一竿風月

第468話 愛財如命

 万和5(1580)年2月1日。 

 土田御前のテロを未然に防いだ大河は、再び平穏な日常生活に戻っていた。

「累は、泳ぎの天才だなぁ」

「だ!」

 温水プールにて、大河は子供達と水遊び。

 当然、溺れない様に浅瀬でしか泳がせない。

 言わずもがなだが、プールなので全員水着着用である。

 子供達の中で最年長の愛姫は、伊達政宗と一緒に泳いでいた。

「ここなら1年中、泳げますね」

「政宗様、古式泳法御上手♡」

 何だかんだで2人は、波長が合うらしい。

 この時代は、古式泳法(日本泳法)が、盛んだ。


『信長公記』によれば、信長は、3~9月までの川を泳ぎ、水練の達人となった(*1)。

 その盟友・徳川家康も『慶長見聞集』によれば、毎夏、岡崎城(現・愛知県岡崎市)付近の川で泳ぎ、それを99歳まで続けた、という。

 家康の家臣・善兵衛政綱の子である大河内政朝も10歳を過ぎると、三州(=三河国)の山や遠州(=遠江国)の天竜川(現・長野県、愛知県、静岡県)等で、背に大石を背負って泳ぎ回り、小田原から1里先を泳ぎ、戻って往復し、その後、更に酒匂川さかわがわ(現・静岡県、神奈川県)を1里(=約4㎞)泳いだとされる(*2)。


 家康の99歳まで泳いでいた、という話は、現代日本人の99歳を考えると、途轍もなく元気な高齢者だろう。

 但し、彼の享年は、75歳(満73歳4か月)。

 99歳には、後24年足りない。

 なので、『慶長見聞集』の話は、


・作り話

・年齢が間違って伝わった


 のどちらかと見て間違いないだろう。

 又、成立時期が家康の死後の寛永(1624~1645)後期の為、もしかすると、家康を神格化する為、若しくは、彼の健康オタクとしての話が誤って作者・三浦浄心(1565~1644)の耳に伝わり、そのまま書かれたのかもしれない。

 兎にも角にも、家康は99歳まで生きてはいないのだ。

「だ!」

 デイビッドもバシャバシャとバタ足

 元康に至っては、海獺ラッコの様に仰向けで浮かんでいる。

 水温は、30度に設定されている為、どちらかというと、生温い温泉の様な感じも否めなくはないが。

 利用者からは、一切、不平不満が無い為、開設以来、この温度を保ち続けている。

 離れた場所では、妻達が泳いでいた。

「うわ! エリーゼ、泳ぎ上手!」

「謙信、貴女も上手じゃない?」

「こら、お初、バタ足しない! 顔にかかったじゃない!」

「初姉様にはわざとだよ」

「誾、泳ぎ教えてよ」

「は。畏れながら陛下。全力で御教えさせて頂きます」

 皆、思い思いに楽しんでいる様だ。

 出産したばかりのお市も心愛を水に触れさせている。

「これが水よ」

「……」

 興味津々に心愛は、水を見ている。

 妻子の楽しそうな光景に大河が満足していると、

「……」

「ごふ!」

 累がビート板を使って脇腹に突っ込んできた。

 完全に不意打ちを食らった大河は、脇腹を抑える。

「累、痛いよ?」

「だ!」

 先程までの上機嫌は、消失。

 ぷんすかと激おこぷんぷん丸である。

「御免て」

 怒りの原因を分かっていない大河だが、早めに謝らなければ、後々が怖い。

 大方、家庭内での権力者は、女性なのだ。

 男性は子供が出来た後は、カースト最下層になり易いのが、この世界での実情だ。

「ふーん」

 目を合わそうとしない累だが、大河の傍からは離れない。

 思春期で父親を嫌う娘だが、本気には、嫌いになれない、と言った感じだろうか。

「しゃななさま~」

 伊万が飛び込んできた。

「おお、元気だな?」

「えへへへ~」

 水が温かく、又、泳ぎ易い為、伊万の様にテンションが高くなるのは、分からないではない。

「若殿♡」

 珠がゆっくり近付き、大河の背中に抱き着く。

「どった?」

「若殿の為に水着を新調してみました♡」

「お~。良いな」

 珠は、服飾に目が無い。

 本業の傍ら、服装設計師ファッションデザイナーとして、日ノ本の服飾業界を牽引している。

 振り向くと、そこには薔薇をあしらった、珠の年齢からすると、大人向けな黒い水着が鎮座していた。

「どうです?」

「うん。良いよ。凄く良い」

「えへへへ♡」

 珠は笑って、更に胸部を押し付ける。

 胸の形が崩れるも、感触は、マシュマロの様だ。

「「……」」

「は!?」

 累と伊万の殺気に大河は、気付いた。

「だ!」

「しゃなま様は、好事家」

 両方から殴られ、大河は、子犬の様にしょげるのであった。


 水遊びを存分に愉しんだ後は、仕事だ。

 2月は、色んな行事イベントが控えている。

 2月上旬 蝦夷雪祭り

 2月3日 節分

 2月8日 針供養

 2月11日 建国記念の日

 2月14日 バレンタインデー

 2月17日 祈念祭(→皇室主要祭儀の一つ)

 2月22日 猫の日


 これら全て、或いは一部の公的の行事に山城真田家の人間が参加予定なので、大河は余り休む時間が無い。

 びしょ濡れの頭を拭きもせず、資料を読む。

「……鶫、蝦夷のは、何時いつ出来るんだ?」

「は。今年、蝦夷では、暖冬だった様で、今回、雪が足りず、開催地では、雪がある各所から搔き集めている模様なので、それ次第ですね」

「……分かった」

 蝦夷雪祭り―――現代で言えば札幌雪祭りに当たるそれは、大河主導の計画プロジェクトでもあった。

 蝦夷では、和人とアイヌ人の対立が沈静化しているものの、何が契機で爆発するか分からない。

 なので、友好の為に大河は、雪祭りを企画したのだ。

 当初、この案に乗り気でなかった其々の強硬派も、「従わなければ焼き討ちにする」という大河の圧力に屈し、一応、雪祭りに反対する者は居ない。

「アプト。雪祭りの警備体制は、大丈夫か?」

「はい。松前氏が全責任を負う覚悟で担当されています」

「分かった。じゃあ、奴等に伝えろ。『失敗したら一族郎党、皆殺し』と」

「は」

 松前氏は余り、アイヌ人との共存に乗り気ではない。

 その態度が大河の苛々いらいらさせていた。

「若殿」

 与祢が11日の建国記念の日の報告書を持って来た。

「11日の件なんですが、島津氏が警備担当を行いたい、と」

「ああ、その件は断ってくれ。あれは、抽選だから」

 各種行事の警備は、基本的に抽選方式が採用されていた。

 これは輪番制だと、一部の気の短い武家が怒りかねない為、籤引くじびきなら運次第。

 誰も異論を唱える事が難しい。

 時々、島津氏の様に、自薦する武家も居るのだが。

それが通じてしまえば汚職になりかねない。

 なので、どんな大きな武家の要請であっても断るのが、方針となっていた。

「では、その様に」

「ああ、その前に。与祢」

「はい?」

「はい。今月分」

 大判1枚渡される。

 現代換算で約66万円(*3)もの大金だ。

「ええっと……これは?」

「御小遣い」

「……多くないですか?」

 どこの世界に9歳の女の子に66万円もの大金を渡す者が居るだろうか。

 そんな芸当が出来るのは、王侯貴族、若しくは、滅茶苦茶大金持ちな家だろう。

「日頃の感謝だよ。賞与だと思ってくれば良い」

「賞与は12月に貰いましたが?」

「良いんだよ。特別賞与って感じだ」

 金に糸目をつけないのが、大河だ。

 自分は倹約家の癖に人の為には、散財するのだから、山城真田家での離職率が低いのも頷けるだろう。

「はい。アプトも」

「あ、はい。有難う御座います」

「珠、ナチュラも御出で」

「「有難う御座います♡」」

 アプトには、3枚。

 珠とナチュラには、2枚ずつ。


 アプト 198万円

 珠   132万円 

 ナチュラ132万円

 与祢   66万円

 合計  528万円


 である。

「使い方は、自由だからな」

 笑顔で与祢を擦り、膝に座らせる。

「……若殿?」

「今後も頼んだよ?」

 4人の中では、最もが少ないが、その分、最も大河に甘えられる位置に居る為、与祢自身、文句は無い。

「じゃあ、この分は、若殿との結婚披露宴の為に貯蓄します」

「おお、有難いね。でも、それくらい、俺出す―――」

「出させて頂いてばかりでは、申し訳ないですから」

 与祢は、微笑んで大河の胸板に顔を埋める。

「ああ、与祢、良いなぁ」

「なら、珠も」

「はいです♡」

「若殿、私も」

「分かってるよ」

 珠、ナチュラも続く。

「こら、若殿に甘えちゃ―――」

「アプトも」

「はい♡」

 1番の猫撫で声を出して、アプトは、大河の背中に抱き着いた。

 そして、絡新婦ジョロウグモの様に絡み付く。

「アプトは、今日も美人だなぁ」

「有難う御座います♡」

 3人に見せ付ける様にアプトは、大河と接吻しまくる。

(((職権乱用)))

 3人が不満を高めた事は言うまでも無かった。


[参考文献・出典]

 *1:和田裕弘 『信長公記 -戦国覇者の一級史料』 中公新書 2018年

 *2: 中里介山 『日本武術神妙記』 角川ソフィア文庫 2016年

 *3:古銭価値情報

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