫌ならしな―――」

「します」

 大河の膝から飛び降りると、与祢はその手を握り、先程の伊万の様に引っ張っていく。

 伊万の感触を忘れさせる様な強引さと凄い力で。

(対抗心だな。良い事だ)

 大河は、満足し、2人と逢引に行くのであった。 


[参考文献・出典]

 *1:農林水産省 HP うちの郷土料理

 *2:全国津々浦々に伝わる古里の味 郷土料理ものがたり HP

 *3:札埜和男 『大阪弁「ほんまもん」講座』 新潮社 2006年

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