第465話 徳量寛大

 九六九軍は空誓以外、その場で殺害された。

「主、どうですか?」

「ああ、綺麗だよ」

 報告を受けた大河は、夜中、ヘリコプターで現地を訪問。

 本来ならば、京に居なければならないのだが、今回は、態々わざわざ自らが現地に行かねばならぬ程強いこだわりを持っていた。

 死屍累々の現場を見て、大河は満足する。

 返り血を沢山浴びていた、楠が問う。

「どうして直接来たの?」

「そりゃあ、武田の本領だからな。気にはなるな」

 武田信玄を病的なまでに神聖視する大河は、その故郷・甲斐国が、テロ組織に荒らされる事を良しとしていなかった。

「悪僧と鬼女は?」

「既に輸送済みです」

「よくやった。じゃあ、帰るぞ」

「「は」」

 滞在時間、僅か数分。

 ほぼ蜻蛉帰りだ。

 大河は、ヘリコプターに乗り込むと、2人を迎え入れる。

「鶫」

「は」

 操縦桿を握っていた鶫は、3人がちゃんとシートベルトを着用した事を確認した上で発進させる。

「楠」

「ん」

 楠に付着した返り血を、大河は、手巾で拭き取っていく。

 泥だらけの幼児の世話をする母親の様に。

「自分で出来るけど?」

「疲れてるだろ? ちったぁ甘えてくれ」

「……分かった」

 それなら、と思う存分、楠は甘える。

「主、私も疲れたんで良いですか?」

「良いよ」

「有難う御座います♡」

 猫なで声で甘え、大河に寄り掛かる。

 楠も又、しな垂れかかる。

「……確認戦果は?」

「300」

「私は、350です」

 そして、2人は、睨み合った。

 情報局の№1と№2だ。

 特に楠の敵対心は強い。

 正妻という地位のみ勝っているものの、他の実力では、劣っている。

 その差は中々埋まらず、今回も軍配は、小太郎に上がった様だ。

 愛情深い大河だが、こればかりは、覆せない。

「……楠」

「何?」

 返り血を拭きつつ、大河は言う。

「……俺の秘書官に転属しないか?」

「! どうして?」

「人が足りないんだよ」

「アプト達が居るのに?」

「多忙だからな」

 本心では大河は、寿退社を希望していた。

 現状、楠は確認戦果で小太郎に勝てた事が一度と無い。

 にも関わらず、諦めないのは、自尊心だろう。

 ヤル気は認めたいが、勝てない以上、時間を浪費しているにしか思えない。

 だからこそ、遠回しに異動を提案したのだ。

 小太郎は、察したのか、

「……」

 口をつぐむ。

「転属ね。ようは事務って事?」

「事務兼警護だよ」

「でも警護担当は、鶫じゃない? ねぇ、鶫」

「はい」

 不満げな答え。

 自動操縦に切り替え、振り返る。

「若殿、私は外れるんですか?」

「いや、専属だから外さないし、外すつもりはない。希望があれば別だが」

「有難う御座います。今のままで良いです。ですが、若殿は、少数精鋭が御好みの筈では?」

「ああ」

「護衛が多くなると、逆に目立つかと」

 一理ある。

 護衛が沢山居るとその分、目立ち、外の場合、市民生活にも悪影響が出かねない。

 鶫の意見ももっともであった。

 但し、彼女の本心は別にある。

 現在の護衛チームは、結束されている。

 新加入した楠と新たに信頼関係を構築するのは、時間がかかる可能性が高い。

 又、訓練もする為、連携するのにも時間を要する。

 時間的デメリットを考慮すると、新参者は、反対だ。

 例え正妻であっても。

「そうだな。ただ、護衛は、引き続き鶫達の任せる。大方、事務だよ」

「え~。今ので満足しているのに」

 綺麗になった楠は、大河の頬を犬の様に舐める。

「提案は有難いけど、私は、現状維持で十分。くノ一だから、くノ一として生きたい」

 その瞳は強く、揺るがない。

「……分かった」

 楠が望む以上、大河は、強く言えない。

 又、ホワイト企業を自認している為、極力、本人の希望に沿った人事異動を行いたい。

 自分が望む部署ならば、望まない部署よりもヤル気が漲り、パフォーマンスが向上する、というのが、彼の持論だから。

 実際、山城真田家では、離職率が非常に低い。

・介護休暇

・育児休暇

等で一時、職場を離れても、復職出来、休暇中も満額、給料が出る。

 これ程、ホワイトな職場は、日ノ本ではまず無い。

 福利厚生がしっかりしている分、安心して仕事に集中出来るのは、良い事だ。

 楠のシートベルトを外す。

「え?」

「愛してるよ」

 愛の言葉を囁いてから、大河は、楠を抱き締め、膝に乗せる。

 最近は、誾千代達を優先していた為、楠の出る幕は無かった。

「……私も」

 2人は、接吻する。

 何度でも。


 ヘリコプターは、京都新城のヘリポートに着陸する。

 時刻は、丑の刻(現・午前1~午前3時)。

 騒音は、橋姫の魔力によって無音化され騒音被害が出る事は無い。

「「「御疲れ様です」」」

 眠そうな顔で、アプト、与祢、珠が出迎える。

 夜着のままで寒い筈なのに。

「寝てて良いのに」

「若殿が帰って来るのですから、熟睡は出来ませんよ」

 与祢は、大欠伸おおあくび

 上司の前では大変失礼な行為だが、大河はそんな事で怒らない。

「俺も眠いから解散」

 大河も大欠伸おおあくびし、与祢を抱っこ。

「若殿?」

「寒いんだよ。温めてくれ」

「……はい♡」

 この中で最も小柄な与祢は、抱き枕に採用された様だ。

「若殿―――」

「アプト、手を出して」

「はい?」

 言われたまま手を出す。

 大河は、それを握る。

「若殿?」

「保温材だよ」

 微笑んで、更に強く握りしめる。

 正直、痛い程だ。

 然し、痛みはそれ程、大河が想っている証拠でもある。

 アプトの手は寒い筈なのに、どんどん彼の体温と恥ずかしさで温められていく。

 女官の中で最高位の彼女にも、配慮した結果だ。

「若殿」

「珠は背中な?」

「はい♡」

 ジャンプして背中に飛び乗る。

 与祢を抱っこしつつ、アプトと手を繋ぎ、珠を負んぶする。

 軍人位鍛えてないと難しいだろう。

「貴方」

「楠は、部屋で待ってくれ。同衾だ」

「分かった♡」

 一瞬、機嫌を損ねたが、直ぐに機嫌を直す。

 一行は、ヘリポートから天守に移動する。


 部屋に入ると、大河の布団を囲む様に、周りに布団が複数用意されていた。

「アプト、これは?」

「私達のです」

「ここで寝るの?」

「はい。?」

 圧が凄い。

「良いよ」

 布団に入ると、温かい。

「……? 若しかして、温めてた?」

「はい♡ 若殿が帰るまで、私達―――私、珠、与祢の3人で温めておきました」

「……有難う」

 礼を言うべきか分からないが、少なくとも冷たいよりかはマシだ。

「ナチュラは?」

「あちらに」

 アプトが顎で示した先には、ナチュラが大河の等身大人形に抱き着いて、寝ていた。

「……」

「待ち草臥くたびれた様です」

「その様だな」

 大河は、苦笑いした後、ナチュラの下へ歩く。

 そして、人形を蹴り飛ばした。

「ふぁ!? ―――! 若殿?」

「俺よりも人形を選ぶとは愛人失格だな」

「へ―――!」

 次の瞬間、ナチュラは唇を奪われていた。

 そして、囁かれる。

「不眠の刑だ」

 それから押し倒された。

「若殿!?」

「済まんな。俺は、こう見えて人形にも嫉妬するたちなんだ」

 見方によっては、異常な嫉妬心とも言え様。

 然し、大河は、本気だ。

 ナチュラを強く抱き締める。

 今夜、抱かれる気満々だったアプトは、残念がる。

「先、とられちゃったね?」

「でも、人形にも嫉妬する若殿は、可愛いと思います」

 与祢は、微笑みつつ、大河の布団に寝転んだ。

 年齢制限で彼女は、交わる事が出来ない。

 愛する者の布団で不貞寝を決め込む様だ。

 ナチュラの首筋に吸いつきつつ、大河は、

「楠、アプト、珠、鶫、小太郎。全員、来い。相手してやる」

「「「「「……はい♡」」」」」

 結局、6人全員は、明け方まで眠る事が許されなかった

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