第432話 甘棠之愛

10人のインディアンテン・リトル・インディアンズ


 という、民謡がある。

 10人もの先住民族の少年が、次々と事故に遭い、その数を減らしていく―――という、残酷な内容だ。

 1868年にアメリカ人作曲家がミンストレル・ショー向けに作り、翌年には、イギリス人作詞家が人種を先住民族からアフリカ系に変えて作り直したバージョンもある。

 アフリカ系版は、原曲以上に人種差別に満ち溢れ、曲名や歌詞にアフリカ系に対する差別用語が使用されている。

 当時の人権感覚の希薄さが分かるだろう。

 大河はこの曲で初めて先住民族を知った。

 当時、歴史を知らぬ少年だった為、白人が昔からアメリカ大陸に住んでいた、と誤解していたのだ。

(アメリカ大陸が侵略者の手に落ちなければ、あの曲は生まれないな)

 デイビッドに漢字を教えつつ、ふと思う。

「だ?」

「これは、ね? 『一』だよ?」

「い、い……」

「難しいね」

 大河に撫でられ、デイビッドは微笑む。

「デイビッドは、将来、何になる?」

「だ!」

「ラビ? じゃあ、勉強せんといけないな?」

「だ!」

 子供であっても、大河は敬意を払う事を忘れない。

 泣けば飛んで行き、怒っていればその原因を愛妻と共に考える。

 元康、累、猿夜叉丸は大河の背中に乗って眠っている。

「「「「zzzzzz……」」」」

 千姫、謙信、茶々が勝手に乗せたのだ。

 快眠している以上、大河も動けない。

 心愛が起きて抵抗出来ない事を良い事に、大河の鼻を指で突っつく。

「やったな?」

 ぱくり。

「あ♡」

 指を頬張る。

「もう父上ったら?」

「ぐへへへ。食べちゃうぞ? ―――ぐえ」

 突如、後頭部に衝撃が走る。

 振り返ると、累が山姥やまうばの様な恐ろしい形相で、頭突きを食らわしていた。

「……」

 首を振る。

 駄目、と。

 謙信との間に出来た子供だけあって、彼女に似た嫉妬心を感じた。

「御免なさい」

 2歳の我が娘に涙目且つ敬語で謝る近衛大将であった。

 

「兄者は、馬鹿」

「兄上は、愚か者」

 お江、お初に挟まれ、大河は、正座していた。

 心愛の指を咥えた行為が、不貞行為と見なされ、厳重注意を受けているのだ。

「兄者、もう少し『自重』って言葉、覚えた方が良いよ?」

 お江は、大河の膝に座り、彼の頬を撫でる。

「流石に近親愛は駄目だかんね?」

「分かっているよ。流石にそれはしない」

 女性は好きだが、流石に血縁関係のある者に欲情する性癖は無い。

 あっても義母だけだ。

 話を聞いた朝顔もドン引きしている。

「真田、一線は超えるなよ?」

「分かってるよ」

 朝顔を抱き寄せ、その頬に接吻。

「私の機嫌を直すつもり?」

「そうじゃないよ。したかっただけ」

「反省しているなら、何か贈り物」

「賠償金?」

、よ」

 センスを問いつつも、朝顔は、期待に満ちた目だ。

「う~ん。じゃあ、『エンペラー・カイザー・キング・ジャンボ・ビッグ・スペシャル・パフェ』―――」

「良いよ」

 即答だ。

 大河が提案したパフェは、現在、都内で最も女性人気のあるスイーツだ。

 色々、ごちゃ混ぜになっているが、その大きさは、『ジャンボ』のだけあって、高さ5m、総重量3㎏と、恐らく世界一だ。

そのお値段、現代換算で5万円。

 多分、毎日食べたら約1か月で糖尿病を発症する位の高カロリーであろう。

「私も食べたい♡」

「私もです♡」

 姉妹も挙手。

 女学生が選ぶ今世紀最大の美食第1位、という噂だけあって、地獄耳だ。

「じゃあ、皆で行くか?」

「良いの?」

「良いよ」

 笑顔で大河は、お江の顎を撫でる。

「猫じゃないだけど?」

 抗議しつつも、お江は、嬉しそうだ。

「兄者、私も」

「うわ、姉上、甘えん坊~」

「何ですって?」

 お初は睨み付け、大河をあすなろ抱き。

「兄者、姉上から離れて」

「お江の方こそ離れなさい。お子ちゃまには、まだ早い」

「何を? 姉上の方が、わらべだよ!」

 ギャーギャー、大河を境に言い合う姉妹。

 過酷な時代に生まれただけあって、非常に勝気だ。

 こうでなければ、戦国時代を生き抜けなかった、とも言えるかもしれないが。

「あー、もう煩い」

「きゃ」

 内股の要領でお初の股に腕を入れ、抱き寄せる。

「喧嘩両成敗。そんなに喧嘩するなら、食べさせない―――」

「「御免なさい」」

 一瞬にして和解。

 自尊心よりも食欲の様だ。

 朝顔が呟く。

「甘い物の力は偉大だね」


 外出しても良いが、食べる以外に用事が無い。

 又、大人数で来店した場合、他の客の利用を邪魔する可能性がある。

 その為、大河は、宅配で注文した。

 愛妻、愛娘、義理の息子である政宗、そして、伊万や婚約者、恋人、その他、沢山の侍女達の分も。

 配給制の様に女性達の列が並ぶ。

 家族が居る者には多目、という配慮も忘れない。

 思わぬ福利厚生に侍女達は、大喜びだ。

「流石、大殿ですね。これが無料なんて」

「大殿、優しい♡」

「貰ってばかりだから、この御恩は、仕事で返さないと」

 山城真田家は、世界一のホワイト企業を目指している。

 その為、侍女からの評判は上々だ。

「本当に、良いんですか?」

 最上義光は、平身低頭だ。

「うまうま♡」

 伊万が手掴みで食べている。

 一つ5万円もする超高級な物を無料で食べれるのだから。

 それも、朝顔と同席した上で。

「良いんですよ」

 大河は笑顔で答えつつ、誾千代と謙信に食べさせている。

「自分で食べれるけど?」

「良いんだよ。ほら」

「誾、甘えたら? この人、奉仕するのも好きな質だから」

 誾千代は恥ずかしがっているが、謙信はどっしりと構えている。

 朝顔、伊万、与祢、累、お初、お江も御満悦だ。

 6人は、大河の膝に座り、笑顔を絶やさない。

 普段、宗教活動で甘い物は節制している珠、マリア、ヨハンナ、松姫も上機嫌だ。

「若殿、これ美味しいです♡」

「週1位で食べたいな」

「マリアもそう思う?」

「真田様、有難う御座います♡」

 千姫、エリーゼ、お市、茶々はそれぞれ、子供達と一緒に食べている。

「元康、ほら?」

「デイビッド、頬についてる」

「心愛も美味しい?」

「猿夜叉丸、さじを噛まないの」

 阿国、橋姫、ラナ、幸姫、楠の正妻陣は、円を作って女子会。

 ナチュラ、鶫、小太郎の愛人達も離れた場所で楽しんでいる。

「アプトも楽しんでいる?」

「はい。御蔭様で」

 侍従長は、大河の背後に居た。

 両脇、そして膝の位置が無い以上、ここしか無いのだ。

 アプトが、大河の頬に付着していたクリームを舐めとる。

「積極的だな?」

「侍女ではありますが、好意はありますから」

 微笑んで、唇を重ねる。

 大河が平等に愛しているからこそ、正妻の前でも出来る行為だ。

「若殿は、お食べになられないんですか?」

「食べたいけど、甘過ぎると口内炎が出来るからな。甘いのは、恋だけで良い」

「まぁ」

 アプトが微笑むと、

気障きざ

「ぐへ」

 お初から肘打ち《エルボー》を食らう。

 食べていなくて良かった。

 威力があった為、食べていたら嘔吐していたかもしれない。

「兄上、婚約者を愛するのは、結構ですが、正妻を優先して下さい」

 頬を膨らませたお初は、大河の顔を抱き寄せて、睨み付ける。

 久々に間近で見たが、やっぱり美人だ。

 今更ながら、大河は思う。

 俺に適当な女性なのだろうか? と。

 思えな、お市と三姉妹は、美女の中の美女だ。

 4人が妻になってくれるのは、嬉しいが、やはり、自分の顔面偏差値を考えると、釣り合っているとは言い難い。

 若しかすると、浅井長政への嫉妬心が無意識にあるのかもしれない。

「……何?」

「いや、美人だな、と」

「当たり前」

 褒められて、お初は頬を朱色に染める。

 伊万が、振り返った。

「しゃなな様」

 舌足らず過ぎて、尊い。

「何だい?」

 大河も何時も以上に笑顔になる。

「はい♡」

 手掴みのパフェを差し出された。

「……」

 義光は、愛娘の行動に泡を吹いて、倒れた。

 釈妙英もハラハラドキドキだ。

「有難う」

 夫婦の反応を他所に大河は、微笑んでそれを犬食い。

 手を使わないのは、不作法である。

 それを承知で行ったのは、伊万の無礼に自分も不作法で応え、彼女の行動だけが悪目立ちしない様にする為の配慮だ。

「えへへへ♡ しゃなま様、犬みたい」

「!」

 与祢が反応するが、大河は、その頭を撫でて殺気を抑える。

「そうだよ。犬だよ。でもね。伊万、不作法だからね? 次からは止めた方が良いよ?」

「いえのなかだといい?」

「良いよ。少なくとも外では駄目だからね? そんなお姫様を貰う男性は、早々、居ないからね」

「さなだ様は?」

 やっと言えた。

 ごくんと、口内の物を飲み込む。

 言い難かったのは、口内に残留物があったからの様だ。

「俺? 俺は気にしないよ。ただ、外では控えて欲しいね。恥ずかしいから」

「じゃあ、さなだ様とけっこんする」

「「「!」」」

 部屋の空気が、ピり付いた。

「有難う。好意は嬉しいよ」

 エリーゼが日本刀の切っ先を腰に宛がい、楠はクナイを投げ様としている。

 謙信は槍を構えて、答え次第では喉を貫かん勢いだ。

「えへへへへ♡」

 空気をぶっ壊した張本人・伊万は、どこ吹く風か。

 大河の頬に生クリームをべったり付けて、遊ぶのであった。

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