第455話 飛雪千里

 万和5(1580)年元日、夜。

 朝顔に膝に乗られて、大河は食事を摂っていた。


・信州蕎麦

・おやき

・はりこし饅頭まんじゅう

野沢菜のざわな漬け

野沢菜のざわな天婦羅てんぷら

・馬刺し

あゆの刺身

・信州サーモン

𩸶いわざ

はちの子

いなご

・栗おこわ

寒天饂飩かんてんうどん

・五平餅


 と、信濃国(現・長野県)を代表とする郷土料理が並んでいる(*1)。

 この中で最も女性陣が注目したのは、

はちの子

いなご

 だ。

 地元出身者の阿国でさえ、余り見た事が無い昆虫食だ。

 原形がほぼ分かるその見た目に多くの女性陣は、カルチャーショックを受けて、手を出す事は出来ない。

 唯一、興味津々なのが朝顔だ。

「こんなの御所で出ないわ」

「まぁ、出ないだろうな」

 若し、担当者が提案しても女官や官僚が猛反対するだろう。

 明治天皇が、初めて西洋料理をお食べになられた時は、1872年元日(*2)。

 それまで19年間、未経験だったのだ。

 当時は鎖国政策から開国してそれ程時間が経っていなかったという事情はあれど、明治時代以上に外の世界を知らない今の公家達は、皇族の西洋化は勿論の事、昆虫食も抵抗するだろう。

「食べて良い?」

「良いよ。折角出されたんだし」

 大河が毒見を兼ねて、先にはちの子といなごを食す。

「「「……」」」

 女性陣は、興味津々で大河の反応を見る。

「……うん。美味しいよ」

「じゃ、じゃあ……」

 朝顔も恐る恐る箸で摘まむ。

「……うん、美味しい」

 見た目が衝撃的な分、初見では、抵抗が否めないが、食べるとそうでもない。

 朝顔が食した以上、女性陣は、拒否する事は難しい。

 次々と食べ始めていく。

 食事の道徳として、『女王陛下のフィンガーボウル』なる逸話がある。


『ヴィクトリア女王(1819~1901)がある国の貴族を招いて食事会をした際、手を使って食べる料理が出された。

 当然、その際に指を洗うフィンガーボウルも出されたが、招かれた貴族は文化の違いからそのフィンガーボウルの使い方が分からず、飲料水だと思って中の水を飲んでしまったのだ。

 然しながら、女王はそのマナー違反に対して意外な行動をとった。

 怒るでもなく、間違いを指摘するでもなく、笑い者にするでもなく、気分を悪くするでもなく、全く別の行動をとったのだ。

 それは、自らもそのフィンガーボウルの水を飲む事だった。

 まるでこの水の使い方はそれで正解だと思わせ、来客に恥をかかせる事無く和やかな雰囲気で食事会を終える事が出来たのだ』(*3)


 この逸話は、道徳の教科書に掲載される程、今では有名な話だ。

 ヴィクトリア女王以外にも、


『荒木貞夫(1877~1966)陸軍大将が、帝国ホテルで宴会を主宰した際、客人の1人が、フィンガーボウルの使用方法を知らず、飲み干した為、荒木は客人に恥をかかせぬ様に、自分も飲んだ』(*4)


『エドワード8世(1894~1972)が王太子時代、アラブの首長達を招待して開いた晩餐会の席上においても、同様にフィンガーボウルを飲んだ』(*5)


 と、他のもある。

 今回のは、フィンガーボウルとは違うが、食事面での道徳としては、避けては通れない事だろう。

 大河が食べていると、

「御食事の所、申し訳御座いません」

 神妙な顔の珠が耳打ち。

「(阿国様が、寝所で御待ちです)」

「ん?」

 見ると、確かに阿国が居ない。

 さっさと、夕食を済ませ、大河の寝所に移動した様だ。

 珠に伝言をして。

 2人きりで話がしたい、と言う事なのだろう。

「済まんが、所用が出来た」

「うん。分かった」

 朝顔を下ろし、大河は、

「御馳走様」

 と手を合わす。

「真田様、どこへ?」

かわやだよ」

 茶々が気にする素振りを見せた。

「大丈夫だよ。旅館から出ないから」

「本当ですか?」

 ずいっと、近付く。

 鼻先数cmまで。

 相変わらず、美人だ。

「何なら拘束するか?」

「……分かりましたよ。鶫」

「は」

「真田様を頼みます」

「はい」

 鶫がぴったりと横につく。

 鶫と共に立ち上がる。

「あの―――」

「与祢は、ゆっくりし。アプトもな?」

「はい♡」

 アプトは、馬刺しに夢中で立ち上がる事は無い。

 部下として失格だが、今は私的プライベートだ。

 責める事は無い。

 代わりに、小太郎を連れて行く。

「私は?」

「珠も楽しんでき」

「はい」

 大河に命じられた以上、珠は従う他無い。

 奴隷と従者を従えて、大河は寝室に行く。

 障子を開けると、

「御待ちしていました」

 阿国が、夜着の姿で正座していた。

「何の用だ?」

「抱いて下さい」

「「!」」

 驚きの提案に、鶫、小太郎は驚く。

「急だな?」

「その……子供が欲しいので」

「分かってるよ。でも、何故、この時機なんだ?」

 大河が食事中なのを分かっている上で、この様な理由で呼ぶのは、他の女性陣への先制攻撃として解釈されても仕方の無い事だ。

「……急に欲しくなったんです」

「……そうか」

 阿国の言い難そうな雰囲気で大河は、察する。

 昌幸から何らかの話があり、焦っているのだろう。

「阿国」

「はい」

「何度も言っているが、焦りは禁物だ」

 諭しつつ、大河は阿国を抱き締める。

「義父から発破かけられたのかは知らんが、俺は、夫婦の時機で妊活がしたい」

「……分かります。でも、抱いて頂きたいのは本心でもあります」

「……分かった」

 大河は、小太郎と鶫に目配せ。

「「……」」

 2人は頷くと、阿国の夜着を脱がしだす。

「え?」

「主の御指示ですから」

 小太郎はわらって、ローションを塗りたくる。

「上様、私も参加しても?」

「良いよ」

「有難う御座います♡」

 微笑んだ鶫も脱ぎ出す。

 媚薬を使用しての同衾だ。


4人は、乱れ狂う。

 1対1で無かったのは、阿国は悲しかったが、それでも愛されている事は変わりない。

 それも元日の夜なのだから、誾千代達上位陣を差し置いて、自分が今年1番乗りだ。

 これ程、嬉しい事は中々無いだろう。

 大河は阿国と接吻し、愛を育む。

 元日はこうして過ぎて行くのであった。


 大河が不気味な程に何も反応を示さなさい為、小野川は、不眠症になった。

 翌日、直々に京から早馬で上田まで態々わざわざ来る。

 そして、大河に土下座した。

「我が協会は、今後、再発防止対策として、力士の飲酒を制限する所存です」

「……制限ね」

 今回の大河は、幸姫、松姫、千姫を侍らせていた。

 膝には、累が乗っている。

 大河の愛を存分に受け、幸せそうだ。

「俺は別に力士の酒癖の悪さを敵視している訳じゃないんですよ」

 累の頭を撫でつつ、千姫を抱き寄せる。

「理事長、飲酒の制限は、撤廃して下さい。個人の嗜好を制限する事は賛成出来ません」

「で、では……どうすれば良いでしょうか?」

「相撲は、興行でもありますが、神事でもあります。人間性に問題ある力士のみ処分して下さい」

「人間性の……」

「はい。天覧相撲もあります様に、相撲は、皇族も御覧になられます。力士が不祥事を起こす度に好角家の陛下が御心配になるかと」

 平成22(2010)年。

大相撲野球賭博問題で多数の力士が解雇、又は謹慎となった。

 その場所で、優勝した力士は残念ながら天皇賜杯を受け取る事が出来なかった。

 然し、当時の天皇は、その後、直々に手紙を御贈りになり、力士を感動させた。

 この様な例がある様に、天皇は相撲を常に気にしているのだ。

「若し、出来なければ、残念ながら審議委員を辞職せざるを得ません」

「!」

谷町たにまちとしての援助も打ち切ります」

「……」

 小野川は、固まった。

 経済面を大河が援助している。

 特に、

・幕下

・三段目

・序二段

・序ノ口

 は、関取では無い為、給料が基本的に出ない。

 生活は所属する部屋が衣食住を負担している為、問題は無いが、収入は場所ごとにある手当のみだ。


     場所手当 年収(年6場所計算)

・幕下  16万5千  99万

・三段目 11万   66万

・序二段 8万8千  52万8千

・序ノ口 7万7千  46万2千


 これでは到底、自力での生活は難しい。

 然し、関取になると、一気に昇給出来る。


       月給  年収

・横綱    300万 3600万

・大関    250万 3千万

・関脇、小結 180万 2160万

・幕内    140万 1680万

・十両    110万 1320万


 賞与ボーナスは無いが、これに加え、


・金星

 平幕力士が横綱に勝つと発生。

 一つにつき4万。

 場所ごとに支給。


・懸賞金

 1本7万円。

 その内、積立金と手数料を差し引いた額である3万円が力士の懐へ。

 懸賞金が多ければ多い程、収入アップ。


・三賞(敢闘賞、殊勲賞、技能賞)

 賞金200万。


・優勝賞金

 1千万円。


 等、勝てば勝つ程、増額していく(*6)。


 これらに加え、CMや番組等に出演すれば、その出演料も発生する為、野球選手等の他のスポーツ選手と比べると、全体的な収入は少ないだろうが、それでも一般人からすると高給取りだ。

 大河は、続ける。

「力士は、高給取りな分、社会の模範になって頂きたいのです。今後、改革出来ない場合は、谷町を撤退するのは、当然の事でしょう」

「……」

 松姫、幸姫の頬に接吻した後、大河は笑顔で告げる、

「8日から始まる初場所は、開催してもらっても構いません。準備が無駄になってはいけませんからね」

 裏を返せば、3月場所以降は金を出さない、とも受け取れる。

 首筋に日本刀を宛がわれたかの如く、小野川の汗は、止まらなかった事は言うまでも無い。


[参考文献・出典]

 *1:JAPAN WEB MAGAZINE 長野の郷土料理 一部改定

 *2:『明治天皇紀』

 *3:Books&Apps 2018年8月10日

   摩擦を恐れる人も多いけど、実は間違いを指摘することも、立派なマナーなん

   だ。 一部改定

 *4: 村上信夫『帝国ホテル厨房物語―私の履歴書』日本経済新聞社 2004年

 *5:ウィキペディア

 *6:NHK HP 力士の給与っていくらなの? 2020年6月24日

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