第453話 酒嚢飯袋

 万和5(1580)年、元日。

 新年の幕が上がる。

「兄者♡ 兄者♡」

 大河の背中にまたがったお江が、揺すって起こす。

「おお……お早う」

 年越しそばを食べ、全員で最寄りの神社に初詣し、宿に戻ったのが、丑の刻(午前1~午前3時)辺り。

 それから寝て、今は、卯の刻(午前5~7時)だ。

 2時間くらいしか寝ていないが、お江は短眠者ショートスリーパーらしく元気だ。

 否、10代だからかもしれない。

 若者は、徹夜しても体力がある為、元気な場合がある。

 首だけ傾けて大河は問う。

「朝、早いな。如何した?」

「明けましておめでとう♡」

 頬に接吻された。

 新年初接吻だ。

「あけましておめでとう……」

 欠伸を漏らす大河の手を、お江は優しく握った。

「逢引しようよ」


 という訳で、新年初逢引。

 まだ世も開け切らぬ早朝の中、2人は歩く。

 大河は、黒のスーツ。

 お江は、着物だ。

 洋服と和服の若夫婦は、目立つに目立つ。

「(おい、あの高襟はいからな御方は?)」

「(ああ、お前知らねぇのか? あの御方は、真田の大将様だよ)」

「(ほぇ~。若いね)」

 地方では、まだまだ大河の名前は知られても顔は、無名な場合がある。

 大河も別に気にしない。

「お江、何処、行きたい?」

「露天」

「了解」

 眠たいが、愛妻との時間も大切だ。

 露天に歩きつつ、大河は、尋ねる。

「どうして誘ったんだ?」

「兄者と久々に2人きりになりたかったから」

「何時でも良いけど?」

「でも、兄者優しいから、皆が居たら誘うじゃない?」

「あー……」

 平等を公約に掲げているのだから、特定の妻のみを優先することは、大河の心情に反する。

「最近は、よく従者と寝ているじゃない? あれで不安になったんだ。愛されてないかも? って」

「……」

「兄者が私達に気を遣っているのは、分かるけど、時には、強引に誘って欲しいんだよ。分かる?」

「……分かった」

 強くその手を握る。

 幼少期、目の前で父親を失った分、愛に敏感なのだろう。

「でも、お江。俺が強引になったらしつこいぞ?」

「そうなの?」

「ああ。例えばこんな風に」

 一呼吸置いた後、大河は、お江を抱き上げる。

「あ、兄者?」

「傷つけたのならば、悪い。でも愛してるよ。だから、結婚したんだ」

「……」

「若し、不満があれば、どんどん言ってくれ」

「じゃあ、今」

「駄目」

 大河は涼しく否定し、お姫様抱っこ。

 公衆の面前で恥ずかしいが、大河が止める様子は無い。

「……兄者って、結構、強引だね?」

「紳士だよ」

「……ふーん」

 両耳を真っ赤にさせつつ、お江は、目を逸らす。

 然し、大河の首に手を回し、落ちない様に必死だ。

 お江の頬に接吻後、大河は、白樺に隠れていた尾行者に声を掛ける。

「お初、居るんだろ? 出て来たら?」

「え?」

 お江が見る。

 白樺の裏から、長髪のかつらを被ったお初が、ひょっこりはん。

「いつ気付いたの?」

「ちょっと前かな? 匂いで気付いたよ」

「え? 私、臭い?」

 愕然とするお初。

「いや、体臭じゃなくて香水の方だよ」

「あ、そっち……」

 安心したお初は、鬘をしまい、大河の横へ。

「露見した以上、迷子にならないようにしなきゃね」

「迷子はどっちかというと、お初―――」

「あ?」

「何でもないです」

 蛇に睨まれた蛙のように、大河は縮まる。

「お江、姉さんだ」

「え~……」

 心底嫌そうな顔だ。

「姉上が怖い」

「今のは、お江が悪い」

 優しく諭しつつ、大河はお江を下ろし、彼女とお初の手を握る。

 お江には悪いが、お初が居る以上、無視は出来ない。

「お江、年長者を敬いなさい」

「……ふん」

 機嫌が悪くなった。

 悪手かもしれないが、彼女を優先すれば、お初の機嫌を損ねる為、どちらにせよこれしかないのだ。

「♡」

「……」

 上機嫌なお初と不機嫌なお江。

 2人の手を握りつつ、大河は、露店が並ぶイベント会場に入るのであった。


 露店で買った焼き鳥を頬張っていると、

「頼もう!」

 大河の前に酒臭さを散布する力士が現れた。

 食糧事情が現代とは違うこの時代において、身長は約2m50。

 体重は、300㎏ほどはあろう大男だ。

「近衛大将、一緒に酒飲もうぜ?」

 気安く肩を叩く。

「あんたは?」

「熊川だ。生まれは肥後(現・熊本県)。平幕やで」

 肥後出身だが、大坂で暮らしているのだろうか。

 喋りは、大坂弁だ。

 力士は、一部、素行が悪い者が居る。

 公欠を悪用し、場所を休んだ上で野球観戦や蹴鞠を勤しんだり。

 中には、犯罪に手を染めてしまう者迄居る。

 流石に殺人は無いが、男社会であり、体育会系なので、その分、ストレスが溜まり易く、犯罪に走り易いのかもしれない。

 大河は恐らく、相撲の歴史上、最も問題となったであろう事件を連想した。

 江戸時代末期、新選組と大乱闘を演じ、最後は新選組初代局長・芹沢鴨に刺殺された熊川熊次郎のことを。

 幸か不幸か、大河に絡み酒してきたのは、その熊川であった。

 年末年始なので、飲み過ぎたのか、非常に酔っている。

 これも時間の逆説タイムパラドックスの影響なのだろう。

 酔っている熊川は、あろうことか、大河の頭に日本酒をかけ始める。

「大将さんよ、俺の酒が飲めないっていうのかよ?」

「「!」」

 お初、お江は、激怒しそうになるも、手をしっかり大河が握っている為、報復は出来ない。

「……」

 大河は、ふーと息を吐いた後、

「……熊川関、これも何かの縁です。1杯、御馳走させて下さい」

「お? 良いのか? じゃあ、店主、酒用意しろ! 100合は飲むからな」

 ガハハハッと大笑い。

 然し、姉妹は、感じ取った。

 大河から発せられる殺気を。

(殺す)

 殺意を明確にした大河は、心に居る相棒を呼ぶ。

(橋)

『何?』

(2人を避難させてくれ)

『瞬間移動、使って良い?』

(良いよ)

 大河が応えたと同時に姉妹は、消失。

 まるで神隠しに遭ったかの様に。

「「「え……?」」」

 周りに居た人々は、唖然とし、

「うん? なんだ?」

 熊川の酔いも醒める。

「何でもないよ」

 大河は微笑んで、店主に告げた。

「済みませんが、後程、賠償金お支払いします」

「え? あ、はい」

 店主は意味が分からないまま、頷いた。

 真意を聞く事も出来たが、無意識の内に大河に服従してしまったんだ。

「おい、何の話だよ?」

「こっちの話だ―――よ」

 大河は、笑顔で、まげを掴むと、そのまま、引っ張る。

「!」

 顔が思いっ切り、机に直撃し、鼻が折れた。

「!」

 余りの激痛に熊川は暴れるも、大河の力には勝てない。

 起き上がることも出来ずにそのまま、シャムシール・エ・ゾモロドネガルで断髪されてしまう。

 髷を斬られたことで熊川は、更に暴れるも、その首筋には、刀身が宛がわれていて、暴れれば暴れる程、刃が皮膚に食い込んでいく。

「!」

 熊川が気付いた時には、時すでに遅し。

 首から大量の血液が噴出していた。

 徐々に抵抗力も弱まっていく。

 大河は、先程の衝撃で割れていた酒瓶の破片を持ってくると、その尖った先を熊川の目に挿入。

「!」

 光を失った熊川に対し、大河はそれでも容赦しない。

 タイ〇ンが、ホリフ〇ールドにやった様に、その耳を嚙み千切る。

 凶行に店主は、気絶。

 多くの見物人も逃げ出した。

 ほぼ無抵抗になった事を確認した大河は、シャムシール・エ・ゾモロドネガルを首から外すと、今度はその舌を斬る。

 鼻を削ぎ落す事も忘れない。

 視力、聴力、味覚、嗅覚を失った熊川が、感じ取ることが出来るのは、触覚のみだ。

「……」

 助けて、と口を開くものの、声は出ない。

 傷口に酒が注がれ、熊川はビクンビクンと痙攣けいれんする。

 地元警察が到着したのは、それからすぐの事。

 この時、熊川の死が確認されたのであった。 

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