第431話 狂瀾怒濤

 万和4(1579)年9月1日。

 奇しくも、第二次世界大戦開戦と同じ日に、難民からなる兵士達が、アラスカから現在のカナダ領に越境する。

 大砲や連発式火縄銃等で武装して。

 冬将軍が来る事を見据えての武力行使だ。

 その時機で大河は、諸外国に報道発表プレスリリースする。


『今回の武力行使は、アメリゴで先住民族の村が焼き討ちにあった事件に対する報復攻撃であり、決して侵略戦争の意図も無い。

 終了次第、撤退する所存である』


 アメリゴの戦争に日ノ本が、広義で参戦した事は、参戦国を動揺させた。

 大河の下に、いの一番にサトーがやって来た。

「真田、これは、どういう事だ?」

「どうもこうも。国民に死者が出たんだ。対応するのは、当然の事だろう?」

「……イヌイット村ってのは?」

「ソンミ、という村だ」

 報告書を見せる。

「そんな名前、訊いた事が無いぞ?」

「生存者から聞き取り、代官が現地で事実確認をした、遺体も発見した。これは、明確な戦争犯罪だ」

「そんな馬鹿な……」

 サトーは、混乱している様であった。

 戦争には、

・イギリス

・ポルトガル

・スペイン

・フランス

 が、主な参戦国なのだが、日ノ本を刺激しない様に、日本人に属するイヌイット関係の地域には、不可侵と相互で決めていたのだ。

(これでどうなるか)

 大河は、サトーの反応を見極めていた。

 事件など、当然、存在していない。

 参戦国が遵守していたからだ。

 なので、大河は、戦線に近い廃村に『ソンミ』という名前を付け、そこでイヌイットの死刑囚を殺害し、

 射殺後に顔を潰し、両手両足の指を全て切り取り、刺青があれば、その部分は焼いた。

 身元が割れない細工なのだが、傍から見れば、激しい拷問に遭った様に見えるだろう。

(これで参戦国の間で疑心暗鬼になる筈だ)

 大河の思惑通り、事は進む。

「我が国は、知らんぞ? その話は」

「そうであって欲しい、と思っているよ。だからな」

「他国のやった事だ。我が国は、無関係だ」

「調査もせずに、か?」

「う……いや、調査はするよ。念の為な? だが、断じてない。貴国の国民を殺害する様な輩は」

 責任を他国に押し付け、我関せずの姿勢を採りたかった様だが、大河には、通用しない。

 イギリスの力が強まっている中、少しでも良いからその勢いを削ぎたいのだ。

「犯人が判った場合、どうする?」

「犯人の引き渡し及び賠償請求かな。若し、国家ぐるみの犯行であれば、国家賠償請求を行う」

「……分かった」

 遅れて、各国の大使も登城してきた。

 皆、相互を睨んでいる。

『貴国がやったんだろう?』

『貴国の所為に違いない』

 そもそも、彼等は、一枚岩ではない。

 国益の為に共同戦線を張っているだけで、ではないのだ。

 大河は、冷たい笑顔で言い放つ。

「さぁ、犯人は、どちら様ですか?」


 サカジャヴィアは、その圧倒的な火力に驚いていた。

「……そんな」

 自分達をあれ程苦しめていた侵略者達は、次々と撃破され、焼き殺されているのだから。

 火炎放射器やタイヤ・ネックレスの刑で。

 日ノ本から来た軍人に問う。

「何故、焼き殺すんです?」

「大殿の御命令です。『汚物を消毒するには、焼くのが最善』と」

「……」

 軍人は、宮本武蔵というらしい。

 若いながらも、大河に仕える重臣の1人で、本来は、剣士なのだが、日本刀だけには拘らず、必要に応じては、火縄銃や火炎放射器をも使う様だ。

 侵攻から僅か数日で、998万4670㎢もの地域を勢力下にした。

 これ程大きな土地は、現在のカナダの領土(世界第2位)と一致する。

 侵略者達は、殆ど抵抗せず逃げた御蔭だ。

 処刑されているのは、逃げ遅れた者達である。

 恐怖は、伝播する。

 圧倒的な軍事力を誇る日ノ本の支援を受けた難民による解放軍は、弁柄色一色の旗を掲げている。

 この色を採用したのは、大河だ。

 1968年に結成されたAIMアメリカ・インディアン運動の四色旗で、先住民族を表す為に弁柄色が採用されている事から、これを選んだのである。

「貴方!」

「おお、生きていたのか!」

 至る所では、離れ離れになっていた家族が再会を果たす。

 感動的な場面だ。

 一方、

「畜生!」

 家族が亡くなっていた事を知り、憎悪を募らせる者も。

「……」

「姫君、失礼ですが、貴女の御家族は?」

「御免なさい」

「いえ……」

 察した武蔵は、それ以上、追及しない。

 その目は、富士に向けられた。

 大河から貰った弓矢を手に、戦場を駆け回っている。

 誰よりも。

 若しかしたら、死に急いでいるのかもしれない。

 国主が約束されたはいるが、家族が居ない以上、どれだけ成功者になっても孤独なのは、変わりない。

「富士」

「うん?」

「死んだら国主になれんぞ?」

「分かってるよ」

 富士は乾いた笑いを見せ、新しい矢を装備するのであった。


先住民族の追放は『涙の道』と言われたが、今度は帰還を果たす『歓喜の道』だ。

 多くの地域では、疫病が未だ蔓延していたが、日ノ本の衛生兵や軍医、従軍看護婦が総出で病因根絶に当たり、被害は収束していく。

 世界一の軍事大国である日ノ本は、世界最先端の医療国家でもある。

 人命最優先の為にその知識と技術を惜しみなく、輸出するのは、日ノ本のイメージアップにも繋がる。

 富士が解放軍を率い、現在のアメリカにまで達している間、サカジャヴィアは考えた。

(いっその事、日ノ本の保護下に入れば発展するのでは?)

 現にアラスカは本土に次ぐ位に発展を遂げている。

 日ノ本主導で資源も発見され、日本人移住者もイヌイットも、生活が豊かになりつつある。

 国籍上、日本人となったイヌイットの豊かな暮らしぶりを見ると、羨ましい。

 難民の中には、帰化を希望する者が多いのも頷ける。

 ただ、日ノ本は特筆した能力が無い者の帰化には世界一、厳しい国だ。

 賄賂も通じない為、事実上、才能が無い限り、日本人になる事は難しい。

 イヌイットが日本人になれたのは、アラスカに資源があった為である。

 先住民族が日本人になるのは、故郷にアラスカ同様、資源が無い限り、無理であった。

「……」

 サカジャヴィアは、同胞であるナバホ族と、日本人を見比べた。

 どうしても外見が似ている以上、同族に見える。

「宮本様」

「うん?」

「我が民族と大和民族は、同じ先祖を持っているのでしょうか?」

「どうでしょう? 外見上、似てはいますが……分かりません」

「そう……」

「ただ」

?」

「イヌイットに関して言えば、大殿は、『外見上は似ているから親近感がある』と仰っています」

「……上官のご先祖にイヌイットは居ますか?」

「さぁ、分かりません」

「……」

 民族浄化が当たり前なこの時代、他民族の文化に寛容なのは、珍しい。

 武蔵は、提案する。

「それ程、教養があるのならば、ナバホ族の代表として御来日します?」

「え?」

「我が国に先住民族の専門家は居ません。大殿も多少の知識はあっても、やはり、専門家を欲しています。それ程、日本語が堪能であれば、問題無いかと」

「……行くわ」

 迷いは無かった。

 ナバホ族地位向上の為に。

 そして、真田大河という男への興味からも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る