第456話 曠日持久

 上田で年末年始を過ごした一行は、万和5(1580)年1月3日。

 宿を発ち、上田城で真田昌幸に挨拶後、帰京する。

 温泉と美食、そして、夫婦生活も楽しんだ大河は翌日以降、国家公務員に戻る。

 帰りの大きな馬車の中で、朝顔は不満げだ。

「もう少し楽しみたかったな」

「俺もだ」

 朝顔と手を繋ぎつつ、大河は都内を歩いていた。

 降雪2寸(約6cm)。

 白銀の古都は、いつにもまして美しい。

 景観条例で街並みの外観を普段から損なわない様に配慮しつつ、この雪景色だ。

 午前7時から午後11時まで営業しているコンビニも、ロゴマークがモノトーンで、その屋根に雪が積もっているのだから、どこか絵画の様な美しさがある。

 2人は、久し振りに空き時間を利用し、逢引していた。

 一応、鶫達護衛は、居るものの、『恋は盲目』ということわざが示している様に。

 2人の視界には、もう見えていないのだ。

 冬休み最後の夜は、上皇と夕食ディナー

 100万回死んで転生しても成し遂げられない事だろう。

「今日は、どこ行く?」

「貴方の御勧めの場所で♡」

「そりゃあ難題だな」

「和食で」

「はいよ」

 スマートフォンを使って、最寄りの和食店を探す。

 朝顔が、画面を覗き込む。

「これが、携帯電話?」

「そうだよ」

「私も欲しいな」

「難しいな」

「やっぱり?」

 上皇という者が個人情報が詰まった携帯電話を所持する事は難しい。

 現代の皇族は、携帯電話を所持されている、とされる。

 その証拠にある皇族が、スマートフォンのアプリを使って、御学友と交流を深めている事が報じられている(*1)。

「落とした時、大騒動になるからな」

「う~ん……」

 携帯電話は小さい為、落とし易い。

 ましてや落とし主が落とし主なだけに大問題になりかねない。

 携帯電話ではないが、イギリスではあろう事か、国防総省の職員が、英軍に関する機密文書を紛失。

 それを一般人が見付け、無事返還された事故が起きている。


『【英軍の機密書類、ケント州のバス停で見付かる BBCが内容を確認】』(*2)


 イギリスの場合は、何とか済んだが、日ノ本の場合は、皇族の個人情報が詰まった携帯電話だという事で、若し、それが拡散されれば、大問題だ。

 個人情報保護法の下、拡散した者、それを補助した者は、厳罰に処されるが、余り表になっていない皇室の私生活を庶民が、放っておく訳が無い。

 カリギュラ効果の様に無意識の内に注目せざるを得ないだろう。

 大河は、「開かれた皇室」の下、それは賛成したいが、短所デメリットが大きい分、全面的には協力し辛い。

 なので、現時点では皇族は誰1人、携帯電話を所持する事は出来ていないのが、現状だ。

 使用するにしても大河の様な信頼出来る者と共有する他無いだろう。

「貴方の力で何とかならない?」

「そうしたいけど、近衛前久様といった公家、官僚、女官が賛成しないと無理だよ。それと、事故が起きた時の対応策が無いと、彼等は、納得出来ないかと」

 開かれた皇室を目指すべく、朝顔が各地に巡幸するのも、彼等の多くが反対した程だ。

 曰く「外の世界は危険だから」と。

 長らく戦国時代だった為に、安土桃山時代になってもその恐怖心が払拭出来ず、その様な理由になったのだろうが、この前例がある以上、携帯電話も困難を極めるだろう。

「じゃあさ、じゃあさ。貴方名義ではどう?」

「名義は俺で、使うのは、朝顔?」

「そういう事」

「そりゃ無理だな」

 大河は、突っ撥ねた。

「どうして?」

「名義貸しは、違法になるからだ」

 現代、名義貸しが行われているが、それは、非合法だ。


『【携帯電話の「名義貸し」は絶対ダメ!】』(*3)


 と、東京都生活文化局消費生活部東京都消費生活総合センターが、呼びかけている。

 この様に東京都が、強い表現を使用している事から、その事の重大性が分かるだろう。

 大河も京都生活文化局消費生活京都消費生活総合本部が作ったHPを見せる。

「……凄い怒ってるね」

「名義貸しで詐欺する馬鹿が居るからな。所謂『飛ばし』ってやつよ」

「飛ばし?」

「そ。他人名義や架空の人物を装って、購入された携帯電話の事だ。使用者は、料金を払う気なんて皆無だからどんなに長くても1か月位しか使えない」

「そ、そんな……」

「若し、朝顔が個人情報を落としたとして、それが犯罪組織に利用されたら、朝顔が被害者でも危機管理能力の不備を問われかねない」

「……」

「それに身分が身分なだけに被害者が直ぐに犯罪者を信じ易くなってしまう。人間ってのは、肩書に弱いからな」

「……そうなんだ」

 社会の現実を知り、朝顔は、ショックを受けていた。

 国内外で空前の大ブームになった連続テレビ小説『おしん』(1983~1984)も昭和天皇が御視聴された際、


『ああいう具合に国民が苦しんでいたとは、知らなかった』(*4)


 と感想を述べられている。

 朝顔も同じだろう。

 朝顔の泣きそうな顔を見て、大河は手の平を返す。

「まぁ、気持ちは分かる。個人情報保護に特化した携帯電話を作るよ。出来た時に贈る」

「本当?」

「ああ。笑顔が1番だ」

 そう言って、強く手を握るのであった。


[参考文献・出典]

 *1:女性セブン     2014年6月20日

 *2:BBC NEWS JAPAN 2021年6月28日 一部改定

 *3:東京くらしWEB くらしに関わる東京都の情報サイト 2003年10月22日

 *4:「われらが遺言・五〇年目の二・二六事件」(『文藝春秋』1986年3月号)

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