第452話 肌肉玉雪
万和4(1579)年、大晦日。
気温は、-12度。
山岳地帯だけあって、雪も多い。
上田城周辺も周りは、雪に囲まれ、温泉宿も然り。
この日から三が日までは、極力出ないのが、今回の旅行の方針だ。
逆に言えば、外出を控えた分、温泉街で温泉三枚、という訳である。
大河は、いつもの黒服ではなく浴衣で
朝顔とお江と共に。
「余り食べ歩きはしたくないけど、これは美味しいね」
「ここは、焼き鳥が有名だからな。はい、お江」
「有難う、兄者♡」
2人も又、浴衣だ。
朝顔は、菊の御紋、お江は浅井氏の家紋が入っている。
「真田」
「はい」
朝顔にも献上。
味噌の
これ以外に、
・蕎麦
・餡かけ焼きそば
・つけば
・おやき
がそれらだ(*1)。
「ねぇねぇ。兄者」
「うん?」
「くし、買って?」
「未だ食うの? 食いしん坊だなぁ」
大河が苦笑いすると、お江は、
「違うって」
と、頬を膨らませる。
「その串じゃなくて、あっちの方だよ」
お江が指差したのは、露天で売られている櫛であった。
「もう壊したの?」
「いや。欲しいの」
「分かった」
大河がお金を出す。
お江も持っているが、妻とはいえ、まだ学生だ。
極力、使わせたくない。
「有難う。兄者♡」
頬に接吻し、お江は買いに行く。
「良いんだ?」
「何が?」
「節約家だから、拒否するかと」
朝顔は、意外そうな顔だ。
「一期一会だよ」
「え?」
「人と一緒。商品も出会いが大事だよ。その時、買えなかったら後で後悔するかもしれない」
「……」
「勿論、朝顔も買って良いからな」
「分かった。じゃあ、貴方を買うわ」
「は?」
大河の手を強く握る。
「ほら、買った♡」
朝顔は、大河の手の甲に頬擦り。
「ん?」
「何?」
「霜焼けだな」
「あ、本当だ」
頬が赤い。
大河は、朝顔を抱き寄せる。
「さっさと帰ろう」
「え? もう少し居たい」
「風邪引くのは嫌だよ」
「大丈夫。看病してもらうから」
「……分かりましたよ。陛下」
朝顔を抱っこし、公衆の面前にも関わらず、接吻する。
「うふふふ♡」
「櫛、要る?」
「じゃあ、買って♡」
「あいよ♡」
朝顔にも櫛を買う。
大晦日の午前中は、まったりとした買物だ。
お昼を摂って以降は、お参り。
温泉街の周辺には、寺が3軒ある。
・北向観音
・安楽寺
・常楽寺
だ。
この3軒は、じゃ〇んでも評価が高い寺で、年末年始も観光客や地元住民が参拝していた。
・朝顔
・阿国
・エリーゼ
・ヨハンナ
・珠
・マリア
・松姫
・謙信
は、異教徒なので、温泉宿で御留守番だ。
異教徒でも参拝はしても良いかもしれないが、周辺住民や僧侶の心情に配慮しての事である。
彼女達は帰郷後、改めて、参拝や礼拝に行けばよい。
「本当に我が家まで御誘い頂き有難う御座います」
最上義光が頭を下げた。
近衛大将と一緒に旅行出来るなど、名誉な事だ。
人質、という身分を一時的に忘れてしまう程である。
釈妙英が、微笑ましく、大河と伊万を見る。
「娘に御優しくして下さり、有難う御座います」
「いえいえ」
伊万が、大河の裾を掴んでは離さないのだ。
大河も嫌がる素振りを見せない。
嫌そうなのは、与祢だ。
対抗心を露わにし、伊万が居る度に大河の周りから離れ様としない。
全員の参拝が、終わる。
「兄者♡」
「兄上♡」
「貴方♡」
お江、お初、楠が色目を使う。
何か買って欲しい。
そんな思惑だ。
「今日は買わないよ。さぁ、帰ろ」
お江を肩車し、お初、楠の手を握る。
伊万と与祢は、不満げだ。
大型の馬車に乗り込む。
これは、真田昌幸からの贈り物だ。
野盗に遭った事を聞いた彼は、平身低頭し、以後、警備を強化している。
警備が強化されると、周辺住民の生活に影響が出る、と思っていた大河であったが、逆に強化された事で犯罪が減る為、意外にも住民側からは、好評だ。
例えは適当ではないだろうが、ある巨大暴力団事務所がある住宅街は、滅茶苦茶治安が良いらしい。
警察よりも怖い存在が目に見えて存在している為、必要悪として住民から受け入れられているのだろう。
「だ!」
累が膝に乗る。
「……」
心愛もお市の腕の中から手を伸ばす。
「心愛もここが良い?」
「……あぅ」
「分かったよ」
抱っこすると、心愛は、微笑む。
それだけで車内は、ほんわか雰囲気に包まれる。
愛姫が政宗と手を繋ぎつつ、心愛を睨んだ。
「父上に色目使って」
「おいおい、赤ちゃんに嫉妬するなよ。なぁ、心愛?」
「あい~」
大河の頬にベタベタ。
「心愛は、御父さんっ子ね?」
お市も嬉しそうだ。
前夫・長政を連想しているのかもしれない。
「あい?」
「うん?」
「ん。ん」
何事か必死に伝え様としている。
「橋」
「何?」
端っこでパフェを突いていた橋姫が振り向く。
「通訳出来る?」
「出来るよ」
頼まれた事で上機嫌になり、心愛の目を見た。
「……『おれんじじゅーす、飲みたい』って」
「はっはっはっ。そうか。鶫」
「は」
鶫が冷蔵庫からオレンジジュースの瓶を取り出す。
そして、それを哺乳瓶に入れる。
大河は、それを受け取って、
「ほら、御飲み」
「だ!」
心愛はテンションが上がって、奪い取るよう飲む。
愛児を抱きつつ、大河は、微笑んだ。
「誰も獲らないからな。ゆっくり御飲み」
「あい~♡」
哺乳瓶から口を外し、心愛は盛大にげっぷ。
車内は、笑いで揺れる。
温泉宿に帰ると、満足したのか心愛は、揺り籠で爆睡。
寝る子は育つ。
年越しだからと言って、大河は無理に起こす事は無い。
雪深き温泉宿での年越し蕎麦は、温かく格別に美味しい。
「若殿、どうです?」
「美味しいよ。有難う」
「えへへへ♡」
作った与祢は、嬉しそうだ。
「与祢も食べ。冷めちゃうから」
「はいです♡」
大河は、与祢の頭を撫でつつ、誾千代を抱き寄せる。
「誾に贈り物」
「何?」
誾千代の首にかける。
「これは?」
「真珠の首飾り。似合うよ」
「うふふふ♡ 有難う♡」
誾千代に着用した後、謙信、エリーゼ等にもアプトが渡していく。
直接、大河が着用したのは、誾千代のみ。
それだけ特別性が感じるだろう。
除夜の鐘が鳴り出す。
もうすぐ年越しだ。
松姫が、大河の膝に寝転ぶ。
「真田様、耳掻きして♡」
「自分でしろよ」
苦言を呈しつつも、大河は耳掻きを始めた。
「あは♡」
気持ち良さげに喘ぐ。
「松は、寺の仕事は?」
「夏の繁忙期だけしています。その……真田様の御助言に従って」
「ああ、そうだったな」
「真田様、責任取ってもらいますからね?」
「そのつもりだよ」
「きゃ♡」
松姫を抱っこし、膝に座らせる。
「松。いつかお墓参りに行きたいんだけど?」
「父上の、ですか?」
「ああ。御挨拶も兼ねてな」
武田信玄を崇拝してやまない大河は、武田氏の名誉回復に熱心だ。
散り散りになった旧家臣団を集め、時々は信玄との思い出を聞いている程だ。
「恥ずかしいですよ」
「そうか?」
「はい♡ 御挨拶の前に子供が欲しいです♡」
「何れな。武田姓?」
「はい♡」
「分かった」
松姫の首筋に接吻しつつ、謙信を抱き寄せる。
松姫を愛する時は謙信も。
その逆も然りだ。
武田家と上杉家。
一方を偏愛する事は難しい。
上杉家は、それ程問題視していないが、武田家はやはり、上杉家を意識している様で、松姫の下に妊娠を促進する漢方薬がよく届く。
「もう何?」
「均衡だよ」
「言っちゃうんだ?」
「隠し事はしない主義だからな」
謙信は、累を抱っこする。
「松、出産しても大変だからね? 覚悟しなさいよ?」
「分かっていますよ。覚悟の上です」
「なら、良いけど」
謙信は釘を刺した後、大河を抱き締める。
「川中島は終わったけれど、世継ぎの方は私の勝ちかだからね?」
「へ?」
「連敗は嫌でしょ? 貴女も積極的になりなさい。そして、家の為に尽くすのよ?」
謙信なりの発破だ。
同じ仏教徒として、親近感を覚えているのかもしれない。
大河を通じて、上杉家と武田家に雪解けが近付いてた。
[参考文献・出典]
*1:信州上田観光情報
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