第449話 真田一族ノ陰謀

「この度、御訪問して下さり有難う御座います」

 上田城大広間。

 朝顔を前にした昌幸は、土下座していた。

「そう畏まらないで下さい。あくまでも私的なんですから」

 朝顔は、苦笑いである。

 昌幸の背後に居る、十勇士も汗が止まらない。

 朝顔から発せられる、凄まじいオーラにそうなってしまうのだ。

 上皇の視線が、大河へ。

「真田様、陛下が御困りですから」

「……は」

 余りにも低姿勢なのは、真田氏の事情が故だ。

 真田氏は、余りにも小さい為、生存の為に大きな武家に頼らざるを得ない。

 同一の主君に永年、仕え続けるフランチャイズ・プレイヤーは、戦国時代、殆どだが、稀に生き残る為に旅人ジャーニーマンが居る。

 その代表例が、藤堂高虎(1556~1630)だろう。

 彼は、


・浅井長政

・阿閉貞征(織田家家臣)

・磯野員昌(浅井家家臣)

・津田信澄(織田氏一門)

・豊臣家(秀長→秀保→秀吉→秀頼)

・徳川家(家康→秀忠→家光)


 とが目立つ。

 それでいて生き残っているのだから、最初の長政に仕え続ていたら、瞬く間に滅ぼされていたかもしれない。

 当然、余りにも移籍が多い為、後年の主君からは、裏切者ではないか? と疑われる事があった。

 それでも生き長らえたのは、自分も傷付いたからだ。

 

慶長20(1615)年。

大阪夏の陣の八尾の戦いで、長宗我部盛親の猛攻に遭い、一族の多数が戦死する、という壮絶な合戦でも徳川勝利の為に貢献し続け、戦後、そのが評価され、加増。

 家康死去の際、枕元に侍る事が許される程、徳川家から信任を得た。

 幕末でも、旅人振りが発揮されている。

 鳥羽・伏見の戦いで、藤堂氏の津藩は彦根藩と共に官軍を迎え撃つ。

 その時、幕府軍の劣勢を察すると真っ先に寝返り、幕府側に砲撃を開始した。

 その為、幕府軍側から「流石、藩祖の薫陶くんとう著しい事じゃ」と、高虎の処世に仮託して皮肉られたという。


 但し、日光東照宮に対する攻撃命令は「藩祖が賜った大恩がある」と拒否している

様に、言うべき所は言う姿勢だ。

 あくまでも生存する為の道なので、藤堂家のこの寝返りは、責められないだろう。

 然し、この子孫のこの寝返りが、高虎の悪評を決定づけてしまった為、彼にはありもしない悪評が付きまとう様になった(*1)。

 対照的に史実の昌幸も旅人で、


・武田家(信玄→勝頼)

・織田信長

・北条氏直

・徳川家康

・上杉景勝

・豊臣家(秀吉→秀頼)


 と移籍を繰り返したが、高虎の様には、上手くいかなった。

 最後の最後で、家康と対立し、敗れ、九度山で病死している。

 同じ旅人であっても、成功するとは限らないのだ。

 今の昌幸は、事実上、主君を山城真田家と見ている。

 生き残る為に、低姿勢になるのは、当然の事であった。

「真田よ。貴家は、なのだから、もう少し、強きで構えても良いんじゃないの? 礼儀正しさは、認めるけれど」

「は。御助言頂き有難う御座います」

 朝顔に言われても、昌幸は、視線を合わす事さえはばかられるのであった。


 朝顔等は温泉宿に移動し、上田城には大河と阿国が残る。

 2人も後で合流する予定だが、その前に昌幸と会う時間が設けられていたのだ。

「今は、舞踏家として活躍しているんだな?」

「はい。真田様が支援者になって下さった御蔭です」

 国立劇場で、阿国が躍りに踊っている話は、信濃国に迄伝わっている。

 愛娘が、妖艶に踊るのは、昌幸としては、複雑だ。

 勿論、自立してくれた事は嬉しいのだが、元々は、巫女として育てた。

 それが、妖艶な舞踏家になるとは誰が予想出来ただろうか。

 昌幸は、大河を見た。

 視線に気付いている筈だが、父娘に配慮して、静かにしている。

「……阿国よ。京での生活はどうだ?」

「慣れました。ただ、夏は暑く、冬は寒いですが」

 上田と比べると、京は、過酷な環境だろう。

 昌幸も何度か行った事はあるが、肌に合わなかった。

 愛娘の体調を不安視するのは、親心として当然であった。

「妊活の方はどうなっている?」

「舞踏の方が忙しいので、又、真田様が『ゆっくりで良い』との事です」

「そうか……近衛大将様」

「はい」

「知っての通り、我が家は、小大名です。生き残る為、子孫を―――」

「分かっています。ですが、こればかりは、運次第なのです」

 大河は、阿国を抱き寄せた。

「あ♡」

 実父を前にしても、甘い声が出る。

 それ位、阿国は心酔していた。

「子供を御望みになられるのは、理解していますが、無理に圧力は加えないで下さい。精神的に負荷がかかり、産めるのも産めないかもしれませんから」

「……そうだな」

「若し、子供が出来たら御報告しますので、其れ迄、気長に御待ち下さい」

「……分かった」

「それから、出歯亀は失明しますよ?」

「!」

「阿国は、話、終わった?」

「うん」

「じゃあ、帰ろうか」

「はい♡」

 昌幸に見せ付ける様に、2人は、イチャイチャしながら帰っていく。

 大抵の男は義父に配慮して、彼の前では自重するのが、常だろうが、大河には、軽い意趣返しの意味合いがあるのだろう。

「……はは」

 乾いた笑いが、零れる。

 大河は、やはり気付いていたのだ。

 佐助が、天井裏から顔を出す。

「上様、今後は―――」

「中止だ。奴を監視するな」

「……は、はは」

 完敗。

 その2文字に昌幸は、自嘲じちょうするのであった。


[参考文献・出典]

*1:羽生道英 『藤堂高虎』 後書き


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