第450話 泣血漣如

「真田様、父上を許して下さって有難う御座います」

 温泉宿までの馬車にて。

 阿国が、頭を下げた。

「何の話だ?」

「父上の監視ですよ」

「知ってたのか?」

「”表裏比興の者”ですから。想像はつきますよ」

 阿国は、しな垂れかかる。

 上田城の時以上に積極的だ。

 城では実父の手前、配慮していたのだろうが、車内で我慢が出来なくなってしまった様だ。

「内心、冷や冷やしました。真田様が父上を手討ちされるかと」

「そんな事はしないよ」

 阿国の額に口付けし、抱き締める。

には、手を出さない。直接、武力行使されない限りな」

「……有難う御座います」

 の間で、阿国は厳しい立場だろう。

 政略結婚の為に嫁入りしたにも関わらず、舞踏にふけり、肝心の夫婦生活には、それ程力を入れていない。

 から問題視されるのは、言わずもがなだ。

「……来年から妻としての務めを果たし―――」

「制限時間は設けるな。出来なかった時、心労になるぞ?」

「……分かりました」

 それから、阿国は、大河の胸の中で泣きだす。

「真田様……大好きです♡」

「俺もだよ」

 車が揺れる。


「主は、御盛んですね」

「それが若殿の良い所でもあり、悪い所よ」

 御者の小太郎と鶫は言い合う。

「真田様って車内でもするんだね?」

 同席するナチュラは、苦笑いだ。

「性欲の権化だからね。大浴場、車内、かわや……どこでもするわ」

「鶫はどこか経験ある?」

「どこでもよ」

 鶫は自身のお腹を擦る。

「いつかははらむかも」

「あれ? 避妊しなくなったの?」

「うん。心愛様を見て子供が欲しくなってね」

 以前、鶫は小太郎と同様、出産願望は無かった。

 子供が出来れば、大河の寵愛を受け辛くなる、という考えの下で。

「いけない?」

「全然。否定しないよ」

「じゃあ、生まれた時は、一緒に子育てし様よ」

「良いよ」

 1人で抱え込むより、複数で共有した方が、精神的に孤立し難い。

 愛人が子供を産んでも、大河は、大喜びするだろう。

 累や心愛が生まれた時、小躍りし、腰痛になった程だ。

 正式な後継ぎは難しいだろうが、愛人である分、偉大過ぎる夫の跡を継がない長所もある。

 相当な精神力と誰もが認めざるを得ない実力が無い限り、山城真田家次期当主は、誰でも不適当だろう。

 馬車から聞こえる喘ぎ声を聞きつつ、3人は笑い合うのであった。


 温泉宿まで残り少しまで来た所で、

「……」

 大河は、殺気に気付いた。

「阿国、服を着ろ」

「え?」

「良いから早く」

「は、はい」

 玄人の目で言われ、阿国は、慌てて、着る。

 正直、ムードもへったくれも無い。

 それでも、大河の雰囲気がいつもと違うから、仕方の無い事だ。

「……」

 大河は、ベレッタを確認し、窓から様子見。

 そして、無線で伝える。

「鶫、異常は無いか?」

『はい。如何しました?』

が居そうだ。警戒を怠るな」

『は』

 それから、阿国を抱き締める。

「守るからな。傍に居ろ」

「はい♡」

 キュンとした阿国は、〇梅の様に赤い。

 武家出身の彼女は、恐らく武芸、或いは、護身術の類が多少、出来るかもしれない。

 それでもさせないのは、大河が愛妻に手を汚して欲しくないからだ。

 大河の勘は、残念ながら当たってしまう。

 ズキューン!

 馬の米神を弾丸が貫く。

「!」

 断末魔さえ上げる事が出来ず、馬は倒れた。

 と、同時に停車。

 鶫達は急いで、車の周りを取り囲んだ。

 闇夜の中、10人もの男達が姿を現す。

「「「……」」」

 皆、天狗のお面を被っていた。

「天狗党だな」

「天狗党?」

「野盗だよ」

 頭領らしき男が、叫んだ。

「やぁやぁ、我等こそは、天狗党なり。命惜しければ、金品を与えよ」

 ヨハネスブルク並の治安の悪さだ。

「橋」

「はぁい」

 欠伸混じりに大河の陰から出現。

「寝てた?」

「うん」

「済まんな」

「良いよ。返礼は、夜伽でね♡」

「あいよ♡」

 大河は、阿国を橋姫に預け、下車する。

「さてと」

 大河は、首を鳴らしつつ、天狗党を見た。

「幾ら欲しいんだ?」

 10人を前にしても動揺しないその様に、天狗党は、驚いた。

「ぜ、全額だ! 何ならその女達もくれ!」

 鶫は頭を抱える。

 今のは、フェミニスト・大河の一線を越えた。

「ほぉ……女性を物扱いするのか」

 薄ら笑いを浮かべると、大河は、ベレッタを地面に置いた。

「来いよ。下衆共。相手してやる」

「「「!」」」

 挑発された10人は、一斉に襲い掛かって来る。

 大河は、それを合気道の要領で1人ずつ受け流していく。

 セ〇ールの様な流れ作業に、

「「「……」」」

 鶫達は惚れるしかない。

「糞!」

 1人が遂に牙を剥く。

 抜刀し、斬りかかって来たのだ。

 然し、大河は、そんな事で怯む男ではない。

 男の手首を掴み、取って返し、逆に刺す。

「!」

 喉を貫かれた男は、武蔵坊弁慶の様になった。

 返り血を浴びた大河は、残りを見る。

「さぁ、次のは誰だ?」

 

 忍者は、一説によれば、任務遂行前に女性を抱く、とされる。

 これは、子孫繁栄の為だ。

 ゴ〇ゴも又、狙撃の前に娼婦を買う。

 そして、大河も又、交わった後は、戦闘力が高まる。

 アドレナリンが出ているのだ。

 残りの9人を返り討ちにした大河は、赤い合羽と誤認してしまう程、返り血を全身で浴びていた。

「まさか、野盗に遭うとはな」

「申し訳御座いません。故郷で犯罪被害とは」

「気にするな。鶫」

「は」

 鶫が頭から水をぶっかける。

 服への血は中々、取れないが、それでも体に付着したのが、無くなるので、幾分か楽だ。

「真田様、御怪我は?」

「御覧の通り、無傷だよ」

「良かったです」

 阿国は、涙目だ。

 夫が、死ぬかもしれなかったのだ。

 これで涙一つ無いのは、相当、強心臓な女性だろう。

「阿国の祈りが通じたよ」

「本当ですか?」

「ああ」

 車内では、阿国は、橋姫と共に夫の無事を祈っていた。

 念を送り、大河の戦闘力を増強していたのだ。

 大河もいつも以上に動き易かった為、それには気付いてた。

「橋も有難うな」

「夫婦だからね」

 耳を真っ赤にさせつつ、橋姫は、目を逸らす。

「主、天狗党は如何なさいます?」

「そうだな……本拠地を見付け次第、原始時代に戻してやれ」

「は―――ひゃ!」

 頷いた直後、大河は、小太郎を抱き寄せる。

 鶫、ナチュラも。

「皆を守れて良かったよ」

「「真田様……?」」

「貴方……?」

「若殿……?」

「主……?」

 それぞれ、阿国、ナチュラ、橋姫、鶫、小太郎は驚く。

 大河のこの反応は意外だった。

「愛してるよ」

「「「「「……」」」」」

 この男は戦いながらも、自分達の事を心配していたのだ。

 5人は、嬉しくなる。

「「「「「はい♡」」」」」

 

 後、大河達は、温泉宿に戻る。

 返り血で汚れた服は、途中のゴミステーションで捨て、新しい服に着替えた為、気付かれる事は無い。

 臭いも強めの香水で誤魔化した。

 全ては、愛妻を心配させない為だ。

 徒歩で帰って来ると、出迎えたお江が不思議がる。

「兄者、馬車は?」

「馬車に帰したよ。体調不良だったから」

「徒歩で帰って来たの? 夜道、危険じゃなかった?」

 上田は、京よりも未だ街灯が進んでいない。

 その為、夜道は、真っ暗だ。

 一応、申し訳程度に篝火があるが、それも場所は限られている。

 その為、上田城周辺は、夜、温泉街を除いて、真っ暗だ。

 そん中、環境下で女性陣を連れて歩くのは、自殺行為だろう。

「俺が居るからな」

 阿国を抱き寄せる。

「そう? それなら良いけど」

「皆は?」

「宿の温泉に入って、もう寝たよ。起きているのは、私と母上、上杉様位かなあ」

「市と謙信? 何故に?」

 2人は、子持ちなので、子供の就寝時間に合わせて、自分達も寝る事が多い。

 子供をアプト等、侍女に託した時も、極力、生活リズムを崩さない様にしている程だ。

「じゃあ、私は、休みますね」

「ああ。御疲れ」

 阿国を部屋に返し、大河は、お江の案内の下、お市の下へ。

「お帰りなさい」

 お市は、部屋でくつろいでいた。

 夜着のまま、椅子に座り、火灯窓かとうまどを眺めていた。

 組んだ足から見える太腿は、妖艶だ。

「心愛は?」

「陛下が『添い寝したい』と仰ったから、陛下に預けているわ」

「そうか」

「それで、大丈夫だった?」

「何が?」

「襲われたんでしょ?」

 スッと、こちらを見るお市の目は厳しい。

「何の話だよ?」

「惚けないで。私、こう見えても方よ」

「……」

 前夫を亡くした経験から、お市は愛する人の危機に敏感なのだろう。

 お市は、大河のネクタイを引っ張って抱き寄せた後、

「!」

「……」

 接吻する。

 いつもよりも濃厚なそれは、一瞬にして大河の眠気を吹き飛ばす程の衝撃があった。

 数秒後、お市は、離れる。

 その目は、涙が混ざっていた。

「死んじゃ嫌」

「……ああ」

 大河の無茶な行為は、お市のトラウマを呼び起こしてしまった様で。

「……嫌だよ。もうあんな想いは」

 わんわんと、胸の中で泣く。

「……」

 大河は抱き締め、その頭を撫でる。

 そして、

「済まん……」

 と詫び続けるのであった。


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