第475話 国色天香

 行事には、ラナも布哇ハワイ王国代表として出席している。

 ♪ ♪ ♪

 ウクレレの美しい音色と共に布哇ハワイ人達がフラダンスを披露していた。

 2240年という節目の年だけあって、各国の熱の入れ様は、半端ない。

 参加国がこれ程までに協力的なのは、政治的思惑も当然ある。

 日ノ本は、世界で唯一の超大国。

 戦車や戦闘機等は、未だにどこの国でも開発されていないのだ。

 いうなれば、1940年代、唯一、核兵器を持っていたアメリカの様な感じだろうか。

 大河が不安視しているのは、当時、アメリカに潜入していたジョルジュ・コワリ(1913~2006)の様な仮想敵国の諜報員の存在だ。

 ジョルジュは、暗号名コードネーム『デリマル』として、米軍内部に深く侵入。

 警備が厳重だったのに侵入が容易だったのは、彼がアメリカ生まれだったからである。

 そこで彼は、マンハッタン計画の情報をソ連に提供し、ソ連の核開発に大きく貢献した。

 彼が居なければ、冷戦すらなく、アメリカはベトナムやアフガニスタンでも勝っていたかもしれない。

 この様な後世の歴史がある以上、大河は各国と友好関係を深めつつ、防諜体制を強化させ、諜報員スパイを発見次第、国家保安委員会に逮捕させている。


 式の最中、

「貴方♡」

 ラナが、しな垂れかかった。

 そして、耳元で息を吐く。

 妖艶に。

「どう? 我が国の文化は?」

「美しいよ。行きたくなった」

「有難う♡」

 布哇ハワイ王国の対日感情は、すこぶる良い。

 人種差別が当たり前の白人とは違い、同じ有色人種カラードであり、又、自分達に好意的な日本人を嫌う理由は殆ど無い。

 日ノ本が平和になった事で、無職になった侍達が新天地として、選ぶのも布哇ハワイ王国が多い。

 この国では、日ノ本の経済援助でどんどん発展し、成長著しい国家であり、又、先の大戦により、どこの職場も人手不足だ。

 特に軍では、国防的見地から、日本人の採用に積極的だ。

 いうなれば、バチカン市国のスイス傭兵やフランスやスペインにある外人部隊の様な形態が近いだろう。

 布哇ハワイ系であるナチュラも、今回は、布哇ハワイ王国側として参加している。

「真田様、祖国の建国記念日にも来て下さいよ」

「良いけど、朝顔次第だな。無許可は無理だ」

「分かっていますわ」

「2人共、私が居る前で口説くな」

 朝顔が睨む。

 2人は、直ぐに大河から10cm位離れた。

「全く、真田よ。貴様は何故、艶福家えんぷくかなんだ?」

 頭を抱える朝顔の背中を、大河は優しく撫でる。

 朝顔は、上皇にも関わらず、高御座を帝に譲り、自分は、大河の膝を選んでいた。

 今でこそ即位で使用されている高御座だが、『延喜式』(927年成立)等の文献によっては、組み立て式で、


・即位の礼

朝賀ちょうが


 等、重要な儀式のみ使用され、儀式が終われば、撤去される物であった、とされる(*1)。

「今日位は、自制出来んのか?」

「御免」

 早々に謝り、式に集中する。

 布哇ハワイ王国の演奏が終わった途端、花火が発射される。

 その数、約3万発。

 三尺玉と四尺玉の共演である。

「わぁ、綺麗……!」

 先程までの苛々いらいらは、花火の美しさで消えゆく。

 子供の様に、朝顔は膝の上で大はしゃぎだ。

 帝も笑顔だ。

「あれは、真田の発案か?」

「は」

 横に控えていた近衛前久が答える。

「出席して下さった各国への返礼として、御用意しました」

「良い事だ。然し、多いな」

 花火の値段は、以下の通り(*2)。


 サイズ:花火玉の直径:値段(円)    :開花時の直径:打上高度

 3号玉 :9cm     :3千~4千    :60m     :120m

 4号玉 :12cm    :5千~7千    :130m    :160m

 5号玉 :15cm    :9千~1万1千  :170m     :190m

 6号玉 :18cm    :1万5千~1万7千 :220m     :220m

 7号玉 :21cm    :2万4千~2万7千 :240m     :250m

 8号玉 :24cm    :3万5千~4万   :280m     :280m

 尺玉(10号玉):30cm:5万~7万    :320m     :330m

 二尺玉:60cm    :50万~70万   :480m     :500m

 三尺玉 :90cm    :130万~170万  :550m     :600m

 四尺玉 :120cm   :250万~280万  :800m     :800m


 1発当たりこの値段なので、大ききなるにつれて庶民は、中々、四尺玉には、手が出し辛い。

 10発上げただけで、単純計算で2500万~2800万円だ。

 この位のお金なら、家や車の方を選ぶのが、多数派だろう。

「流石に血税を遣い過ぎでは?」

「いえ、今回の式典の経費は、一切、税金が投入されていません」

「何?」

 帝は、我が耳を疑った。

「まさか……」

 そして、大河の方を見る。

 相変わらず、朝顔に尻に敷かれ、ラナともいちゃいついている。

 良い御身分(?)だ。

「真田が、全額負担を?」

「はい」

「……厚意は有難いが、流石に甘え過ぎだ。今後は、禁止するんだ」

「そうしたいのも山々ですが、真田が居なければ皇室は、後土御門帝、後柏原帝、後奈良帝の時代に戻ってしまいます」

「う……」


・後土御門天皇(103代 在位1464~1500)

・後柏原天皇 (104代 在位1500~1526)

・後奈良天皇 (105代 在位1526~1557)

の3代、93年間は天皇の権威が最も墜ちた時代であり、世の中も荒廃していた事もあり、皇室の経済状況は、厳しいものがあった。

 これが好転したのは、史実だと、正親町天皇(106代 在位1557~1586)の時期だ。

 105代・後奈良天皇が崩御された際、皇室は即位の礼を挙げる程の経済力は無く、正親町天皇は、弘治3(1557)年に即位したものの、肝心の儀式は出来ずにいた。

 そんな正親町天皇に接近したのが、中国地方の雄・毛利元就だ。

 永禄2(1559)年、時代で言えば、桶狭間合戦の前年に彼は、即位料・御服費用を献納。

 これで正親町天皇は、永禄3(1560)年1月27日に無事、即位の礼を挙げる事が出来た(*3)。


『毛利元就は即位料・御服費用として総額2059貫400文を進献し(*4)、正親町天皇は、元就に褒美として従四位下・陸奥守(毛利氏の祖先・大江広元が陸奥守だった)という官位を授け(*5)、皇室の紋章である菊と桐の模様を毛利家の家紋に付け足すことを許可した(*6)。

 また後年、元就後裔の毛利元徳を藩主とする長州藩が帝国政府を樹立した後の明治41(1908)年、この功績により元就に正一位が贈位された』(*7)


 現代の価値観だと賄賂にも見えるかもだが、当時、皇室は、それに頼る程、困窮していたのだろう。

 この世界では、大河が元就的な立ち位置だ。

 ただ、元就と違って、官位や家紋に興味を見せず、只管ひたすらに献金に徹しているが。

(奴は、正成公の生まれ変わり……なのか?)

 湊川神社の主祭神である楠木正成は、後醍醐天皇の下で、戦った忠臣中の忠臣だ。

 足利尊氏との戦いで、彼の軍事的才能を評価し、和睦を提案する(*8)も、一蹴され、公家達から鼻で笑われて(*9)も尚、後醍醐天皇を裏切らなかったのは、ある意味、大河並の忠臣であろう。

「近衛」

「は」

「真田に正一位じょういちいを授けよ」

「!」

 正一位―――位階及び神階の一つで、諸王及び人臣における位階・神社における神階の最高位に位し、従一位の上にあたる(*7)。

 史実での有名な受章者は、以下の通り。

 *受賞日順

・藤原不比等

・藤原仲麻呂

・藤原種継

・源融

・藤原時平

・菅原道真

・徳川家康

・徳川秀忠

・徳川家光

・徳川家綱

・源満仲

・源経基

・徳川綱吉

・徳川家宣

・徳川家継

・徳川吉宗

・徳川家重

・徳川家治

・徳川家斉

・徳川家慶

・徳川家定

・徳川家茂

・楠木正成

・新田義貞

・岩倉具視

・和気清麻呂

・徳川光圀

・島津斉彬

・毛利敬親

・徳川斉昭

・毛利元就

・北畠親房

・豊臣秀吉

・織田信長


 等と、いずれも錚々そうそうたる面子だ。

 これに大河が加えられるのは、相当な快挙だろう。

万和5(1580)年現在、巨勢徳多こせのとこた(? ~658 叙位日不明)が初めて受賞して以来、76人の受賞者が居るが、源通宗(1168~1198 後嵯峨天皇の外祖父)が仁治3(1242)年を最後に受章者が途絶えている。

 今年、大河が授かれば、338年振りの快挙だ。

「陛下、御言葉ですが、真田は官位に興味が無い人間です。丁重に拒否される可能性が―――」

「構わん。奴にはそれが似合う」

 咲き乱れるその花火の数々に、帝は、大満足するのであった。


[参考文献・出典]

*1:和田萃京都教育大名誉教授(日本古代史)(asahi.comマイタウン・奈良「大極

   殿は何に使われたの?」2010.4.28)

*2:イベント打ち上げ花火演出サービス専門 斉藤商店 茨城県結城市 HP

*3:ベン・アミー・シロニー『母なる天皇―女性的君主制の過去・現在・未来』

   訳・大谷堅志郎 講談社 2003年

*4:宮本義己「戦国大名毛利氏の和平政策―芸・雲和平の成立をめぐって―」

   『日本歴史』367号 1978年

*5:編・三卿伝編纂所 監修・渡辺世祐『毛利元就卿伝』

   マツノ書店 1984年

*6:ベン・アミー・シロニー『母なる天皇―女性的君主制の過去・現在・未来』

   永井路子 他「武家政権はなぜ天皇を立て続けたのか」『月刊現代』2月号

   1992年

*7:ウィキペディア 一部改定

*8:『梅松論ばいしょうろん

*9:山本隆志 『新田義貞 関東を落すことは子細なし』 ミネルヴァ書房日本評伝選 

   2005年

  峰岸純夫 『新田義貞』 吉川弘文館〈人物叢書〉 2005年

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